
前回では、ウェルネスツーリズムにおける国内外の政策動向や利用者層の動向、さらには観光・健康・福祉・地域活性を横断する概念としての広がりについて整理してきた。では次に、このトレンドの担い手である旅行者層について注目してみよう。
富裕層のみから多様化する旅行者層
かつては「ウェルネス旅行=富裕層のスパ休暇」というイメージもあったが、近年の実態はそれより広範で多様な層が心身のケアを目的とした旅行を楽しんでいる。例えば米国の非営利団体GWI(Global Wellness Institute)では、ウェルネス旅行者を動機に応じてプライマリー(主目的型)とセカンダリー(従目的型)に分類している。
プライマリー・ウェルネス旅行者とは「ウェルネス自体が旅の主目的」であり、まさにヨガ修行に出かける、断食リトリートに参加する等が該当する。
一方、セカンダリー・ウェルネス旅行者は「別の目的の旅行中にも健康的な活動を実践する層」であり、例えば出張中に現地のジムに通ったり、家族旅行で立ち寄り湯に入ったりするようなケースである。全国に展開する低価格・無人型コンビニジムサービスの「chocoZAP(チョコザップ)」を旅先でも見つけて使用する、スーパー銭湯のような施設を利用する、といったことをイメージするとわかりやすいかもしれない。
調査によれば、ウェルネス旅行の大半(旅行件数ベース)はこのセカンダリー層で占められ、誰もが何らかの形で健康意識を旅行中に持ち込んでいるとも言える。従ってこの分野の観光は、もはや決して一部の特殊な客層だけでなく、一般旅行者全体のライフスタイルに関わる現象と捉えても良いだろう。
また世代的な特徴として、若年層のウェルネス志向が高まっている点も注目される。ある調査では、Z世代(1990年代後半〜2000年代生まれ)のウェルネス愛好家の67%が「望むウェルネス体験に対して惜しみなく支出する意向」を持ち、51%が「持続可能な観光であれば30%以上の追加費用を払ってもよい」と回答した。
これは、若い世代ほど自分の心身の健やかさや社会・環境への配慮を重視し、そのための旅行には積極的に投資する価値観を持つことを示唆する。実際、ミレニアル世代やZ世代の間ではヨガ・瞑想が日常化し、SNS上でもマインドフルネスやフィットネス旅行の情報交換が活発である。
彼らはまたデジタルネイティブ世代でもあり、旅行先選びにもSNSなどで心身の充実を重視するコミュニティやレビューを参照する傾向がある。例えば「ヴィーガン対応の宿」や「瞑想できる絶景スポット」といった要素が選択基準に入ってくるなどだ。したがって受け入れ側は、こうした新世代のニーズ(サステナビリティ、SNS映えする自然環境、デジタルデトックス等)を捉えた商品開発が重要となる。
一方、中高年層・高齢者層も重要なウェルネス旅行者である。特に先進国では高齢化の進展により、シニア世代の「健康でアクティブな余暇」への関心が高い。健康寿命を延ばすために旅行を通じてリフレッシュしたり、リハビリしたりしたいというニーズや、退職後に時間と資金の余裕を活かして長期滞在で体質改善を図るといった動機もある(日本で言えば湯治など)。欧米では寒冷な自国を離れ温暖な土地で冬を過ごす長期滞在型ツーリズム(いわゆるスノー・バード)も盛んで、スペインやフロリダでシニア向けの療養・健康志向の滞在型プログラムが提供されている。日本でも団塊世代が後期高齢者となる2020年代後半に向け、医療と観光を組み合わせた介護ツーリズムや湯治リゾートの需要が拡大する可能性がある。よって健康志向型の観光は若者から高齢者まで全年齢層に関係する裾野の広い市場と言える。
「固有の体験」を求める利用者たち
さらに、利用者ニーズの傾向としては、「その土地ならでは」の体験への志向が強まっている点が挙げられる。これは、従来提供されてきたような画一的なマッサージやジムよりも、旅行先の文化・自然に根ざした心身のリフレッシュ体験を求める声が多いことを指す。例えばハワイならロミロミマッサージ、インドならアーユルヴェーダ、バリならバリニーズスパ、日本なら座禅や茶道といった具合に、その土地固有の伝統や素材を活かしたプログラムが支持されているのだ。
こうした変化は単なる健康増進だけでなく「文化体験」「自己探求」といった動機とも結びつき、ウェルネス旅行に深みを与えている。また、持続可能性への関心も高く、自然環境に配慮した施設(エコリゾート)や地元コミュニティに利益を還元するツアーへの評価が高い。こうした旅行者は、健康だけでなく環境や社会の健全さも重視する価値志向を持つと言える。
以上のように、ウェルネスツーリズムの利用者像は多様化しており、それに応じて商品も高級志向から日常延長型まで幅広くなっている。だが、共通するのはいずれも「旅行中も健康的でいたい、むしろ旅行を通じてより健やかになりたい」という意識であり、これが今後の観光需要を形作る重要な要素となっている。
観光・健康・福祉・地域活性の交点として
もはやウェルネスツーリズムは単なる観光の一ジャンルに留まらず、観光・健康・福祉・地域活性化の交点に立つ総合的な概念でもあることから、その可能性と社会的意義について考察したい。
この分野が注目を集める背景には、旅行者だけでなく、地域住民の健康や福祉にも資する取り組みになり得る点がある。前述した例のように、地域独自の自然環境や伝統文化を活用したプログラムを、観光客だけでなく地元住民も参加できる形で設計すれば、経済的な波及だけでなく、住民の健康増進や交流促進にもつながる。実際に国内では、長野県大町市で、森林セラピー事業を観光客と市民双方に開放し、地元の高齢者がガイド役を務めることで生きがいづくりにも貢献している。このような、健康志向の旅行と農村でのグリーンツーリズムを結びつけ、都市住民が農作業体験や田舎暮らし体験を通じて心身を癒やすプログラムは、受け入れ側の農村地域にとっては担い手不足の解消や交流人口増加につながり、「滞在療養」や「社会参加型観光」のアプローチは高齢化が進む日本において福祉的価値も高くなり得る。観光客がもたらす収入で、地域の医療・福祉インフラを維持するモデル(例えば温泉地の診療所が観光収益を背景に存続する等)も考えられるからだ。さらに、地域固有の伝統知を次世代に継承し発展させる契機ともなる。地元に古くから伝わる薬草療法や食文化、芸能(太極拳やヨガ、気功のような身体技法を含む)を観光コンテンツ化する際に、地域の高齢者や名人から若手への技術・知識伝承が促進される。地域資源の再評価と誇りの醸成にもつながり、文化的持続可能性に寄与する面がある。観光客との交流は多世代・他地域との接点を生み、住民の社会参加や国際理解を深める効果も期待できる。つまり、ウェルネスツーリズムは、都市と地方、若者と高齢者、観光客と住民の架け橋となり、地域コミュニティの活性化や住民の幸福度(ウェルビーイング)の向上にも貢献し得るのである。
こうした流れを受け、コンテンツとしても「観光×ウェルネス」の融合商品が増えている。例えば、観光ガイド付きのハイキングにヨガや瞑想セッションを組み込んだり、歴史遺産巡りツアーの途中で薬草茶のティータイムを設けたりするなど、既存の観光素材に健康的な体験を付加する手法である。こうした工夫により、従来は単なる観光地巡りに留まっていた行程が、参加者にとって身体的・精神的な充実感を伴う旅に変わる。これらは観光客の満足度を高め滞在時間を延長させる効果があり、結果として観光消費の増大とリピーター育成につながり、ひいては地域の活性化につながるのである。
参考資料
https://www.copperwellretreat.com/2025-wellness-tourism-report
https://www.travelvoice.jp/20250116-156661
https://globalwellnessinstitute.org/what-is-wellness/what-is-wellness-tourism


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