
今回から数回にわたり、2026年3月6日から13日にかけて実施した米国医療調査の知見を、体系的に整理・考察する。調査参加者は病院長・理事長・大学教授・臨床医・医療IT担当者を含む19名に上り、サンディエゴ(3月6〜9日)とラスベガス(3月9〜13日)の2都市を舞台に、医療先端施設への訪問、HIMSS 2026グローバルヘルスカンファレンスへの参加、現地医療従事者・研究者との交流を実施した。
サンディエゴでは、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)、Center for Novel Therapeutics(CNT)、Arialys Therapeuticsへの施設訪問に加え、Sharp HealthCareの感染症専門医やヘルステック起業家らとの医療従事者夕食交流会を行った。
ラスベガスでは、The Venetian Convention & Expo Centerにおいて、参加者2万4000人・出展企業900社という世界最大規模のヘルスITカンファレンスを調査するとともに、Salesforce・InterSystems・AWSの3社のプライベートセッションにも参加した。
本視察は単なる施設見学にとどまらず、2つの分析軸を意識的に設定した。第1の軸は「マクロ経済・医療経済学的視点」であり、インフレへの転換期にある日本医療が直面する構造的課題を米国の経験から読み解くことである。第2の軸は「テクノロジー・医療DX視点」であり、米国および世界の医療デジタルトランスフォーメーション(DX)の最前線を現場で把握し、日本への政策的・経営的示唆を導くことである。
筆者は米国視察をすでに15回超実施しており、その中でも1995〜97年のコーネル大学留学が医療経済研究の原点となっていることも併せて特記しておく。当時、マネージドケアが台頭しつつあった米国の医療現場を医師として体感した経験が、「保険の種類で受けられる医療内容が異なる」という価格メカニズムの功罪を深く考察する研究姿勢の出発点となっている。
本稿ではまず、サンディエゴのライフサイエンス・エコシステムを概観し、UCSD、CNT、Arialys Therapeuticsへの訪問から見えた研究・臨床・事業化の連関を整理する。続いて、HIMSS 2026で確認した医療DXの最新動向と主要企業の展示内容を検討する。そのうえで、米国医療制度の特徴を医療経済学の視点から読み解き、インフレ下にある日本医療の構造変化と、健康を「投資」として捉えるGrossmanモデルの示唆を考察する。最後に、世界の医療DXの進捗を国際比較し、日本への政策的・経営的示唆を6つの論点に集約する。
ライフサイエンスの集積地・サンディエゴ
サンディエゴはカリフォルニア州南端に位置する人口約150万人の都市である。医療・バイオテクノロジー産業の集積地として世界的に知られており、「ライフサイエンスの世界首都(Life Sciences Capital of the World)」とも称される。
同地域に集まるバイオテクノロジー、医療機
器、創薬、診断、デジタルヘルスなどを含むライフサイエンス関連企業は、計1500社以上に上る。そして、同産業の経済規模は年間130億ドルを超え、従事者数も7万5000人以上に及ぶ。米国バイオクラスターランキングでは、ボストン・サンフランシスコと並ぶトップクラスのライフサイエンスハブであり、過去の主要ランキングでも常に上位(概ねトップ5)を維持している。

研究・資金・企業が循環するエコシステム
このライフサイエンス産業を支える知的インフラとして、UCSDに加え、Salk Institute for Biological Studies(ノーベル賞受賞者多数輩出)、Scripps Research Institute(全米最大規模の民間研究機関の1つ)、Sanford Burnham Prebys Medical Discovery Instituteなど、世界トップクラスの研究機関がラホヤ地区を中心に集積していることも特長的だ。
産業クラスターの面では、Qualcomm・Illumina・Vertex Pharmaceuticalsなどの大企業に加え、数百社規模のスタートアップがひしめいている。さらに、Tech Coast Angelsをはじめとするエンジェル投資家やベンチャーキャピタル(VC)が大学発スタートアップの資金調達を支えている点も見逃せない。研究機関、企業、投資家が近接していることが、サンディエゴのライフサイエンス産業を厚みのあるものにしている。
なぜ同市は世界的バイオクラスターになりえたか
サンディエゴが世界的なバイオクラスターに成長できた背景には、複数の歴史的・地理的・制度的要因が絡み合っている。まず地理的には、温暖な気候に支えられた生活の質の高さが、世界中から優秀な研究者・起業家を引き寄せる磁力となっている。
制度面では、1960年代のUCSDの設立という「種まき」が決定的だった。UCSDは、NASA・NIH・国防総省などから大型研究資金を獲得し、基礎科学に強い研究大学として急成長した。その後、ジョナス・ソークがSalk Instituteを設立し、Scripps Clinicとの連携でラホヤに研究機関が集積するという連鎖反応が生まれた。
やがてQualcomm(85年創業)などのテック企業が世界的成功を収め、その卒業生や資金が再びライフサイエンス系スタートアップへと還流するエコシステムが自己強化的に発展してきた。
資金調達面では、サンディエゴに特化したVCファームが多数存在し、初期段階から臨床段階まで継続的なファイナンシャルサポートが可能な体制が整っている。また、ファイザー、ノバルティス、ジョンソン&ジョンソンなどの大手製薬企業もサンディエゴに研究拠点を置き、スタートアップとの協業やM&Aを活発に行っている。
つまり、研究機関から生まれた成果がスタートアップとして事業化され、VCによる資金供給を受け、大企業との共同研究やM&Aを通じて社会実装へ進む。この循環こそが、サンディエゴ型エコシステムの本質的な強みにほかならない。
日本のバイオクラスター政策がこのモデルを参照する際に最も重要なことは、単に研究機関を集積させることではない。研究成果を事業化へと接続する「投資文化の醸成」と「制度設計の整備」という2つの条件を同時に満たすことが、不可欠な要件となる。
だが、サンディエゴが今日の繁栄を築いてきた背景には、海軍を中心とする軍需産業の厚い存在感があることも忘れてはならない。ホテルの窓から間近に望む航空母艦ミッドウェイ、そして港に静かに停泊するステルス艦は、その象徴である。

参考資料
UC San Diego Campus Profile. (2025-26). UC San Diego Advancement. UC San Diego secures several top spots in latest national rankings for NIH funding. (2024). UC San Diego Today.
San Diego Biotech Companies: A Comprehensive Industry Guide. (2025). Intuition Labs. https://intuitionlabs.ai/articles/san-diego-biotech-industry-guide
University of California sets world record for Nobel Prizes in a single year. (2025). UC Office of the President.
San Diego: The Life Sciences Capital of the U.S. (2025). Del Mar Foundation.
Top 10 U.S. Biopharma Clusters 2025. (2025). GEN - Genetic Engineering and Biotechnology News.
San Diego Life Sciences Investors: Complete VC List 2026. (2025). Ellty.


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