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未来の会

見通し立たない少子化対策3・6兆円の歳出改革

見通し立たない少子化対策3・6兆円の歳出改革

「実質負担ゼロ」数字のまやかしに募る不信感

年間3・6兆円を投じる政府の少子化対策「こども未来戦略」が閣議決定された。財源に関しては医療保険料に上乗せする形で徴収する「こども・子育て支援金」(仮称)等で賄う意向なのに、岸田文雄・首相は「実質的な負担は生じない」との詭弁を吐き続けている。

 政治資金パーティーで集めたカネを政治家が裏金化していた問題で政権基盤が揺らぐ中、もう1つの財源捻出の柱、「社会保障の歳出削減」も実現可能性が危ぶまれている。結局は国債発行で穴埋めし、「異次元の少子化対策」で生まれて来る子供達にツケを負わせる皮肉な事態に陥り兼ねない。

 「社会保障を持続可能なものとする為、全ての世代が負担能力に応じて公平に支え合う仕組みを構築する」

 2023年12月22日、官邸であった政府の「こども政策推進会議」と「全世代型社会保障構築本部」の合同会議で岸田首相はこう語った。

 22年の出生数は77万人余りと統計開始の1899年以降、初めて80万人を割り込んだ。このままでは支え手の現役世代が減り続け、社会保障制度はおろか国を維持する事さえ難しくなる。この為、こども未来戦略では▽児童手当の所得制限撤廃と高校生迄の拡充▽3人以上の子を抱える世帯の大学授業料無償化▽保育士の処遇改善▽ひとり親世帯への児童扶養手当拡充——等を打ち出した。

 児童手当の給付額は、第1、2子の0〜2歳を1万5000円、3歳〜高校生を1万円とし、第3子以降は子供の歳によらず高校生まで一律3万円とする。児童扶養手当も第3子以降の支給額を第2子と同じ金額(月額最大1万420円)とする。これらを実行する為の国と地方分を合わせた所要額は2028年度に約3・6兆円に達する。

 政府はこの巨費を①社会保障の歳出改革(年1・1兆円)②子ども・子育て拠出金や雇用保険料など既存予算の活用(年1・5兆円)③こども・子育て支援金制度(年1兆円)——で賄う予定だ。児童手当の支給拡充は24年12月からという事も有り、24年度の所要額は約8000億円。不足分は「こども・子育て支援特例公債」という名のつなぎ国債で補う事にしている。

先送り続く介護負担の議論

 だが、①には早くも綻びが見え始めている。

 「今、こんな事が許される筈無いだろう」「タイミングが悪過ぎる」

 12月19日の自民党社会保障制度調査会。厚生労働省が介護保険の自己負担割合(原則1割)を2割に引き上げる対象として「年収240万円」等に迄広げる2案を示した所、会場内は猛反発する声が飛び交い、その場で一蹴された。

 政府は元々、2割負担の対象者拡大を22年末に決める予定だった。それが選挙を意識して「負担増」を嫌う与党の意向で23年夏へと延期され、更に23年末に先送りされていた。少子化対策財源の確保を迫られ、今度こそとばかり改革工程表に「24年度に実施」と明記して臨んだものの、これも諦め3度先送りとなった。

 23年末、財源確保に関しては防衛増税の開始時期を2年連続で先送りする事も決まった。「増税めがね」との批判を受け、負担増にピリピリする官邸の意向が反映されている。

 政治が負担増の議論と向き合おうとしないのは岸田政権の常と化しつつあるが、今回は自民党安倍派、二階派等の裏金疑惑も大きく影響している。同党の中堅議員は「国民から『裏金を貰っている』と疑惑の目を向けられているのに、負担が増えますなんて言える訳無い」とぼやく。

 28年度迄の歳出改革は、介護のケアプラン作成への自己負担導入や後期高齢者医療制度の自己負担を2割とする人の対象拡大など他の検討メニューこそ揃っている。それでも、単に並べただけで実現の可能性が見えないものも少なくない。内閣支持率が10〜20%台の岸田政権には何れも荷が重いのが現状だ。

 一方で、国民の不満を逸らすべく、支出には大判振る舞いが続く。

 24年度予算編成の焦点の1つだった診療、介護、障害福祉サービスのトリプル報酬改定。診療報酬の本体部分の改定については、「医療従事者の賃上げ」を理由に0・88%増とする事が決まった。自民党の有力支持団体である日本医師連盟の母体、日本医師会の意向を受け、首相が23年を上回る「4%の賃上げ」を強く主張した事が影響した。1%増を求めていた厚労省の中からも「想定の遥か上を行くアップだった」との声が漏れ、幹部の1人は「今の状況で自民党が日医を袖には出来ないのだ、という事を改めて認識した」と漏らす。

 0・88%の内、看護職員等の賃上げには0・61%を充て、23年度に2・5%のベースアップを実現させる。40歳未満の勤務医や事務職員等には報酬アップ分から0・28%分を回す。薬価を1%減らす事で診療報酬全体では0・12%のマイナス改定とするものの、本体を0・3%増に止めるよう働きかけていた財務省の意向は退けられた。介護報酬と障害者福祉サービスはそれぞれ1・59%、1・12%の純増で、やはり職員の賃金の2・5%ベースアップに結び付けるという。

  岸田首相はこども・子育て支援金制度について、「実質的な負担増は生じない」と再三繰り返して来た。それは社会保障の歳出改革で軽減出来た保険料負担に見合う分しか徴収しない為、という理屈だ。

 ただ、歳出改革は早くも介護等で一部先送りが決まった。厚労省は薬価の削減等によって23年度は1500億円、24年度は1700億円保険料を軽減出来、マイナス改定が続けば28年度迄に1兆円程度の削減が可能と言う。歳出改革で捻出する予定の1・1兆円に届き、国民の負担は増えない、と強調している。とは言え、本当に「負担ゼロ」となる見通しは立っていない。

賃上げに伴う負担増は無視でいいのか

通常の算出方法で考えると、診療報酬の本体等の引き上げに伴う保険料アップは避けられない。それが24年度予算案を巡る財務・厚労両相の大臣折衝を通じ、報酬改定での賃上げ措置等で増す社会保険の追加的な負担に関しては「負担額から控除する」事が決まった。保険料率が実際に上がっても、賃上げに回す分は負担増とは見做さない、という訳だ。政府は「負担ゼロ」が守られているかどうかを国民負担率で判断するとしている。働く人達の賃金が上がると、保険料率は変わらなくとも負担金額はアップする。にも拘わらず、賃上げに伴う保険料アップ等は「負担」として計算に含めない。

 医療・介護従事者についても、「雇用者の賃上げの実現は政府が総力を挙げる異例の取り組み」として、賃上げの為の診療報酬増で上がる保険料は負担増ではない、との理屈建てをしている。

 しかし、一般企業に勤める人の中には賃上げの無い人も出て来るだろう。国民個々では確実に負担増となる人は生じる。

 こども未来戦略会議でも「個々人に生じるであろう追加負担の程度、影響が見通せない事が国民の不信感に繋がらないか」(小林健・日本商工会議所会頭)といった疑問の声が上がっていた。国民の目を眩ます様なこじ付けには、流石に官邸関係者も「この理屈で納得してくれる国民は殆ど居ないだろうね」と苦笑する。

 歳出改革等が予定通り進まなければ、また国債の追加発行に手を出すのでは——。負担増に踏み込めない自民党政権にはそうした見方がついて回る。ただ、金融緩和路線も最終盤を迎え、「金利の在る世界」に戻りつつある。借り換えた国債の利払い費のアップは財政、そして今後の政権をじわじわ圧迫して行く。

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