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未来の会

地震災害から日本の医療を守るために 医療機関がなすべき対策とは

地震災害から日本の医療を守るために 医療機関がなすべき対策とは

第27回日本医療医薬品等未来リポート

南海トラフでマグニチュード8〜9の巨大地震が起こる確率は、今後30年間で70〜80%とされている。また、神戸や熊本で起きたマグニチュード7程度の地震は、日本では1年に1回程度、普通に起きているという。それが首都直下で発生した場合には、大きな被害が出ると予想されている。南海トラフ地震や首都直下地震が起きた時、日本は具体的にどのような災害に見舞われ、医療はどのような状況に直面することになるのだろうか。9月26日に行われた勉強会では、地震予測の専門家である東京大学地震研究所地震予知研究センターの平田センター長に、地震予測と想定される被害について、厚生労働省医政局地域医療計画課救急・周産期医療等対策室の髙﨑洋介室長には、震災に対する医療機関のリスクマネジメントと、それに関わる厚労省の取組みについて講演していただいた。自然現象の地震は防げないが、社会・経済現象である震災は、適切な対策を講じれば最小限に抑えることが可能だという。

原田義昭・「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」国会議員団会長(自民党衆議院議員)「『災害は忘れた頃にやってくる』と言ったのは寺田寅彦先生です。先生は『災害は正しく恐れる』とも言っています。むやみに怖がるのも、侮るのも良くない。震災を正しく恐れるためには、しっかり勉強しておく必要があります」

尾尻佳津典・「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」代表(集中出版代表)「平田直先生の著書に、地震は防げないが、「減災」(震災被害を軽減すること)はできるという内容があり、大変勉強になりました。また、厚生労働省の髙﨑洋介室長の部署では、病院の耐震性を調査し公表しています。多くの病院の耐震性が不明なのに驚いた記憶があります」

地震予測の現状と想定される被害 
— 平田 直氏
■科学的知見から得られる大規模地震災害の予測

 「地震」と「震災」は区別する必要があります。地震とは、地下で岩石に強い力が加わり、岩石がずれる自然現象です。地震が発生すると、地表が強く揺れる地震動が起きたり、海底が動いて津波が発生したりします。

 そこに多くの人が住んでいると、震災が発生します。震災は社会・経済現象です。

 地震がどこで発生し、どのような社会があるかによって、発生する災害は違ってきます。東日本大震災では大きな津波が発生し、2万人余りの死者・行方不明者が出ました。約9割の方が溺死です。関東大震災では10万人以上が犠牲になり、約9割が火災により亡くなっています。阪神淡路大震災では6000人余りが犠牲になり、その8割5分は建物の倒壊などによる圧死でした。

 日本では、明治時代以降の120年間で、1000人以上の死者・行方不明者を出した大震災が12回起きています。10年に1回ほどの割合で起きているのです。

 地震調査研究推進本部という国の機関が、地震の発生する可能性の予測と、強い揺れになる可能性の予測を行い、「確率論的地震動予測地図」を作って発表しています。今後30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を示したものです。震度6弱というのは、普通の人が立っているのが困難で、耐震化されていない木造家屋が倒壊するような強さです。このような揺れが、日本中どこでも起こる可能性があります。

 また、揺れやすさマップも作られています。M(マグニチュード)6.8の地震が発生した時、地面がどの程度揺れるかを示したものです。首都圏、名古屋、大阪といった大都市は震度が大きいことが分かります。大都市は平野にできますが、平野は堆積岩でできているため、火山岩の土地に比べて軟らかく、揺れやすいのです。

■南海トラフ巨大地震や首都直下地震で想定される被害

 南海トラフ地震については、7世紀くらいから現在までに、7〜8回大きな地震が起きています。東北で起きたようなM8〜9の地震が起きる可能性が高いと考えられています。発生確率は今後30年間で70〜80%です。

 首都直下地震で想定されているのは、神戸や熊本で起きたようなM7程度の地震です。M7の地震は、世界的に見れば非常に大きな地震ですが、日本では普通に時々起きている地震です。M7以上の地震が日本でどのくらい起きているかを調べると、この150年間に200回余り起きています。1年に1回くらいは起きているのです。それが首都直下で起きると、大きな震災となります。関東だけでも、最近の100年で5回、江戸時代からの200年では8回ないし9回起きています。

 この地震が首都直下で起きたらどうなるでしょうか。内閣府の中央防災会議は、地震の起こる可能性のある場所を19カ所仮定し、どこで起きると最も被害が大きいかを検討しました。その結果、都心南部直下で起きた時に大きな被害になることが分かりました。

 ここでM7.3の地震が起きると、震度6弱以上になる面積が一都三県の約3割を占めます。この地域で耐震化されていない木造家屋が倒壊します。その結果、最悪のシナリオでは、死者が2万3000人と想定されています。61万棟の家屋が全壊・焼失、負傷者数は最大で12万3000人となります。被害想定の数字を小さくするために、都道府県や市町村に対策をお願いしています。

 家屋の全壊や焼失がどこで起こるかというと、山手線の外側で環状7号線の内側辺りです。東京都は防災都市づくり推進計画を作成し、木造家屋が密集して狭い道路がある地域を整備地域とし、ここを重点的に整備することにしています。東京都

の資料によれば、23区の面積の約10%が整備地域で、人口の約20%がここに住んでいます。

 首都直下地震が起きると、消防能力を超える火災が同時多発的に発生し、火災は2日間続きます。停電も起きます。湾岸の火力発電所が被災すれば、電力供給量が半減し、これが1週間以上続きます。帰宅困難者は、東日本大震災の時で500万〜600万人でしたが、約640万人〜約800万人になると予想されています。避難者は720万人。経済的被害は100兆円弱で、ほぼ国家予算に近い金額となります。

■災害軽減のための対策

 災害軽減の効果が明らかなのは、建物を耐震化することです。首都圏の耐震化率は約90%ですが、これを100%にすると、首都直下地震で倒壊したり焼失したりする家屋数も、死亡者数も、1割〜1割5分程度にまで減らすことができます。

 南海トラフ地震については、従来は地震予知前提の防災体制が取られてきました。地震が起きるという警戒宣言が出たところで、新幹線を止めたり、病院の外来を閉めたりするなどの対応をしていたのです。

 しかし、昨年9月に国の中央防災会議のワーキンググループから、地震予知による防災体制は取らないことが発表されました。現在は、国は地震の発生する可能性が高まったということを知らせ、後は自主的に考えてもらう体制になっています。それぞれの事業者が判断し、安全と考えれば事業を継続し、危険だと考えれば対策を取ってくださいということです。「規制」から「自主対応」へと変わってきたのです。これで震災を軽減するためには、防災リテラシーを高めていく必要があると考えられています。

医療機関における震災の
リスクマネジメントに関わる厚生労働省の取り組み
—髙﨑洋介氏
■リスクマネジメントの全体像

 厚生労働省では、災害医療に関しては、災害拠点病院などを整備する「モノ」、DMAT(災害派遣医療チーム)などを整備する「ヒト」、災害時情報網などのシステムを整備する「コト」について重点的に取り組んでいます。また、防災に関しては都道府県の取組みも重要で、安全で質が高く効率的な医療供給体制を確保するためには、都道府県が中心となって施策を企画立案して実行し、国は都道府県の取組みを支援することになっています。

 さらに災害時に多数発生する傷病者や、被災した医療機関の入院患者に対して、地域内外の医療資源を活用して医療を提供できる体制を整備しておく必要があります。

 また、災害は時間の経過に伴ってフェーズが変わっていくので、それぞれのフェーズに対応した医療を供給できることも大切です。初期の48時間くらいまではDMATが活動し、急性期から亜急性期に至る過程では、日赤救護班やJMAT(日本医師会災害医療チーム)などの医療救護班が活動します。また精神医療についてはDPAT(災害派遣精神医療チーム)が、保健公衆衛生については他県の保健所からの支援を受けます。急性期の様々なニーズには、被災地域のリソースでは対応しきれないので、地域外からの援助を受けて医療を供給します。ただ、その時期を乗り切った後は、なるべく早く被災地域の自治体へと業務を移管することが大切です。

■ヒト(人的資源)

 DMATは、災害の急性期に活動できる機動性を持つ医療チームです。平成17年から研修事業を開始し、既に約1600チームが研修済みです。1チームは医師1人、看護師2人、業務調整員1人の計4人が基本。災害が発生すると、都道府県から要請が出され、すぐに駆け付けます。熊本地震では500チーム弱、約2000人が派遣されました。東日本大震災の時は400チーム弱、2000人弱が派遣されました。DMATの隊員養成は、毎年予算を増額しており、隊員数は順調に増えてきています。

 災害時には数百チームのDMATが被災地に入るため、隊員をニーズの高い所に効率よく配置することも大切です。そのため、都道府県で災害医療コーディネーターの研修が行われています。災害医療コーディネーターは元々、その地域で活動している医療従事者に委嘱することが期待されています。


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