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専攻医の過労自殺が波紋

専攻医の過労自殺が波紋

「過重労働」「パワハラ」……若手の負担を回避せよ

兵庫県神戸市に在る甲南医療センターの専攻医だった高島晨伍さん(当時26歳)が2022年5月に過労自殺した事案が波紋を広げている。自殺する迄の3カ月間は休日が無く、直前の時間外労働は月207時間と国の労災認定の基準を大きく上回っていた。ところが、勤務先のセンターは「過重労働を課した認識は無い」と責任を回避する姿勢を見せる。こうした病院側の姿勢には、内部関係者と思われる匿名の人物が参戦してSNSで病院を批判する等、大きな反響が巻き起こっている。医師の働き方改革が迫る中、若手の過重な負担をどう軽減して行くのか。根本的な解決方法は見えていない。

 西宮労働基準監督署(兵庫県)に労災が認められた高島さんは、20年に神戸大を卒業し、甲南医療センターで研修医として働き始めた。22年4月からは、消化器内科の専攻医となり、研修を受けながら診療を行っていた。専攻医とは、以前は「前期研修医」と呼ばれていた2年間の臨床研修を終え、専門研修プログラムを受けている医師の事。専攻医としてより専門的な知識や技術を学ぶと、「専門医」の資格が得られる。

 「遺族によると、高島さんが周囲に疲れた顔を見せる様になったのは、専攻医になる直前の22年2月頃から。救急対応等で早朝から深夜迄の長時間勤務が続き、休日は無し。それでも仕事が終わらない、と悩みをこぼしていた様です」(全国紙記者)

平時と違う息子を心配するも……

 息子を心配して母親が4月に高島さんの自宅を訪ねると、冷蔵庫にはゼリー飲料しか無く、郵便ポストもぱんぱんで、部屋にはごみが散乱していた。息子のあまりの変わり様に、母親は休職して実家に戻る様に何度も説得したが、高島さんは「休職したら

二度と職場に戻れない」と耳を貸さなかったという。診療の忙しさに加え、高島さんは学会で発表するスライドの作成にも追われた。消化器内科には同期が居なかった為、雑務は高島さんに集中し、愚痴を言い合える相手も居なかった。おまけに、スライドを作っても先輩医師からOKが貰えない。労基署は労災認定の理由の中で、「先輩医師と同等の業務量を割り当てられ、指示された学会発表の準備も重なり、長時間労働となった」と指摘している。

 亡くなる4日前には、気分転換に食事に誘った母親に断りのメールが送られた後、病院のトイレから泣きながら電話が掛かって来たという。常軌を逸した息子の様子を心配した母親は、2日前には病院まで迎えに行った。「高島さんは、母親の顔を見て『今週締め切りの学会の資料が出来ない』と泣き出したと言います。相当追い詰められていたのでしょう。母親は翌日も息子を訪ねますが、更にその翌日の5月17日、高島さんは自宅で自ら命を絶ってしまったのです」(同)

 「おかあさん、おとうさんの事を考えてこうならないようにしていたけれど限界です」「誰も悪くないんです。ごめんなさい」「もっといい選択肢はあると思うけど選べなかった」……。両親に宛てた遺書には、高島さんの悲痛な思いが書かれていた。

 消化器内科の医師だった父親の背中を見ながら、中学生の頃から医師を目指していたという高島さん。息子を失って悲しみに暮れる母親に電話を掛けて来た甲南医療センターの具英成院長は、「高島君は別格に優秀だったので、みんな嘱望して彼を鍛えていた」と説明したという。だが、高島さんは生前、「2月から休み無しや」と訴えており、「鍛え」た結果が過重労働に繋がった事は間違いない。遺族は第三者を入れた調査委員会を作り調査する様医療センターに申し入れると共に、同年9月、労基署に労災を申請。12月には、センターを運営する公益財団法人甲南会と具院長を刑事告訴した。

 「遺族によると、遺族側はセンターに高島さんの勤務状況の実態を明らかにすると共に、二度とこうした事が起こらない体制作りを求めて来た。しかし、病院側から誠意有る態度が得られず、やむなく刑事告訴に至ったそうです」(同)。両者の関係は改善されないまま今年6月、労基署は高島さんの死亡は長時間労働で精神障害を発症したのが原因として労災認定。それを報じた新聞報道を受けて、病院側は8月17日に記者会見を開いた。

 「具院長は会見で、『医師の仕事は自由度が高く、自己研鑽の時間と業務の時間を切り分ける事は難しい』『過重労働させたという認識は無い』等と説明。この会見に憤った遺族は翌18日に会見を開き、高島さんが亡くなる迄の経緯を明らかにしたのです」(同)。更に遺族は8月31日には上京し、違法な医師の過重労働が横行しない様求める嘆願書を厚生労働省に提出。提出後には記者会見を行い、これには24年前に医師の夫を過労自殺で亡くし、医師の働き方改革を訴えて来た中原のり子さんも同席した。

 労働問題に詳しい弁護士は、「18年に成立した改正労働法に基づき、24年4月から医師の時間外労働には罰則付き上限が設けられる。しかし、具院長が会見で言っていた『自己研鑽の時間』は労働時間には含まないとされていて、事実上、医師の過重労働は変わらないのではと指摘する声は根強く有る」と語る。高島さんを苦しめた原因の1つでもある学会発表の準備等は、この「自己研鑽の時間」と見なされる恐れが有るのだ。だが、専門医の資格を取るには、学会発表や症例登録等、直接診療とは異なる内容の実務も必要となる。これは「業務」ではないのかと疑問視する声は、医師の間からも上がる。

その後も立て続けに投稿されるSNSへの告発

医師の働き方改革を目前に発覚した今回の不幸な事案。だが、事態はまだまだ収まりそうにない。「今回の事件を受けて、甲南医療センターの具院長らの過去のパワハラや長時間労働の隠蔽が次々と表に出て来ている」(医療ジャーナリスト)からだ。

 例えば『週刊文春』は、具院長が理事長を務める甲南会が運営する甲南医療センター等、3つの病院で働いていたそれぞれの事務長3人がこの1年以内に辞めていた事を報じた。又、X(旧ツイッター)では、甲南医療センターの職員や元専攻医を名乗る人物が、病院側が長時間労働を隠蔽しようとした事実や、過去に専攻医が勤務体制や指導体制に物を申そうとして潰された事等を書き込んでいる。前出の記者は「SNSに於ける匿名の告発であり、通常なら事実かどうかは判別し難いが、文書等の物証を示している事やかなり詳細に語っている事から、真実性は高いと見られる。センターを刑事告訴している遺族側の援護射撃になっているのは間違いない」と話す。中には、「院長・上層部がこの様な『告発SNSに訴訟を起こす』と仰せですがもはや知った事ではありません。全て事実だからです。これで訴えられれば証拠資料と当院勤務歴のある専攻医達と徒党を組んで出廷します」との覚悟を決めた書き込みも有る。

 「若い仲間を失い、その遺族が必死に戦っている姿が、職員らに行動を起こさせたのでしょう。告発の数々からは、二度とこの様な不幸を起こしてはならないという決意を感じます。同時に、これ迄溜め込んでいた院長への不満が一気に爆発した感も有ります」(同記者)

 遺族側は病院を相手取って民事訴訟も辞さない考えだが、問題を甲南医療センターだけで終わらせてはいけないとも訴えている。いくら法で縛っても、それを運用する側に問題が有れば制度は骨抜きになり兼ねない。目前に迫る医師の働き方改革の実効性や、専門医制度の在り方、現場に蔓延るパワハラ等、医療界に突き付けられた課題は大きい。それらの課題に真摯に向き合わなければ、未来有る26歳の死が報われまい。明日は、我が身だ。

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