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未来の会

実父を手に掛けた〝安楽死医師〟の危うい「優生思想」

実父を手に掛けた〝安楽死医師〟の危うい「優生思想」
精神疾患の父が「周囲を不幸にする」と母とやり取り

難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性から依頼を受け、報酬を受け取った上、殺害したとして嘱託殺人罪で起訴されていた医師2人に、新たな疑惑が浮上した。

 京都府警は5月12日、殺人容疑で、医師の大久保愉一(43歳)と山本直樹(43歳)、更に山本容疑者の母、淳子(76歳)=長野県軽井沢町=の3容疑者を逮捕。殺害されたとみられるのは、山本直樹容疑者の父であり、淳子容疑者の夫である靖さん(当時77歳)だった。

 人を救うはずの仕事に就いた医師がなぜ、父親に手を掛けたのか。そこには、彼らが抱いた危うい「優生思想」が見え隠れする。

 現役医師が共謀して患者を殺害するという衝撃的な事件が明るみに出たのは昨年7月の事。

 大久保容疑者と山本容疑者はALSと診断された京都市内の女性患者(当時51歳)から殺してほしいと依頼を受けて、2019年11月に薬物を投与して殺害した嘱託殺人容疑で逮捕された。

 2人は女性の主治医ではなくALSの専門家でもないが、かねてから安楽死に強い興味を持っていた。病苦で「死にたい」等と発信していた女性のSNSを通じて知り合ったとみられる。女性は死亡する約1週間前に、山本容疑者の口座に現金130万円を振り込んでいた。

 事件をきっかけに、京都府警の捜査は広範囲に広げられた。そして、この女性を〝安楽死〟させる2カ月ほど前に、海外で安楽死を望んでいた当時20代の女性の病状等を記した英文の診断書を偽造していた事が発覚した。

 また、昨年10月、2人は有印公文書偽造罪でも追起訴された。

 そして公判を待つ身だった両容疑者に、新たな容疑が掛けられた。

 しかも、山本容疑者の実父という身内に対する殺人容疑だ。

 「府警は当初から、2人の周りで不審な死を遂げた人物がいないか捜査しており、父親は早い段階で捜査線上に浮かんでいた。だが、死亡は10年前で、遺体の解剖もしていない事案を、殺人で立件するのは難しいとみていた」と警察担当記者は語る。

 既に遺体は火葬され、ごく限られた人間しか〝犯行現場〟にいなかった殺人事件では、死亡したのは事実であっても、それが「殺人」であったと証明するのは難しい。

 「府警は3人の認否を明らかにしていないが、取り調べに対して、少なくとも山本、大久保両容疑者は全面自供をしていないと伝わっている」と前出の記者。それではなぜ、府警は3人を逮捕出来たのだろうか。

 山本容疑者らが父親を殺害したとされるのは、東日本大震災が起こる6日前の11年3月5日だった。精神疾患のため長野県内の病院に入院していた靖さんを退院させ、東京都内のアパートに連れてきたところで、何らかの方法で殺害したとみられている。

 死亡当日に淳子容疑者の名前で東京都中央区役所に提出された死亡診断書には、靖さんは心臓や血管関係の病気で死亡したと書かれていた。

「教育ママ」が育てた〝モンスター〟

 しかし、捜査員が長野の病院の主治医に確認したところ、靖さんの退院直前の容体は安定していたという。

 また、死亡診断書には2人と知り合いの医師の名前が書かれていたが、この医師は「身に覚えがない」と関与を否定した。

 更に、医師が所属しているとされた診療所は、架空のものだった。

 「殺害現場とみられる都内のアパートは、靖さんが死亡する5日前に、山本容疑者の名前で契約されていた。靖さんは3月5日午前に退院し、その際、山本容疑者らは『東京都内の病院に転院させる』と話していたというが、都内の病院に靖さんが転院した記録はなかった」(担当記者)。

 押収された淳子容疑者らのパソコンからは、靖さんとみられる人物の殺害をほのめかす内容のメールがやり取りされていた事が判明。「(靖さんが)周囲を不幸にする」等とも書かれていたという。淳子容疑者もこうしたメールの内容を把握していたらしい。

 関係者によると、殺害された靖さんは精神疾患を抱えながら、大和銀行に就職。銀行マンとして働いていた42歳の時、淳子容疑者と結婚した。10歳の年の差夫婦で、淳子容疑者は再婚だった。

 「淳子容疑者は前の夫との間にも子どもがいたが、山本容疑者は靖さんと結婚後に誕生した実子。淳子容疑者は近所でも評判の教育ママとして塾の送迎をする等して、山本容疑者を名門の灘中学に進学させた」(担当記者)。

 息子を医者にさせたがっていた母の期待に応え、灘高校を経て東京医科歯科大医学部に合格した山本容疑者だったが、同大を中退。その後、海外の医学部に進学し帰国後に日本の医師国家試験に合格したが、事件後に捜査員が調べたところ、海外医学部の卒業は確認出来なかったという。

 とにもかくにも、日本で医師免許を取得した山本容疑者だが、医師として患者と向き合う中で、大学時代に研究会活動を通じて知り合った大久保容疑者と、医師にあるまじき犯行に手を染めたのは前述の通り。

「安楽死教」教祖と「金儲け」の盲者

 「大久保容疑者は『安楽死教』の教祖になりたい等とインターネットに投稿していた根っからの安楽死推進派だが、山本容疑者に関しては、『金儲け』に熱心ではあるものの、安楽死については従属的な立場と考えられていた。しかし、2人の原点ともいえる犯行の被害者が山本容疑者の実父だった事で、山本容疑者の強い『優生思想』が明るみになった」と警察担当記者は話す。

 捜査関係者によると、靖さんは食べ物を飲み込む機能が衰えており、長野の病院の主治医は山本容疑者に、胃ろうを造設する手術の提案をした事があったという。

 ところが、山本容疑者は「なぜ長生きさせようとするのか」とこれを拒否。また、年齢のせいもあるのか、靖さんの精神疾患は徐々に悪化しており、こうした事も山本容疑者の犯行の動機になった可能性がある。

 事件発覚の契機となった京都のALS患者については、どこまで本気だったのか、本当にそれしか手段がなかったのか、そうした議論はあるとしても、自ら死を望む局面があったことは確かだ。

 ところが、靖さんについてはそうした事実は確認されていない。海外の安楽死制度に詳しい専門家は「2人の犯行からは、『精神疾患や寝たきりの患者は、社会のお荷物である』『ゆえに生きている価値がない』という優生思想が透けて見える。医師にあるまじき、傲慢で独善的な考え方だ」と厳しく批判する。

 教育熱心な母は、息子に考えを改めさせる事なく、それどころか犯行に加担した。

 「事件が発覚した当初、これが日本では認められていない安楽死について議論を深めるきっかけになるのではないかと期待する報道も出た」と全国紙の社会部デスク。しかし、事実関係が明らかになるにつれ、「安楽死について真剣に悩んだ末に起きた事件ではなく、身勝手で短絡的な医師の稚拙な犯行と思うようになった」と言う。

 証拠の少ない難しい捜査ではあるが、関係者への粘り強い聞き込みと押収物の解析により、逮捕に至った10年前の殺人事件。1日も早い全容解明が待たれる。

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