
2025年度医学部入試を読む志望者減少は本当に始まったのか
2025年度の国公立医学部医学科一般選抜に於いて、前期日程の志願者数は1万5307人(前年比96%)、後期日程も6652人(前年比94%)と、何れも前年を下回った(河合塾「2025年度医学科入試結果総括」)。これは医学部志望者全体の動向をそのまま示すものではないが、国公立医学部、とりわけ地方大学医学部への志願動向に変化が生じている事を窺わせる。
地区別に見ると、九州・沖縄(前年度対比指数104)、近畿(同103)は前期日程でやや増加したものの、北海道(同88)、東北(同89)、関東・甲信越(同89)、東海・北陸(同94)、中国・四国(同97)は全て減少した(医学部予備校グリットメディカル「2025年度国公立医学部医学科志願状況まとめ」、各大学公式発表を元に集計)。全体の数字を均しても、北海道・東北等、首都圏から離れた地域での落ち込みが突出している。
医学部志願者"地方離れ"の深層
こうした変化は、大学毎に見れば、前年の志願者急増の反動や入試変更によるものと言えなくもない。しかし、国公立医学部医学科の志願者数は14〜21年度まで既に7年連続で減少しており、地方の医学部離れは今始まったものではない。22〜23年は、コロナ禍での医療への関心の高まりから一時的に持ち直したが、24年度以降再び減少に転じている。つまり、入試事情だけでは説明しきれない構造的な問題が有り、地方医学部への敬遠という形で浮上していると見るべきだろう。
その理由の1つとして考えられるのが「地域枠」制度への慎重姿勢だ。地域枠は、卒業後原則9年間、指定された地域や医療機関で勤務する事が求められる。奨学金制度そのものではないが、多くは都道府県の修学資金制度とも結び付いている。仮に義務を履行せず離脱した場合、貸与額の返還も発生するが、受験生にとってより重いのは、長期間に亘り勤務地やキャリア形成が制約される事だろう。優秀な受験生にとって、私学に比べて学費が安いという国公立大学の強みも、義務年限の前には二の足を踏む要素に変わる。
又、医師という職業のステータスと収入に対する期待値の下方修正も進んでいると言わざるを得ない。24年4月から適用された医師の時間外労働規制は、「高収入、且つ働いた分だけ稼げる」という医師像を変化させ、勤務医としての報酬が必ずしも労働強度に見合わないという認識が受験生の間にも広がりつつある。
志願者減少それ自体が直ちに医師供給の減少を意味する訳ではない——が、地方医学部が成績優秀層を安定して確保出来なくなれば、長期的には地域医療を担う人的基盤の質と量の双方に影響し得るだろう。
揺らぐ「地域枠」の存在意義
受験生側で地方医学部への慎重姿勢が強まる一方で、医学部定員を巡る政策の方向性は、複雑な捩れを見せている。
厚生労働省は、国公立大学だけでなく私立大学を含む医学部定員全体と、地域枠・臨時定員の配分の在り方を対象に検討会を実施。近い将来「医師過剰」になるという見通しと、依然として大きな医師偏在が有るという2つの現実を前に、「直ちに医学部定員数の急激な変更は行うべきでない」として、26年度の医学部定員は、24年度の定員数9403名を上限とするとの考えを纏めた(厚労省「医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会」第3回)。そして、この「増やせば過剰、減らせば偏在悪化」というジレンマの中で、「医師が多い都道府県の医学部臨時定員地域枠を削減し、その分を医師が少ない県へ移す」という配分の組み替えを打ち出した。結果、25年度の医師多数県の地域枠は前年度比約2割削減の計161人(前年比30人減)、医師少数県は計546人(同8人増)となった。だが、配分を調整し、定員を増やしても、「9年間」がキャリア形成やワーク・ライフ・バランスの根幹を縛る枷と受け取られる実態は変わらない。
「地域枠医師」が離脱する理由の最も多くは「希望する進路との不一致」である。配置された地域が症例数を積み難い勤務環境の場合、専門医の取得等、スキルアップやキャリア設計との相違が生じ易い。大学院進学を志す医師にとっても事情は同じだ。義務年限中は配置先での診療継続が原則である以上、研究への従事は先送りを余儀無くされる。厚労省の検討会(第14回)の報告によれば、調査を実施した24年時点で義務年限を履行中と考えられる対象者の内、12〜18年度入学者に於ける離脱率は約6%。「専門研修」及び「大学院入学」といったキャリア形成に関わる理由が明確に挙げられている。
更に見落とされがちなのが、生活基盤としての地方勤務の現実だ。地域枠医師の義務年限の期間は丁度、結婚・出産・子育てという人生の基盤形成と完全に重なる。配偶者の職場環境、子供の教育環境、保育施設の充実度——これらは都市部と地方で依然として格差が大きく、特に配偶者がキャリアを持つ医師や専門職である場合、地方への長期拘束は事実上、家族全体の選択肢を狭める。こうした「家庭の事情」も地域枠の離脱と無縁ではない。地域枠は一定の医師確保効果を上げてきた。しかし、その持続可能性という観点では、制度疲労が顕在化しているのが現状だ。
淘汰か、再編か、それとも再生か
では、地方医学部はこの先何処へ向かうのか。選択肢として論じられるシナリオは3つ——段階的な縮小・廃止という「淘汰」、複数大学を統合する「再編」、そして地方医学部そのものを作り直す「再生」だ。財政論としては淘汰も現実的だが、地域医療への打撃は計り知れず、理想は再編か再生である。しかし何れも、言葉にする程単純ではない。
例えば、「再編」の困難さを示す傍証として参照されるのが、19年に統合再編の合意書を締結した静岡大学と浜松医科大学のケースだ。医学・工学・情報学を融合した浜松地区の新大学構想は、当時大きな注目を集めたが、静大内部の根強い反対論を抑えきれなかった学長は「本年度内を目処に一度リセットする」と述べ、合意書を事実上白紙に戻した。この場合は、医学部同士の統合ですらなく、医学部を持たない総合大学と医科単科大学の連携という、より実現し易い筈の枠組みでの話だった。それでも頓挫したのである。地方医学部を巻き込む本格的な再編が、如何に高い壁を前にしているかを、この事例は物語っている。
だが、「再生」に向けた模索も始まっている。注目される事例の1つが弘前大学医学部だ。過疎・高齢化が最も深刻な東北の地に在るという「不利」を逆手に取り、長年に亘って蓄積してきた弘前市民の超多項目健康ビッグデータとAI技術を組み合わせた先端研究拠点の構築を進めており、24年4月には、NECとの共同研究講座「ヘルスケアAIシステム学講座」を開設して、脳卒中・心疾患・認知症等のリスク推定研究に取り組む。地方にしかない資源を知的な強みに転換するこの戦略は、学生の確保に苦労する地方医学部に於ける「再生」の1つの方向性を示している。無論、研究拠点化がそのまま地域の臨床医師の増加に直結する訳ではない。しかし、地方医学部が「行きたい場所」になる工夫を研究の魅力から切り拓こうとする試みは、義務で縛るのとは異なる動機付けの可能性を示唆している。
"縛る"政策が問いかけるもの
政策・制度・市場の三者が異なるシグナルを発し続ける中で、地方医療の先行きは依然不透明だ。国が長年、地方医学部と地域枠に多額の公費を投じてきた結果生まれたのは、義務年限が終われば出て行く医師と、地方の国公立大医学部を敬遠する受験生の動きだった。地域枠が一定数の医師を地方に送り込んできた事実は否定出来ない。だがそれは「縛っている間だけ」の効果であり、長期間の勤務地拘束で地方医療を確保しようとする政策設計は、医師の合理的な職業選択には勝つ事が出来なかった。医学部志望者の減少は、その根本的な矛盾が受験市場という最も正直な鏡に映し出された結果に過ぎない。地域医療の未来を誰が、どの様に設計し直すのか。地方固有の資源を強みに転換しようとする試みは、その問いへの1つの応答かも知れない。



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