SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

太陽ホールディングス

太陽ホールディングス
価引げら
「グローバル総合化学企業」の勝算

 「未経験で大丈夫だろうか」と訝る声もある。

 中外製薬から長期収載品(先発医薬品)13製品を買い取った太陽ホールディングス(東証1部上場、本社・東京都豊島区)傘下の「太陽ファルマ」(東京都千代田区)である。譲渡価格は212億円。13製品は4月以降、中外製薬から順次移管されるという。

 太陽HDはスマホやパソコンなどのIT機器や車載用電子機器などの配線基板に不可欠なソルダーレジスト(SR)と呼ぶ絶縁材料のメーカーである。SRでは世界で50%のシェアを占める世界一の化学部品メーカーで、電子機器業界では「スマホの黒子」などと呼ばれている。

 同社は「グローバル総合化学企業」を目指して医薬品事業への進出を発表し、昨年8月に太陽ファルマを設立した。医薬に未経験のスマホの黒子が、それも長期収載品は急激な薬価引き下げが始まるという最中の新規参入に、製薬開発者は首をひねっている。

中外製薬から特許切れ13品目を譲受

 もちろん、世界にはメルク(ドイツ)のように総合化学メーカーから医薬品に発展した例は数々ある。太陽HDの佐藤英志社長は「絶縁材料で培った生産技術と医薬品の製造技術は似通っている。得意の生産技術で医薬品の生産、原薬製造が可能だ」と話す。

 だが、医薬品の世界は低分子化合物から抗体医薬、核酸医薬、免疫療法、さらにゲノム改変医療へと進んでいる時代に化学メーカーからの参入がうまくいくのかという懸念が生じるのも当然と言えば当然だ。

 ともかく、中外製薬から移管される長期収載品13製品は、カリニ肺炎治療剤「バクトラミン」、ジギタリス配糖体製剤「ジゴシン」、血糖降下剤「オイグルコン」、抗悪性腫瘍剤「フルツロン」と「塩酸プロカルバジン」、頭蓋内圧亢進・浮腫治療剤/眼圧降下剤「グリセオール」、制吐剤「カイトリル」、パーキンソン病治療剤「マドパー」、鎮咳・気道粘液溶解剤「レスプレン」、抗てんかん剤「リボトリール」、抗生物質製剤「ロセフィン」、角化症治療剤「チガソン」、ビタミンB6製剤「ピドキサール」で、中外製薬の親会社、ロシュ(スイス)が創薬した医薬品も含まれ、合計売上高は116億円(2016年度)に上る。

 一方、太陽ファルマは、太陽HDの製造部門である「太陽インキ製造」(埼玉県比企郡)で技術本部長、研究本部長を務めた有馬聖夫氏が社長に就任、中外製薬をリタイアした人材3人と経理担当者の計5人でスタートした。事業ビジョンは長期収載品、後発品の受託製造、開発受託を掲げ、中外製薬から移管される長期収載品を製造することになる。販売では外部から60人程度のコントラクトMR(CSO〈製薬会社にアウトソーシングサービスを提供する企業〉に所属するMR〈医薬情報担当者〉)を確保するそうで、「まずは医薬品メーカーとしての認知を得たい」という。

 太陽HDは2010年に持ち株会社に移行したが、中心事業が太陽インキ製造という通り、元々は印刷用インキメーカーだった。印刷用インキの世界ではDIC(旧・大日本インキ化学工業)が次々に海外メーカーを買収し、世界最大のインキメーカーに成長した。太陽インキ製造はインキメーカーでは将来性が限られると判断。いち早く、印刷用インキからインク製造の粘性液を扱う技術を応用して、IT部品であるプリント配線基板に不可欠の絶縁材料の製造に事業を転換した。パソコンの普及、さらにスマホの高機能化、車のIT化の波に乗って成長し、今では世界一のSRのメーカーになっている。

インキ会社ならではの知見を活かせるか

 だが、太陽HDはSRだけに頼るのでは将来が不安と考え、事業の多角化を模索。その結果、池や沼の水面を利用した水上太陽光発電事業、野菜の工場栽培という食糧事業、さらに医薬品事業への進出を目指した。この多角化を同社は「グローバル総合化学企業」と唱えるが、傍目にはコングロマリット(複合企業)を目指しているのではないかという気もする。

 それはともかく、医薬品事業の太陽ファルマの有馬社長は「電子材料で培ってきた技術が医薬品製造に応用出来る。医薬品製造は最も違和感なく入っていける分野だ」と語る。

 「ソルダーレジストなどの電子材料の製造は、GMP(医薬品などの製造・品質管理基準)と同様に、ISO規格に基づいて徹底したクリーンルームで原料を配合し、練り合わせて仕上げ調整して缶詰にし、さらに別のクリーンルームで2次包装する。これは医薬品製造がクリーンルームで原料配合、混合・造粒・乾燥、さらに製品に打錠・検査・1次包装、そして2次包装する工程と同じです。しかも、各工程で化学分析を行っているところも医薬品と同じ。さらに、我々は電子材料製造で使うフイルム技術を応用して経口薬を塗り薬や貼付型医薬品に変える開発にも生かせる」

 確かに電子部品はチリが付着して狂いが生じないようにクリーンルームで製造されるなど、製造工程は医薬品の製造工程と似ている。さらに、液体をフイルムにする技術も持っているから、添付薬やテープにするのは得意かもしれない。

 それにしても、なぜ薬価制度改革でトドメを打たれる寸前の長期収載品に乗り出すのか。周知のように、今、政府は画期的な新薬が生まれず、長期収載品にしがみ付く新薬メーカーが多いことから、新薬創出加算制度の見直し改革を始めている。改革案の概要は、特許切れ後、ジェネリック医薬品が登場してから10年を経過した時点で長期収載品はジェネリックの価格の2・5倍に引き下げ、さらにジェネリックへの置き換えが80%以上に進んでいる場合は6年かけてジェネリックと同じ価格にし、ジェネリックへの置換率が80%未満の場合は10年かけてジェネリックの1・5倍まで引き下げる、という内容だ。引き下げは長期収載に頼る新薬メーカーには退場してもらおうという改革でもある。

 こうした改革方針に対して、武田薬品工業はイスラエルのテバとの合弁会社、武田テバ薬品に長期収載品を移管し、塩野義製薬は日医工に抗がん剤6品目、共和薬品工業に21品目の長期収載品を譲渡。アステラス製薬も長期収載品16製品をLTLファーマに売却し、田辺三菱製薬もニプロに長期収載品を売却……。大手新薬メーカーは長期収載品を整理し、経営資源を創薬に集中している。そんな状況下での長期収載品に新規参入するというのだから、製薬関係者が首をひねるのも当然だ。

 有馬社長は「医薬品の成長性というより、エレクトロニクス材料業界との対比で製薬事業参入を考えた」と言う。

 「ソルダーレジストに代表される当社のIT部品事業の市場規模は世界で5000億円しかありませんが、医薬品市場は10兆円もある。長期収載品だけでも1兆円もある。一方、太陽グループの売り上げは500億円。主要製品の85%が海外生産で、国内生産は70億円程度しかない。それに比べれば、長期収載品の1兆円という市場は減少傾向であっても規模が大きい。その中で当社が100億円から200億円規模の事業にすることは可能だと思う」

 これは製薬会社の感覚ではなく、エレクトロニクス業界のメーカーの発想である。加えて、「手に入れる13製品には薬価がもう最低に近く、これ以上は下がらないと思えるものもあるし、ジェネリック医薬品がない製品もある」との勝算を持っている。同社の頭の中の計算では、長期収載品がジェネリック医薬品と同程度の価格に下がれば、医師は添加物が異なるジェネリック医薬品より長期収載品の方を選択して使うようになる、と読んでいるのかもしれない。

 さらに、太陽ファルマは「エレクトロニクスの業界はシャープや東芝が陥ったように厳しい競争に晒されてきている。その中で、当社は高い利益率を確保している。ソルダーレジストのように利益を確保するために海外生産をしている。それも世界の工場になっている中国向けには中国国内やタイなど周辺地域で製造しているが、徹底した生産管理を行い品質は国内生産と遜色がない。長期収載品の価格が下がって国内で利益が出ないようなら、海外生産を行うことも考える」(有馬社長)

 完全に部品メーカーの感覚である。スマホなどのエレクトロニクスは多くが中国で生産されているから、その部品は中国や周辺国で製造するという〝地産地消〟は合理的だが、長期収載品の消費地は日本国内である。それを海外生産して利益率を確保するというのは〝地産地消〟に矛盾するのではなかろうか。

 ジェネリック医薬品には海外から原薬を輸入しているものが多いが、以前、韓国の原薬工場が独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)のGMP検査で不適合とされ、ジェネリック医薬品メーカーは製品不足騒ぎを起こしたこともある。また、中国・天津の化学薬品倉庫大爆発で英グラクソ・スミスクラインの工場が被害を受けて、B型肝炎薬の不足が憂慮された例もある。海外での製造では、たびたび問題も起こる。韓国の原薬問題では医師の中から「医薬品に製造国名を記載すべきだ」という声も上がった。

 そもそもエレクトロニクス部品と医薬品とは違う。長期収載品といっても、医薬品は体力が弱っている患者が口に入れるものである。患者の身体をスマホやパソコンと同列に考えられてはたまらない。

 「効率化」「利益率」の視点で哲学がない

 太陽ファルマは「手放しても良いと思う製薬会社の工場を手に入れ、効率的な生産体制を模索して高品質な医薬品を製造したい」(有馬社長)と語る。同社の話には常に「効率的」「利益率」という言葉が見え隠れする。

 しかし、「医が仁術」なら「製薬も患者のために」という言葉がある。効果がある新薬にはそれなりに高い薬価が認められている。効率的、利益率という言葉と、仁術、患者のためにという言葉とは相反する。医療業界と患者を含めた人々が望むのは画期的な新薬研究・開発である。太陽グループがもう一つの柱にする医薬品事業が長期収載品製造では、エレクトロニクス材料の世界では良くても、医療の世界では哲学に欠けているというしかない。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top