SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

薬販売の最前線

薬販売の最前線
「薬局」に求められる機能強化

膨張し続ける社会保障費の影で、町の「薬局」に様々な〝機能〟が加わろうとしている。緊急避妊薬、メタボ治療薬といった販売に際して注意が必要な薬の販売を行う最前線として。その一方で、特に若年層の間で深刻化する市販薬のオーバードーズ(過剰摂取)を防止する番人として……。ただでさえ人手不足と言われる薬局薬剤師に求められる責務が大きくなっている様だ。

 11月28日、全国145カ所の薬局で始まったのは、望まない妊娠を防ぐ「緊急避妊薬」(アフターピル)の試験販売だ。日本では2011年に「ノルレボ」が医療用医薬品として承認されている。性暴力を受けたり避妊に失敗したりした場合に、性行為から72時間以内に女性が服用すると、妊娠を約8割防げるとされる。

 「これ迄日本では、緊急避妊薬を手に入れるには、医療機関で医師に処方を受けるしかなかった。休日や夜間等の診療時間外に性暴力を受けるケースや、地域によっては医療機関が少ない等、緊急性を要する薬なのに入手し難い環境に在った。これを薬局で入手出来る様にして、問題点や課題を調べようというのが今回の試験販売の狙いだ」(全国紙記者)。あくまで薬局で適正に販売出来るかを調べる調査研究の為の試験販売で、今年度末迄行われる予定だ。

 緊急避妊薬は、世界では約90の国と地域で、医師の処方箋無しに薬局で手に入れる事が出来る。終に日本でもと思いきや、購入には高いハードルが有るという。

薬局での緊急避妊薬販売の高過ぎるハードル

 「今回、緊急避妊薬を購入出来るのは16歳以上だが、未成年の16、17歳は保護者の同伴が必要。又、研究に参加する事に同意しないといけないので、本人確認書類の提示の他、メールアドレスの登録も必要となる。そもそも扱っている薬局も少なく、地方によっては実際に購入出来る薬局が、かなり遠方の可能性も有る。錠剤は薬剤師の目の前で服用しないといけない等、これ迄の産婦人科への受診と同じ位面倒だと思ってしまいます」(同)。

 確かに、試験販売に参加している薬局は人口の多い東京、神奈川、大阪でさえ5〜6カ所しかない。宮城県では3カ所で扱うが、全て仙台市内の店舗で、石川県でも3カ所全てが金沢市内等と県庁所在地に偏り易い。長野県では3カ所いずれも松本市、福島県では3カ所いずれもいわき市、と県庁所在地以外の場合も有るが、いずれにせよ地域の偏りは否めない。何故こんな事になったのだろうか。

 「今回の試験販売は、厚生労働省から委託を受けた日本薬剤師会が実施している。緊急避妊薬の調剤研修を修了した薬剤師が居る事、夜間・土日祝日の対応が可能でプライバシーが確保出来る個室等が有る事、近隣の産婦人科医や性犯罪、性暴力被害者を支援する機関と連携が可能である事といった一定の条件を満たす必要が有る為、かなり対象が絞られてしまった」(同)。

 全国には約6万軒の調剤薬局が有るが、これらの条件をクリアし、試験販売開始時点で参加出来たのが、たったの145薬局という訳だ。

 それだけではない。価格面からも、諸外国とは開きが有る。日本では緊急避妊薬の価格は7000〜9000円だが、英国やフランスでは約1000円。学校等で無料提供されるケースも有る。

 「薬局で適正に販売出来るかを調べるというが、何の為に緊急避妊薬が必要なのか。困っている女性が手に入れ易くする為、という視点が無いのが気になります」(関東地方の薬局関係者)と試験販売に首を傾げる声は大きい。「ノルレボ」は早く飲む程妊娠を防ぐ確率が高まるとされており1分でも早く薬局に行く事が重要だが、店舗が限られている現状では入手出来る場所を調べるのも一苦労だ。

緊急避妊薬を薬局で販売する意義を見失った施策

「保護者と一緒に自宅から距離の有る薬局に来る未成年は恐らく、産婦人科にだって行ける筈だ。そして、誰にも相談出来ずに、妊娠してしまうかも知れないと脅える未成年者や、病院に通う時間やお金が無い女性達は恐らく、今回の試験販売の薬局には行けないでしょう」(同)。敢えて利点を挙げるなら、地方では誰かに見られる事を恐れて産婦人科の受診に抵抗感を持つ若年者が、薬局であればハードルが低い事、そして個室等での対応となる為、外からの目を気にしなくていい事位だろうか。

 只、試験販売を行っている薬局のリストを見ると、ホームページすら持っていない薬局も多い。緊急避妊薬を買うには事前に薬局に電話をする事になっているが、若年層には電話をする事自体のハードルが高い。ドラッグストアには慣れていても、事前にインターネットで情報が得難い昔ながらの薬局に行くのは、難易度が高いと感じる若者は多いだろう。

 「女性達の事を思えば、出来れば多くの薬局で取り扱えるようにしたいが、夜間や土日の対応を可能にするには、複数の薬剤師が研修を受けて対応しないといけないし、小さな店舗では個室の確保にもお金が掛かる。気持ちは有っても現実的に対応出来ないという声は多く聞きます」と前出の全国紙記者は話す。

 武見敬三・厚生労働大臣は「今回の試験販売での調査結果を踏まえ、必要な人に緊急避妊薬が適切な形で届く様に検討したい」と述べており、こうしたハードルが低くなる事が望まれる。

 緊急避妊薬と同様に、ニーズは有るのに購入のハードルが高い薬が、春にも薬局デビューすると言われている。「日本初の内臓脂肪減少薬」として早くもネット等で話題となっている大正製薬の一般用医薬品「alli(アライ、一般名・オルリスタット)」だ。食事に含まれる脂肪の分解を阻害して排泄させる作用を持ち、理論上は「食べた脂肪分の25%が排泄出来る」画期的な薬だ。

 「薬局で買える一般用医薬品だから本来なら手に入れ易い筈だが、そうもいかないらしい。対象となるのは腹囲が男性は85センチ以上、女性は90センチ以上で、糖尿病や脂質異常等の健康障害が無い人。服用に当たっては、3カ月前から食事や運動等の生活改善をしている事を示す記録を付け、それを薬剤師に示さないといけないのです」(全国紙の医療担当記者)。

 しかも、薬を販売出来るのは指定の研修を受けた薬剤師が居る店舗のみで、客に販売した後も、定期的に体重等の健康や生活改善記録をチェックする必要が有る。海外ではこうした「瘦せ薬」は多く販売されており、アライはその中でもかなり老舗の薬とされる。「世界で長年に亘って使われている薬は未知の副作用等が出る恐れは低く、かなりの安全性が担保されていると言える。であれば、そこ迄厳しい規制は不要ではないか」と製薬企業の関係者は話す。

 それにも拘わらず、厳しい販売規制が掛けられたのには理由が有る。

 都内の内科医は「そもそも肥満は病気なのか。生活習慣病になり易かったり、他の健康障害を生じさせ易かったりするのは事実で、だからこそ日本では、『メタボリックシンドローム』という〝未病〟の状態に名前を付けて、生活習慣病の予防を呼び掛けて来た」とこれ迄の経緯を振り返る。簡単に言うと「メタボ対策」は未病の部分への働き掛けであって、病気の治療ではなかったという事だ。

 「海外では、アライの同種成分は医療用医薬品としても製造・販売されている。一般用医薬品としての承認より、医療用医薬品として承認をしている国のほうが多い位だ。しかし、大正製薬は今回、アライを医療用ではなく、一般用医薬品として承認申請した。これは過去に、苦い経験が有ったからです」(同内科医)。

 実は日本には、13年に武田薬品工業が肥満症治療薬として薬事承認を取得した「オブリーン(一般名・セチリスタット)」という薬が有る。ただ、オブリーンは厚労省の中央社会保険医療協議会(中医協)で「保険医療上の必要性が十分に説明されていない」として、薬価収載されないまま今に至っている。お金を掛けて臨床試験をして国の承認を得ても、薬価収載されなければ事実上、日本の医療現場では使↖えない。つまり、肥満の薬を医療用医薬品として承認申請しても、オブリーンの二の舞になる可能性が有る。であれば、医療保険制度を使わない一般用医薬品としての承認を目指そうという事になり、今回のアライが誕生したという訳だ。

 ただ、薬局で簡単に「瘦せ薬」が買えてしまっては、医者の出る幕が無いし、痩せる必要の無い人の使用も防げない。そこで設けられたのが、今回の厳しい販売ルールなのである。

 緊急避妊薬と同様、アライの販売に当たっても、薬剤師は事前に決められた講習を受け、販売時にはチェックシートを使って客の生活習慣改善への取り組みを確認する必要が有る。服用後に効果が見られない場合は医療機関へ繫ぎ、逆に効果が見られて腹囲が規定より減った場合は販売してはならない。「メタボ」の改善策は何より食事や運動といった生活改善であり、薬はあくまで補助的な位置付けなのである。

内臓脂肪減少薬の一般販売は薬局に旨味は有るのか

大正製薬の関係者によると、アライに対する全国の薬局の反応は悪くないというが、実際にどの程度の薬局がかなりの負担増となるアライの販売を引き受けるかは分からない。

 都内の薬剤師は「緊急避妊薬と同じで、所属する薬剤師の内1人だけがアライを売れるのでは客の利便性が良くない。全員とまではいかなくても、数人で研修を受けるのは、人の出入りが激しい薬局では厳しい」と語る。この薬剤師は「客のニーズは有るだろうが、服用の為のハードルの高さから購入に至らなかったり、途中で飲むのを止めたりする客が相当数居る事が予想され、そこ迄利ザヤが大きいとは思えない」と冷静だ。

 これ迄日本に無かった「画期的」な薬とされながらも、売れ行きが「画期的」となるか関係者が懐疑的なのは、「アライはネットでいくらでも手に入る」(社会部記者)からだ。アライは要指導医薬品であり、ネット販売をする事は出来ない。しかし、海外で売られている同種の薬を輸入する事は出来る。

 「オルリスタット、通販、で検索すれば海外製品を取り扱っているサイトが沢山ヒットする。食事や運動に気を遣い、体重や腹囲を計測しながら薬局でアライを処方されるより、通販で購入してしまった方が楽ですからね」(同)。

 大正製薬は薬局に直接商品を卸し、ネット等で違法に売られたり、横流しされたりしない様厳しく管理する方針だ。しかし、「正規」ルートがしっかり守られたとしても、薬局が介在しないネットという場所の無法状態は変わらない。むしろ、アライの販売が始まり、その存在を知ってしまう事で、更にそうした「脱法」ルートが注目を浴びないとも限らない。又、そうしたルートで購入した医薬品には信頼性への不安も付きまとう。

 「医療費を抑える為、一般用医薬品や薬局薬剤師の活用を進める方針は今後も続くだろう。薬学部は06年度から6年制となり、病院や薬局での実習がカリキュラムに入った。最近の薬剤師は、更に高度な知識やコミュニケーション能力を身に付けている筈だ。国がセルフメディケーションを推進する上で、薬剤師を使わない手は無い」と医療担当記者。一方で、薬剤師は女性が多い職業で離職率も高く、優秀な人材は病院に勤めるとして、薬局やドラッグストアの薬剤師のスキルについては懐疑的に見る向きも有る。

 前出の薬剤師は「せっかく全国に薬局が有るのだから、緊急避妊薬の様に扱える薬に差が有っては勿体無い。薬剤師のスキルアップや努力をきちんと評価し、インセンティブを与える施策が必要ではないか」と指摘する。学び進化して行く薬局は評価すると同時に、いい加減な対応をする薬局は淘汰されるべきではないか。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top