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安倍前首相一押しのアビガン「継続審査」の行方

安倍前首相一押しのアビガン「継続審査」の行方
昨年の審査ではバイアスがかかりやすい「単盲検」に疑義

2020年のうちに、安倍晋三首相が早期承認に固執した抗ウイルス薬「アビガン」(一般名・ファビピラビル」が薬事承認される事はなかった。

 厚生労働省は昨年12月21日という暮れも押し迫った時期に、「薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会」を開いたが、「現時点で有効性を明確に判断する事は困難だ」として継続審議とした。いわくつきの「アビガン」の行方はどうなるのか——。

アビガン承認に前のめり過ぎる官邸
富士フイルム
安倍前首相の“お友達”富士フイルムHDの古森会長

 アビガンは富士フイルム富山化学(東京)が開発した新型インフルエンザ向けの治療薬だ。

 既に臨床現場では使用されていたが、広く一般に服用してもらえば商業的な成功を収められるだろうと、富士フイルムホールディングスの古森重隆会長と旧知の仲である安倍晋三前首相が昨年5月に「月内承認を目指す」と発言し、大きな注目を集めた。

 これは、薬事承認は科学的な根拠を経て決定されるため、企業側から申請もない段階で承認を前提とした発言が政治家から出たためだ。厚労省内では当時、「官邸の意向は分かるが、あんな踏み込んだ発言が出るのは異例の事」と衝撃を持って受け止められていた。「官邸は前のめり過ぎる」と批判的な意見も上がっていた。

 第二部会が開かれたのは、企業側の申請を受けての事だ。

 通常は複数の医薬品を審査の対象にするが、今回はアビガンのみ。これは政府が新型コロナウイルス感染症の治療薬の審査を最優先にしているためだ。

 ある幹部は「適正な手順に従ったまで」と話すが、さながら年末の駆け込み審査の様相となった。

 審査の対象となったのは、富士フイルム富山化学が厚労省に提出した治験結果だ。昨年3〜9月にコロナ患者156人を対象に、PCR検査で陰性になるまでの期間が約2・8日短くなった、としている。

 具体的には、「症状(体温、酸素飽和度、胸部画像)の軽快かつウイルスの陰性化までの時間」について、主要評価項目を達成し、偽薬投与群が14・7日に対し、アビガンを投与した人達は11・9日だった、としている。

 第二部会での審査の焦点は、「陰性までの期間が約2・8日短くなった」という企業側の申請内容だった。特に、今回の治験では「単盲検」という手法が用いられ、医師がどの患者にアビガンを投与し、偽薬を投じたかを把握する手法だが、これに第二部会の委員の議論が集中した。

 治験では医師も患者もどの患者にどの薬を投薬されたか知らされない二重盲検が用いられる事が多いため、有効性の判断が単盲検ではハードルが高くなる。つまり、単盲検では二重盲検より客観性に乏しく、医師の評価にバイアスがかかりやすく、正しい結果が出にくいとみなされるからだ。

 第二部会後に開いた報道機関向けのブリーフでは、担当者が継続審査になった理由について明らかにしている。担当者は「具体的な理由は答えられないが、単盲検で実施された事で、一定のバイアスが入っているか、詳しく議論された」とした。こうした事から結論が「有効性を明確に判断する事は困難」と導き出されたのだ。

 富士フイルム化学が、客観性が高い二重盲検ではなく、単盲検を選んだのは、患者をなかなか集められなかった事が背景にある。同社は「偽薬を飲んでいる患者の症状が悪化した時の救済を考えると単盲検が適切だった」と説明している。

 3月頃はコロナの病態は不明な点が多く、軽症であっても急激に症状が悪化していても対処方法が今よりも明確でなかった。偽薬を投与した患者が悪化した場合に、迅速な対応が取れるようにしていた、というものだ。これは第三者の専門家の意見も参照しながら手順を決めたという。

 二重盲検で万が一の事を考えると患者は集まりにくく、単盲検の方が集めやすかったという事情が窺える。とは言え、やむを得ない事情があったにせよ、明確な有効性を導き出せなかった事が大きい。

薬事審査行政ではあり得ない状況に

 こうした事情とは関係なく、安倍前首相は元々、感染拡大を続け猛威を振るうコロナを抑える手段として、アビガンに期待を寄せていた。それが「5月中の承認」という発言に繋がったとみられる。

 しかし、厚労省内では「医薬品の薬事承認の手続きに、科学的ではない発言で介入する事は許されない」という雰囲気が大勢を占めていた。アビガンに催奇形性を生じる副作用の可能性がある事の他、過去のエイズやサリドマイドといった薬害を引き起こした苦い記憶が影響している。「薬として効くかどうか分からない薬を流通させる事は出来ない」と話す厚労省幹部もいたほどだ。

 今回の第二部会前には、様々な憶測等が事前に飛び交った。

 まずは、審査結果の時期について、ある報道機関が「3週間で迅速に審査し、11月に承認する方向で計画している」との記事を流した。田村憲久厚労相は「申請前から承認時期が決まっている事はあり得ない」と火消しに躍起になり、結果的に「誤報」となった。

 更に、独立行政法人「医薬品医療機器総合機構(PMDA)」の審査結果が出るとの記事も報道された。アビガンに批判的な報道機関が「アビガン潰し」のために配信しているとの憶測も流れた。

 それをみた政権幹部の1人は第二部会が開催される前に「継続審議になる」と報道陣に漏らす等、これまでの薬事審査行政ではあり得ない状況が繰り広げられた。こうした状況を聞いたある厚労省幹部は「事前に見通しも含めて審査結果を漏らすというのは、重大な問題だ」と吐き捨てた。

 ただ、PMDAの審査が事前に漏れるのは異例の事で、アビガンに対して、肯定派と否定派が世論を誘導するために情報を流している、との見方も浮上している。

 安倍前首相の発言を巡って、官邸と厚労省の間には深い溝が生じていたが、安倍前首相が退陣した現在においても、同様の状況が続いている事が分かる。官邸幹部の1人は「薬系技官は罪深い」と繰り返し述べている。

 結局、継続審査になったものの、アビガンの審査は再び実施される見通しだ。二重盲検で治験が行われているクウェートの結果を富士フイルム富士化学が厚労省に提出する予定だからだ。

 更に、国内の治験結果についても追加で資料を出すという。

 アビガンが注目されたのは、昨年の春頃だ。1年近く経過しても、未だに薬事承認がされない状況が続いている。

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