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「措置入院」強化がはらむ「障害者ヘイト」

「措置入院」強化がはらむ「障害者ヘイト」
犯罪止の一方で、権侵害の懸念も

 神奈川県相模原市の知的障害者施設で起きた殺傷事件を受け、政府は措置入院から退院した人向けのフォローアップ体制づくりの検討に入った。退院後に患者のケアを続ける制度がない現状の下、今年3月に措置入院を解除された植松聖容疑者(26歳)が、退院から約4カ月後に今回の事件を起こしたからだ。ただ、「ケア」の強化は患者の監視にもつながり、人権侵害を助長しかねないという問題もはらむ。

 事件発生は、7月26日未明。同市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」に、同園元職員の植松容疑者が乱入し、入所者ら19人を刃物で刺して殺害、26人に重軽傷を負わせた——というのが容疑の概要だ。

 28日昼、塩崎恭久・厚生労働相は首相官邸に安倍晋三首相を訪ね、事件を説明した。容疑者が障害者に危害を加えることをほのめかし、2月に同市が緊急措置入院をさせていたことに話が及ぶと、首相は「『退院後』を考える必要がある」と伝えた。首相は同日午後の関係閣僚会議で、事件の徹底究明、再発防止に尽力するよう求め、「施設の安全確保の強化、措置入院後のフォローアップなど、さまざまな観点から必要な対策を早急に検討し、できるところから速やかに実行に移していくように」と指示した。

 神奈川県などによると、植松容疑者は大学卒業後、運輸関係の仕事などを経て2012年12月から事件のあった施設で勤務していた。しかし、今年2月14日、東京・千代田区にある衆議院議長の公邸を訪れ、「障害者が安楽死できる世界を望む」などと記した手紙を警備中の警察官に渡した。手紙では、自分の勤める同園を標的にするとし、「職員を結束バンドで縛る」といった事件の手口を具体的に書いていた。

 2月19日、園から連絡を受けた警察官に対し、植松容疑者は「障害者を殺害する」との趣旨の発言をしたという。これに対し、指定医は「そう病」と診断。市は同日、施設を退職した植松容疑者を強制的に措置入院させることを決めた。入院した20日には容疑者から大麻の陽性反応が出て、「大麻精神病」「妄想性障害」などと診断された。

 しかし、入院後にあらためて行った薬物検査では反応が出ず、医師は「他人に危害を加える恐れがなくなった」と判断。植松容疑者は入院から12日後の3月2日に退院した。退院前に病院が市に提出した「症状消退届」には、退院後は「家族と同居」と書かれていたが、市は退院後に容疑者が家族と暮らしているかどうかを確認していなかった。市は「退院後に市がすべきことは法律上も示されていない。対応に問題があったとは考えていない」と説明している。

退院後に行政がすべき法的義務がない
 措置入院は、精神保健福祉法で定められた制度。他人や自分自身を傷つける恐れがある人に対し、都道府県知事や政令指定都市市長の権限と責任で本人の同意なしに入院させることができる。14年度は全国で6861件あった。13年の法改正で、退院後の生活に関するアドバイスをする相談員の選任を病院に義務づけたものの、福祉事業者の紹介などにとどまる。現在も退院後に患者のケアを続ける仕組みはない。同法の目的は精神障害者に対する医療と保護で、犯罪予防は想定していないからだ。

 事件防止をにらんだものとしては、「医療観察制度」がある。01年に大阪府池田市で8人の児童が殺害された、大阪教育大学附属池田小学校の事件の犯人が一時措置入院していたことを踏まえ、05年に導入された。検察の申し立てに基づいて裁判所が審判を行う。患者への適用が決まると、強制的に入院や通院をさせ、退院後にも必要に応じて保護観察所が面談などをする。ただし、重大事件を起こしながら不起訴や無罪になった場合などに限られ、今回の事件は対象外だ。相模原市は退院後の独自のフォローアップ制度を設けているが、植松容疑者が「家族と同居する」と申告していたため、「フォローは不要」と判断していた。

 海外では、強制入院させた患者に対し、退院後も地域や医療機関が継続的に見守る制度を設けている国もある。

 英国では、医師、臨床心理士や看護師、ソーシャルワーカーなどのチームが、患者の入院から社会復帰まで一貫して対応する。退院後の通院の頻度などもチームが決め、チームには「強制通院命令」を出す権限もある。

 フィンランドには、犯罪歴のある患者が退院した場合、地域の医療機関が最長半年間、患者を監督する制度がある。また韓国では、医師が自治体に対し、退院後の「通院命令」を請求できる権限を持っている。

 事件翌日の7月27日、事件現場を視察した塩崎厚労相は「措置入院後の十分なフォローアップができていなかったという指摘がある。こういった点もよく考えていかなければならない」と述べた。厚労省は8月8日に、措置入院のあり方を見直すための有識者会議を発足した。措置入院を解除した患者に関する情報を病院、行政、警察などがどう共有するか、患者への継続的な支援をどうやっていくか、が主な課題となる。同省幹部は「人権侵害につながる、との指摘は十分認識している」と話し、監視強化とならないようなガイドラインづくりや法改正を検討するという。

自民党内からは強硬な意見も
 しかし、「行き過ぎ」を懸念する声は決して小さくない。

 「人権という美名の下、犯罪が横行している。犯罪をほのめかした人物、性犯罪者にはGPS(全地球測位システム)を埋め込むようなこと、安全な国という見地からも、きちんとした法律を作っておくべきではないか」

 7月28日午後、自民党山東派の例会後、山東昭子・元科学技術庁長官はそう語り、相模原市の事件再発防止策の一環として、犯罪者らにGPSを付ける必要性に言及した。自民党内には、精神保健福祉法に基づく措置入院を刑法などによる処分へと改め、行政と警察の連携強化を図るべきだといった声もある。

 ただし、山東氏の発言や、措置入院の強化案に対しては、「偏見を助長し、人権を侵害することになる」「『犯罪防止』名目で監視社会を目指すつもりか」といった強い批判が出ている。8月2日、自民党は事件の再発防止策の議論を始めたが、同党の一部議員が念頭に置く措置入院の厳格化には、「精神疾患の人を社会全体で受け入れるという今の政策の流れに逆行する」との慎重論も出された。

 相模原市の事件を受け、精神科医で批評家の斎藤環氏はツイッターを通じ、「措置入院がどう影響したかはしっかり検証すべき。入院が彼を家族や友人からいっそう孤立させ、犯行の決断を促した側面はなかったか」「これを機に精神障害者への偏見が再び強まったり、収容主義や予防拘禁が叫ばれたりするようなバックラッシュ(反動)が起こらないことを強く願います」などと警告している。

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