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未来の会

「医師の働き方改革」が描く近未来の医療像

「医師の働き方改革」が描く近未来の医療像
2024年までに準備したい  医療の新しい労働スタイル

過重労働の為に体を壊した医師を何度か目にした事がある。パフォーマンスを落とさずに長時間労働が出来る人はそう多くは無い。2019年から働き方改革関連法が施行され、時間外労働の上限規制や年次有給休暇取得の義務化が始まった。働き方も時代と共に洗練されて来たという事だろうか。

 ところが、医療界はこの改革からしばらく取り残される事になってしまった。24時間戦うビジネスマンは絶滅危惧種でも、24時間以上戦う医師が現在の医療業界を支えており、彼らがいないと日本の医療が保たれないからだ。とは言え、労働環境の変化の波は医療界をもゆっくりと飲み込んで行く。「医師の働き方改革」は2024年から開始される事になっている。

「医師の働き方改革」の2つのポイント

 「医師の働き方改革」の第1の課題は「年960時間以下/月100時間未満」という労働時間の規制だろう。研修医や急性期の病院は例外となるが、基本的な医師の労働はこの時間内に収める事になる。厚労省の資料によると、現在常勤医師の約4割の勤務時間がこの基準を超過している。一般的な労働者の時間外労働の上限は「原則として月45時間・年360時間」であるが、医師の大半はこの基準を上回っている。

 医療現場の仕事は時間内に終わらず延長戦に入る事も多い。定時間際の急変、時間外の家族への対応、予定外の手術、少ない常勤医で回す当直等が医師の労働時間を押し上げている。医師の労働時間の規制は一般労働者への規制に比べると結構ゆるいものだが、医師という仕事の特性を考えると易々と達成出来る数字ではない。

 第2の課題はこの改革の目玉となる「時間外割増賃金率引上げ」であろう。大企業では既に適用されている法定割増賃金率の引き上げであるが、23年4月からは医療界も含めた中小企業も、月60時間を超える法定時間外労働に対して、50%以上の割増賃金率で計算して残業代を支払わなければならない。

 24年から施行される働き方改革に備えて病院の経営者は準備を始める必要がある。エムステージが行ったアンケート調査によると、半分以上の医療機関は既に準備が進んでいるという。3年以内に閉院を考えている病院は対象外だが、病院を継続する為には、上記の課題について粛々と準備を行い、解決策を見出さなくてはならない。

足りない医師数をどのように補うか

 まず必要となるのは医師の確保だ。約4割の医師は労働基準をオーバーしている為、彼らが休めるように別の医師を雇わなければならない。当直も残業とみなされるので、多くの病院は常勤だけでなく非常勤の医師を雇わなければ、労働時間の基準を満たす事は難しい。ここでいくつかの問題が出てくる。

 まず1つは医師数の問題である。日本全国の医師数は概ね決まっており、余裕が無いのが実情だ。ましてや、医師数の少ない田舎の病院にとって新しい医師の獲得はかなりの難題になる。医師を派遣する医局も、無い袖は振れない。3年後以降も病院を存続させようとするならば、なるべく早く医師を確保する必要がある。

 医師数不足の問題を解決する為に、他職種へのタスクシフティングやコメディカルの採用を検討する病院も多いだろう。医師は医療従事者の中で給与が最も高く、医師でなければ出来ない仕事以外は、コメディカルらに任せた方が効率もコストパフォーマンスも上がるからだ。病院によっては医師が行っている手技が他のコメディカルでも代行可能な業務が多くある。3年後を見越して少しずつ教育を進めて行くべきだろう。

 又、患者へのヒアリングや説明、文書作成等の仕事も資格を必要としない為、医学知識を持ったスタッフを育てる事で様々な医師の負担軽減が可能になる。そうする事で少ない医師数でも病院を運営し、「医師の働き方改革」の労働基準を達成する事が出来るだろう。

 今日、日本の医療費が国庫を圧迫している事を、地域住民にも理解を深めてもらう事も、医師の仕事を減らす為の1つの策である。「必要の無い薬は飲まない、必要の無い治療はしない」というのが今後の日本の医療の方向になって行くだろう。救急外来のコンビニ受診等、不適正な医療を減らす事で、医師の労働時間と日本の財務状況の是正に寄与出来る筈だ。

 病院間の連携も重要だ。中規模の病院同士が各々の標榜科を絞り、連携する事で、地域全体が1つの大きな病院としての機能を持つようにする。地域に小さな病院やクリニックがいくつもあるより、1つの大きな病院で地域全体の患者を受け入れた方が、医師の負担や労働時間を少なくする事が出来る。

 DX(デジタルトランスフォーメーション)やICT(情報通信技術)等も利用すると良い。最新のデバイス・アプリケーション・電子カルテを使った医療は最近の流行だが、コロナ禍によってオンライン診療やオンライン問診等が一気に活用されるようになって来た。これらは病院側だけでなく、患者側にとってもメリットをもたらす。

 医療事務の効率化や、書類の保管・閲覧技術の向上により、医師を含む医療スタッフの負担は軽減される。来院せずに受診が出来るので、患者は移動時間や待ち時間の削減に繋がり、遠隔地からの診療も可能になる。検査や診察に制限が生じる等のデメリットは有るが、最新技術を使用して人間の負担を取り除いていく事は近未来的な医療の姿であろう。

 有給休暇取得や残業規制等の人事制度改革も必要だ。医療事故やヒヤリハットが生じる割合は勤務時間が長ければ長いほど増加する事が分かっている。「医師の働き方改革」の要は医師自身の考え方の改革である。休日出勤や当直明け等疲弊した状態では、気力も体力も十分に発揮出来ず、頭の回転も体の動きも鈍ってくる。近頃は医療事故や医療ミスを巡る裁判も急増しており、診療ミスやカルテの記載ミス等もあってはならない。全ての医師が十分な休息を取り、万全の体制で診療に臨める制度作りが必要である。

改革の理想とコストの問題

このようにして医師数の不足を解決出来たとしても、更にもう1つ、コストの問題が重くのし掛かる。

 「時間外割増賃金率引上げ」の対応だけでなく、新しく医師や医療スタッフを雇ったり、最新技術を導入するには当然お金が掛かる。医師数を増やしても、オンライン診療を始めても、それに比例して患者数が増加するわけではない。日本の人口は減少しつつあり、地方では特に減少傾向が著しい。改革へのコストを掛けても、病院が元を取れるかどうかは大いに疑問である。

 病院の経営が悪くなれば、医師の給与は当然下がってしまう。給与が下がれば、生活を維持する為に医師はアルバイトや当直や残業を希望するだろうが、「働き方改革」はそれを許さない。

 医師の長時間労働の背景には、様々な要因が重なり合っている。個々の医療機関における業務・組織のマネジメントの課題のみならず、医師の需給バランスや偏在の問題、医師の養成の在り方や地域医療の提供体制の問題、機能分化や連携が不十分な地域の存在や医療・介護連携の課題、国民の医療機関の掛かり方等、多岐に亘る。そこにはもちろん個々の医師の事情も含まれている。

 「医師の働き方改革」の方向性は理解出来る。時代の流れから見ても、医師の労働条件の改善は望ましい。当然ながら過労死等は許されるものではない。

 しかし、厚生労働省の掲げる理想に対して診療報酬は追いついていない。「理想は実現したいが金は出したくない」というのが政府の本音だろう。社会保障費は削減され、人口は減っていく一方で「医師の働き方改革」の期日は迫っている。この状況下で次の時代を生き抜くために、病院は進化して行かなければならない。

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