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未来の会

第132回「日本の医療」を展望する世界目線
米国視察報告③ UCSD訪問

第132回「日本の医療」を展望する世界目線米国視察報告③ UCSD訪問

前回に引き続き、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のイノベーションやインキュベーションとの関係について詳報する。

トランスレーショナル研究センター

Center for Novel Therapeutics(CNT)は、UC San Diegoのサイエンス・リサーチパーク内にBioMed Realtyとの官民連携で開設されたトランスレーショナル研究センターである。「トランスレーショナル研究」とは、基礎科学の成果を実際の患者への治療に橋渡しする研究を指す概念であり、従来の基礎研究と臨床試験の間に存在する、いわゆる「死の谷(Valley of Death)」を克服することを主目的としている。

CNTは、がん・感染症・免疫疾患など重篤な疾患を対象に、革新的治療薬の創出と早期開発を推進する拠点として機能している。同センターでは、免疫学、分子生物学、微生物学、メディシナルケミストリー、薬理学など異なる専門分野を持つ研究者が横断的に連携し、標的分子の同定・リード化合物の最適化・前臨床評価までを一貫して推進できる統合的体制を整備している。ラホヤ地区は、Salk Institute for Biological Studies、Scripps Research Institute、Sanford Burnham Prebysなど世界屈指の生命科学研究機関が集積する「バイオサイエンスの聖地」であり、CNTはその知的リソースを積極的に活用している。

免疫調節創薬研究とDr. Tomoko Hayashi

Dr. Tomoko Hayashi(林友子博士)は、CNTにおいて免疫調節を基盤とする創薬研究を主導する中心的研究者である。林博士は眼科医として研修を修了後、兵庫医科大学大学院で医学博士を取得し、1995年に渡米してUCSDに拠点を移し、以降30年にわたって免疫修飾薬の創薬研究に従事してきた。

専門は自然免疫・獲得免疫の両分野にわたり、特にToll様受容体(TLR)リガンドおよびその誘導体の特性解析と、それらのがん免疫療法・免疫疾患治療への応用に注力している。

TLRは自然免疫応答における中核的受容体であり、外来病原体に対する初期防御を担う分子センサーとして機能する。このTLRを活性化する新規低分子化合物の探索は、がん治療における免疫療法の次世代オプションとして注目を集めており、Moores Cancer CenterやNIH契約研究とも連携しながら研究が進められている。

また、林博士はUCSDを通じてサンディエゴの日本人研究者・留学者を支援するコミュニティ組織「Science and Innovation for the Next Generation(SING)」を創設し、会長として活動しているほか、第一三共サンディエゴ研究所との連携など日米バイオ産業を繋ぐ架け橋としての役割も担っている。このネットワークは、日本の医療・創薬関係者にとって米国西海岸のライフサイエンスエコシステムへのアクセスポイントとして重要な意義を持つ。

こうしたCNTの研究環境は、大学内の基礎研究に留まらず、周辺の創薬ベンチャーや投資家ネットワークとも接続している。その一例が、同じラホヤ地区で神経精神疾患領域の創薬に取り組むArialys Therapeutics, Inc.である。

創薬ベンチャーの企業概要と創薬戦略

Arialys Therapeutics, Inc.は、科学的創業者(Chief Scientific Officer)のMitsuyuki(Mickey)Matsumoto博士のもと、遺伝学および病態生理に基づく精密医療(プレシジョン・メディシン)を軸に、神経精神疾患などの難治性疾患を対象に創薬を推進している。学術機関や企業との連携を通じて統合型創薬プラットフォームを構築しており、特に同領域に注力している。遺伝子操作モデルやAI解析技術を創薬基盤に取り入れ、候補化合物の発見・評価・臨床導出までを一貫して進める点に特徴がある。こうした研究基盤が同社の創薬開発を支える強みとなっている。

Matsumoto博士は、前職においてアステラス製薬エグゼクティブディレクターとして神経科学研究ユニットと精神科領域のVirtual Venture Unitを率い、基礎研究から創薬・初期臨床試験の立ち上げまでを統括して複数の新薬候補を臨床段階へと導いた実績を持つ。神経精神疾患領域で3件の候補化合物を創出し、遺伝学と病態生理に基づくプレシジョン・メディシンアプローチを推進した。2013年に日本の産業界出身科学者として初めて米国神経精神薬理学会(ACNP)のメンバーに選出され、18年にはフェローに昇格。査読付き論文80本以上(H-index 40超)、特許25件以上を保有する。

抗NMDA受容体脳炎治療薬の進捗

同社の最重要パイプラインであるART5803は、ANRE(Anti-NMDA Receptor Encephalitis)つまり抗NMDA受容体脳炎を対象とするリード治療薬候補であり、免疫異常によって引き起こされる神経炎症の病態メカニズムに基づいて分子設計されている。自己免疫性脳炎は、自己抗体が脳神経に攻撃を加えることで精神症状・認知機能障害・意識障害などを引き起こす疾患群であり、従来の免疫抑制療法では効果が不十分な症例も多く、新規治療薬へのアンメットニーズが大きい。ART5803は精密医療の考え方を取り入れ、特定の抗体サブタイプや遺伝的背景を持つ患者サブグループに対して最適化された治療アプローチを目指す設計思想を持つ。現在は臨床段階にあり、健常人を対象とした第1相試験(単回・反復投与)を完了し、ANREおよび自己免疫性精神病を対象とする第2相試験が開始されている(豪州)。米国FDAからはオーファンドラッグ指定および希少小児疾患指定を取得している。

サンディエゴ創薬エコシステムとの連関

訪問当日は、Avalon BioVenturesのBryce Suchomel氏(Business Development)によるサンディエゴ創薬エコシステムの紹介も行われた。Avalon BioVenturesはラホヤを拠点とするヘルスケア特化型ベンチャーキャピタルであり、初期段階のバイオテクノロジー企業への投資・インキュベーションを専門としている。同氏はサンディエゴがグローバルなバイオクラスターとして成長できた背景として、UCSDやScripps、Salkといった世界水準の研究機関、大手製薬企業のR&D拠点、アクティブなベンチャーキャピタル、そして起業家文化の相乗効果を挙げた。Arialysのような大学発・研究者創業型スタートアップが生まれる背景には、こうした成熟したエコシステムの存在がある。

Link-Jとサンディエゴの関係

実は、日本との関係も深い。一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)は、2016年5月、UCSDおよびBIOCOM(米国サンディエゴのライフサイエンス団体)との間で、同法人初の海外連携となる、イノベーション創出を目的とした相互提携に関する覚書(MOU)を締結した。現在この連携は、研究者・スタートアップ・投資家・自治体を包含する国際的なイノベーション・プラットフォームとして機能している。逆に言えば、前述した先進的な組織と強い関連を持てているということになる。

なお、LINK-Jは、三井不動産と産学の有志により16年に設立された団体で、東京・日本橋を拠点に、ライフサイエンス領域における産官学連携、オープンイノベーション、スタートアップ支援、海外展開支援などを行うエコシステム構築機関である。

参考資料

UC San Diego Campus Profile. (2025-26). UC San Diego Advancement. UC San Diego secures several top spots in latest national rankings for NIH funding. (2024). UC San Diego Today.
San Diego Biotech Companies: A Comprehensive Industry Guide. (2025). Intuition Labs. https://intuitionlabs.ai/articles/san-diego-biotech-industry-guide
University of California sets world record for Nobel Prizes in a single year. (2025). UC Office of the President.
San Diego: The Life Sciences Capital of the U.S. (2025). Del Mar Foundation.
Top 10 U.S. Biopharma Clusters 2025. (2025). GEN - Genetic Engineering and Biotechnology News.
San Diego Life Sciences Investors: Complete VC List 2026. (2025). Ellty.

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