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中国の欧州切り崩しに乗せられた仏大統領

中国の欧州切り崩しに乗せられた仏大統領

「ウクライナ」「台湾」がG7広島サミットの主要議題に

いよいよ5月19日からG7広島サミット(主要7カ国首脳会議)が開かれる。2度に亘る悲惨な世界大戦を経て国際社会が辿り着いたのが「力による一方的な現状変更の試みは認められない」という戦後の国際共通の認識であり、これに挑戦しようとしているのが、ウクライナ侵攻を続けるロシアや、台湾の武力統一も辞さないと公言する中国等の権威主義国家だ。戦後78年を経て世界の平和と安定は大きな岐路に差し掛かっている。米欧を中心とする民主主義国家陣営が戦後国際秩序を守る為一致結束して行く姿勢を如何に示すか。議長国・日本に重責がのし掛かる。

「台湾問題に欧州の利害は無い」とは?

 そうした中で飛び出したのが「台湾での緊張の高まりに我々の利害は無い」というマクロン・フランス大統領の発言だ。4月上旬に中国を訪問したマクロン大統領はフランス紙等とのインタビューでその発言を行い、「最悪なのは、台湾の問題について米国のペースや中国の過剰反応に合わせて欧州諸国が追随しなければならないと考える事だ」と述べた。東西冷戦期以来、同盟国の米国と一線を画す「第三極」外交を仕掛けるのがフランスのお家芸とは言え、選りに選ってG7広島サミットが翌月に迫るタイミングで中国を訪問し、G7の結束に水を差した事が波紋を広げた。

 マクロン大統領の主張はウクライナ戦争と台湾問題の切り離し論だろう。マクロン大統領は訪中時に習近平・国家主席と会談し、ウクライナ戦争でロシア寄りの姿勢を取る中国に対し、ロシアに武器を供与しない様求めたとされる。裏を返せば、中国がウクライナ戦争でロシアを支援しないなら、フランスも台湾問題に口を出さないと言ったに等しい。東アジアで中国の脅威に直面する日本が、遠く欧州で起きたウクライナ戦争で明確にロシアを非難して来たのは、いざ台湾危機がエスカレートした時に欧州諸国を味方に付ける為だ。それを欧州の大国フランスに否定されたとあっては、G7議長国の面目丸潰れになる。

 この十数年を振り返れば、軍事的に台頭する中国と東アジアの最前線で緊張関係に在り続けた日本を尻目に、フランス・ドイツ・英国等は一時、経済・外交面で中国との蜜月関係を構築。それにブレーキを掛ける日本外交の取り組みが効果を上げる様になったのはここ数年だ。欧州の中国離れは中国の習近平体制が戦後国際秩序に挑戦する姿勢を強めた結果では有るが、中国側の巻き返しによって再び欧州が切り崩されるかも知れないとの不安は拭えず、マクロン大統領の訪中はそうした不安定な国際情勢を映し出す形になった。

 欧州側から見れば、日本も人の事は言えない。ロシアがウクライナ領クリミア半島を一方的に併合すると宣言した2014年以降もプーチン・ロシア大統領と首脳会談を重ねたのが当時の安倍晋三・首相だ。ロシアとの北方領土返還交渉という日本の利害を優先し、ロシアが欧州で試みた力による一方的な現状変更に目を瞑った事になる。

 欧州諸国もロシア産の天然ガスに依存するエネルギー政策を修正出来ないまま、ロシアによる昨年2月のウクライナ侵攻に直面する。それから1年3カ月。欧米は対ロシア制裁で国際的な包囲網を構築し、日本も対ロシア外交を修正してそれに加わった。これに対し、中国がロシアを批判しないのは、戦後国際秩序に挑戦する立場をロシアと共有するからであり、ロシアによるウクライナ侵略が戦後国際秩序への「蟻の一穴」となれば台湾の武力統一にも道が開けると考えるからだろう。とは言え、ロシア側に完全に肩入れすれば欧州を敵に回す事になる。中国がウクライナ戦争と距離を置く代わりに欧州は台湾問題に関与しないというウクライナ・台湾切り離し論こそ、中国の画策する欧州切り崩し策の決め手であり、習主席からの国賓訪問の招きに応じたマクロン大統領は、まんまとそれに乗せられた訳である。

 マクロン大統領の訪中に対してはフランス国内や欧米各国の議会・メディアから「大失敗」「裏切り」等の批判が噴出した。日本を含む各国政府はフランスの正式な外交方針なのか、それともマクロン大統領の個人的なパフォーマンスなのかを冷静に見極める構えで、4月中旬に長野県軽井沢町で開かれたG7外相会合の共同声明には「台湾に関するG7メンバーの基本的立場に変更は無い」との文言が盛り込まれた。フランス政府はマクロン発言の余波を鎮静化させたい様で、G7外相会合ではコロナ外相が「フランスは台湾海峡の平和と安定の維持に深い思いを持っており、力による一方的な現状変更に反対し、両岸問題の平和的解決を求めている」と表明する場面も有った。

 5月のG7広島サミットでマクロン大統領がどの様な発言をするかに注目が集まるが、改めて「台湾問題は欧州には関係無い」と主張するのは難しいだろう。フランスと共に嘗て中国に接近した英国、ドイツも現在は中国に厳しい姿勢を取る。戦後国際秩序を守る民主主義陣営と、戦後国際秩序に挑戦する権威主義国家との対立の構図を明確にし、G7側の結束を国際社会にアピール出来れば広島サミットは成功。サミット前に飛び出したマクロン発言がサミットの論点を明確化させたと考えれば、議長を務める岸田文雄・首相としては却ってやり易くなったと言えなくも無い。

親中派がスパイ罪で捕まる権威主義国家の闇

欧米との対立が深まる中、中露は共に国内の引き締めを強めている。中国は4月に「反スパイ法」を改正し、摘発対象を「国家機密の提供・窃取」から「国家の安全と利益に関わる文書やデータ、資料、物品の提供・窃取」に広げた。経済的な結び付きを強める事で欧州を切り崩したいと習近平指導部が考えるならば、こうした取り締まりの強化は逆効果の筈だが、共産党独裁の権威主義体制維持が最優先なのだろう。

 日中間では新たにアステラス製薬の幹部社員が反スパイ法違反の疑いで3月に拘束された。日本の外務省によると、反スパイ法の制定された14年以降の邦人拘束者は計17人になり、内5人が今も拘束下に在る。中国共産党系の主要紙「光明日報」幹部が複数の日本人外交官に情報を提供した等として3月に起訴されていた事も判明した。摘発の対象者は、情報提供を受けたとされる外国人と併せて、情報を提供したとされる中国人にも及び、反スパイ法が中国共産党内の権力闘争に利用されているとの指摘も有る。

 長年に亘り日中友好に携わって来た鈴木英司・元日中青年交流協会理事長は16年に突然、北京で拘束され、身に覚えの無いスパイ罪で懲役6年の実刑判決を受けた。昨年釈放されて帰国した鈴木さんは、今年4月に出版した著書『中国拘束2279日 スパイにされた親中派日本人の記録』(毎日新聞出版)の中で、親しくしていた中国人外交官が権力闘争に巻き込まれ、それが自身の拘束の背景に在った可能性を示唆している。書名に有る通り、日中友好に力を尽くして来た「親中派」であっても権力闘争の犠牲になる。

 人種や民族、宗教、国籍に関係無く普遍的な人権を尊重する「法の支配」が戦後国際秩序のもう1つのキーワードだ。人権を軽んじ、武力で現状を変更せんとする権威主義が幅を利かせる21世紀にしてはならない。ウクライナ戦争と台湾問題の行方には人類の未来が懸かっている。G7広島サミットの議論を注視したい。

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