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〝弱腰厚労省〟はHPVワクチンを「勧奨再開」できるか

〝弱腰厚労省〟はHPVワクチンを「勧奨再開」できるか
となる調、患猛反

 これ以上、接種勧奨中止が続けば日本は将来、子宮頸がん大国になってしまう、と医療関係者が気を揉む子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)を巡り、昨年末、一つの動きがあった。関係者が「接種再開のきっかけになり得る」と期待していた疫学調査の結果が出たのだ。結果は「非接種者にもワクチン被害を訴える患者と同様の症状があった」というもので、〝再開派〟の追い風となることが期待される。ただ、当然のことながら、この結果には被害を訴える患者らが猛反発。すんなり接種再開とは行かないようだ。

 2016年12月26日。あと数日で1年が終わろうというこの日、東京・霞が関の厚生労働省の会議室は緊張感で包まれていた。「厚生科学審議会の部会で、HPVワクチンの安全性が議題に上がると発表されていたからです。傍聴席には記者だけでなく、被害者団体やHPVワクチン薬害訴訟弁護団の弁護士らもいて、再開の議論が始まるか固唾を呑んで見守っていました」(全国紙記者)。

 しかし、厚労省はこの日の議論では接種再開の是非について言及しないようあらかじめ委員に伝えていたという。「疫学調査の結果が出たと同時に再開に向けた議論開始では反発が大きい。地ならしをした上で、ということだろう」と同省関係者は明かす。分科会は後半の約1時間が疫学調査の結果の説明と質疑に充てられた。

非接種者にも接種者と同じ症状

 関係者が注目していた調査とは、どんなものなのだろう。厚労省の資料によると、調査の正式名称は「青少年における『疼痛又は運動障害を中心とする多様な症状』の受療状況に関する全国疫学調査」といい、大阪大学の祖父江友孝教授が代表を務める厚労省科学研究費助成金を受ける研究だ。

 調査は16年1月から始まり、まず全国の病院の小児科や神経内科、内科などの約1万8000科を対象に葉書で行われ、約6割の1万1000科が回答。1次調査の設問は「一昨年7月1日〜12月31日までの半年間に、疼痛や運動障害、認知機能障害などの多様な症状が3カ月以上持続し、通学や就労に支障が出ている12〜18歳の男女の受診はあったか」。

 調査で「あった」と答えた508診療科に2次調査が行われ、ここではさらに患者の症状やHPVワクチンの接種歴の有無などを聞いた。その結果、多様な症状を12歳以上で発症した女性のうち、子宮頸がんワクチンを受けていない患者は110人で、10万人に20・4人の割合と推計された。研究班は「様々なバイアスがあり、比較には意味がない」とするが、ワクチン接種者では10万人に27・8人で、遜色のない値に思える。

 この調査が注目された理由は、HPVワクチン接種後特有の症状として世間に注目された様々な症状が、従来からあったかどうかを調べるものだったからだ。全国紙記者によると、「小児科や精神科などの臨床医は『ああした症状の子供は以前から診ていた』と言っていた。ところが、接種後の症状を『HANS』と名付けた小児科医らは『これまでに診たことがない』と主張。医師の見解が分かれたため、それならば調べようと疫学調査が企画された」という。

 調査結果を受けて、厚労省幹部は「接種歴のない人にも同様の症状があると分かったことがポイントだ」と話す。調査では、接種歴が不明の女性にも、また、女性のみならず男性にも痛みやしびれなどの症状に苦しむ人がいたことが判明した。厚労省の根回しが奏功したのか、部会では接種再開に向けた議論はなされず、調査に答えた医療機関ごとの分析など、集まったデータをさらに解析するよう要望が出され、数カ月後に結果が示される。

 ところが、薬害を訴える弁護団や患者会はこの調査に真っ向から異議を唱えた。部会が行われた当日夕、国と製薬企業の責任を追及するHPVワクチン薬害訴訟を提起した弁護団や原告は厚労省記者クラブの会見場で会見。「疫学調査はワクチン接種後の副反応である多様な症状を調査する設計になっていない」と批判し、「接種していない人にも一定数の有症者がいた、という報道は間違っている」と報道にも注文を付けた。

 弁護団が注目したのは、調査結果のうち、症状ごとにまとめたデータだ。認知機能障害や光や音などの知覚過敏などの症状が接種者の方にかなり多いとした上で、「非接種者ではこうした症状は少なく、10万人に20・4人と推計された非接種者の患者は、接種後の副反応と同様の症状とはいえない」と主張した。

 「弁護団は薬害訴訟として裁判を提起している以上、この調査結果を受け入れるわけにいかない。裁判の行方を左右するだけでなく、接種再開を止めるという訴訟の目的にも関わってくる」(全国紙記者)。訴訟には加わっていないものの、接種再開に反対している被害者の会も後日、記者クラブで会見を開き弁護団と同様の主張を展開したという。

 HPVワクチンをめぐる研究では、祖父江教授と同じく厚労科研費を受けた信州大の池田修一教授の研究班が、HPVワクチンを打ったマウスの脳にだけ変化が現れた、との研究結果を厚労省で発表。医師でジャーナリストの村中璃子氏から「捏造だ」と批判を受けたことが記憶に新しい。テレビを中心としたメディアがこぞって「薬害」を喧伝し、ワクチンの安全性が不安視された当時からすると、積極的な勧奨再開に向けた材料はかなり集まったといえる。

国民向けの科学的発信は疎かに

 「積極勧奨を中止した当時の田村憲久厚労大臣も、塩崎恭久現大臣も、基本的には接種再開に前向きといわれている。近々の再開はあり得ます」(全国紙記者)との声がある一方で、別の意見もある。

 「問題は厚労省の〝弱腰〟。厚労省の歴史は薬害訴訟の歴史です。職員は訴訟を提起されると、つい弱気になってしまう」と指摘するのは元厚労省職員。厚労省を長く取材している科学ジャーナリストも、「医師免許を持つ厚労省の医系技官は、政治家のような政治的判断でなく科学的判断を示すべきだ。それなのに、実際は医療現場への管理強化に躍起になるだけで、国民向けの科学的発信は疎かになっている」と痛烈に批判する。

 ワクチン先進国ともいわれた日本が、相次ぐ薬害訴訟によって後進国に転落して久しい。ようやく定期接種となったHPVワクチンも、積極的勧奨が中止されてすでに3年半が経った。日本のみならず世界中の研究者が研究を進めるが、ワクチンと様々な症状との関連を示す証拠は今も出ていない。ワクチンと検診が子宮頸がんを防ぐ両輪だが、検診受診率が低い日本にとって、ワクチンの重要性は他国より高い。

 「HPV(ヒトパピローマウイルス)は子宮頸がんだけでなく、喉や口内のがんの原因にもなり、海外では男性にワクチン接種を拡大する動きもある。このままでは本当に日本は取り残される」(小児科医)。厚労省の決断を、世界中が注目している。

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