
最大の争点は物価高、選挙前に膨らむ経済対策
11月3日に行われる米国の中間選挙が、世界経済の大きな分岐点になりそうだ。2期目のトランプ政権に対する事実上の審判となるだけでなく、その結果は今後2年間の米国の財政、通商、エネルギー政策を左右する。米国の政策転換は、関税や金利、原油価格、ドル相場を通じて世界へ波及し、日本の物価や企業経営にも影響を及ぼす。
米国の中間選挙では、任期2年の下院議員全435議席と、上院議員の約3分の1が改選される。大統領が交代する選挙ではないが、与党である共和党が議会の多数派を失えば、予算や法案の成立は難しくなる。反対に共和党が上下両院を維持すれば、トランプ政権は減税、規制緩和、国内産業保護を一段と推し進める可能性が有る。尤も、日本にとって重要なのは共和、民主のどちらが勝つかだけではない。選挙を意識した経済政策が米国のインフレをどう動かし、その後の通商・金融政策が世界経済にどの様な負担をもたらすかである。
今回の中間選挙で最大の争点となるのは、外交や安全保障よりも、米国民の暮らしに直結する物価高だ。食料品、ガソリン、住宅費、電気料金等の上昇は家計を圧迫しており、トランプ政権にとってインフレへの対応は選挙の勝敗を左右する問題となる。
トランプ政権は国内産業と雇用を守るとして、幅広い輸入品への関税を政策の柱としてきた。しかし、関税を負担するのは輸出国だけではない。輸入企業が支払う関税は、部品や原材料、最終製品の価格に転嫁され、米国内の物価を押し上げる。米連邦準備制度理事会(FRB)の分析でも、関税が米国の消費者物価を累積的に押し上げてきた事が示されている。
更に、中東情勢の緊迫化による原油価格の上昇が、ガソリンや輸送費、電気料金を押し上げている。FRBは6月の声明で、エネルギーを含む供給面の衝撃により、インフレ率が目標の2%を上回っているとの認識を示した。
政権は選挙を前に、減税や家計支援、エネルギー増産、規制緩和等を打ち出すと考えられる。こうした政策は短期的には個人消費や企業活動を支えるものの、財政支出の拡大が需要を刺激すれば、物価を再び押し上げる恐れも有る。
不法移民対策も経済と無縁ではない。移民流入の抑制は、農業、建設、物流、外食等の人手不足を深刻化させ、賃金やサービス価格の上昇を招く可能性が有る。物価を抑えたい一方で、関税や移民規制等の看板政策がインフレ圧力となる。この矛盾を抱えたまま、トランプ政権は中間選挙を迎える。
共和党勝利かねじれ議会か、変わる財政・通商政策
米国の中間選挙では、大統領の与党が議席を減らす傾向が強い。1994年のクリントン政権、2010年のオバマ政権では民主党が大敗し、18年の第1次トランプ政権でも共和党は下院の多数派を失った。今回、共和党が上下両院の多数派を維持した場合、トランプ政権は減税の維持・拡大、規制緩和、化石燃料の増産、国防・国境対策への支出等を進め易くなる。企業収益や株式市場には追い風となり得るが、財政赤字が更に拡大すれば、米国債の金利上昇を招く。
財政支出の拡大と関税によってインフレが長引けば、FRBは利下げを進め難くなる。米金利の高止まりはドルを支え、円を含む他国通貨には下落圧力を掛ける。共和党勝利は必ずしも世界経済の安定を意味せず、米国の景気を支える代償として、金利高とドル高が長期化する可能性が有る。
一方、民主党が下院の多数派を奪還すれば、大統領と議会の多数党が異なる「ねじれ議会」となる。減税や歳出削減、予算を巡る対立が激しくなり、政府機関の一部閉鎖や政策停滞のリスクも高まる。
只、議会で国内政策を進め難くなったトランプ大統領が、政策を穏健化するとは限らない。寧ろ、議会の承認を得ずに動かし易い関税、輸出規制、経済制裁、外交交渉に政策の軸足を移す可能性が有る。
つまり、共和党が勝てば減税と財政支出が、民主党が下院を奪えば関税や対外要求が強まり易い。選挙結果は異なっても、米国第一主義に基づく経済政策が後退する可能性は低い。
関税・金利・原油が世界経済に与える影響
米中間選挙後の世界経済を左右する要素として、以下の3つが挙げられる。
第1は関税だ。米国が中国製品や自動車、鉄鋼、半導体等への関税を引き上げれば、対象国は対抗措置を取り、貿易摩擦が再び激化する。企業は生産拠点や部品調達先の見直しを迫られ、供給網の再編に新たな費用が掛かる。国際通貨基金(IMF)は、米国の実効関税率が従来より高い水準に定着すると見ている。関税の引き上げは米国の輸入を減らす一方、貿易相手国の成長を押し下げ、世界の投資や貿易を停滞させる要因となる。
第2は金利である。関税や原油高によって米国のインフレが続けば、FRBは金融緩和を急ぐ事が出来ない。米金利が高止まりすれば、世界の資金は利回りの高いドル資産へ向かい、新興国や日本から資金が流出し易くなる。ドル建て債務を抱える国や企業にとっては、返済負担も重くなる。
第3は原油だ。中東情勢が膠着し供給不安が続けば、原油価格は更に上昇する。原油高はガソリンだけでなく、電力、物流、化学製品、肥料、食料品等、幅広い価格に波及する。消費者の実質的な購買力を奪いながら企業の生産費も押し上げる為、景気が減速しても物価が下がらない状態に陥り兼ねない。
関税、米金利、原油価格が同時に上昇すれば、世界経済は成長鈍化とインフレが並行する難しい局面を迎える。中間選挙は米国の国内政治でありながら、その結果は各国の中央銀行や企業、家計の選択迄左右する事になる。
円安と対日要求、日本経済に迫る三重苦
日本経済が直面する第1の問題は円安である。米国のインフレが収まらず、FRBが高金利を維持すれば、日米の金利差を背景とした円売り圧力が続く。日銀が利上げを進めれば金利差は縮小するが、国内景気への悪影響を考えれば、急速な利上げは難しい。
円安は輸出企業の円換算利益を押し上げる半面、原油、天然ガス、食料品、医薬品原料、電子部品等の輸入価格を上昇させる。家計にとっては、賃金が増えても物価上昇によって実質的な所得が伸びない状態が続き兼ねない。
第2の問題は原油高だ。日銀は4月の展望リポートで、中東情勢を受けた原油価格の上昇が交易条件を悪化させ、企業収益と家計の実質所得を押し下げる為、26年度の日本経済の成長が鈍化するとの見方を示した。消費者物価についても、26年度に2・5〜3・0%上昇すると見込んでいる。
第3の問題が、米国からの対日要求である。米国は貿易赤字の削減や国内産業の再建を掲げ、日本企業に米国内での投資、生産、雇用を拡大する様求めている。今後は自動車、鉄鋼、半導体、医薬品等への追加的な市場開放や対米投資に加え、米国産農産物、エネルギー、防衛装備品の購入拡大を求められる可能性が有る。日本企業が米国内生産を増やせば、関税を回避し米国市場を確保出来る一方、国内の設備投資や雇用が細る懸念も生じる。日本に迫るのは、円安による輸入物価の上昇、原油高による所得流出、対米投資・購入要求の増大という三重苦である。
中でも、中間選挙で共和党が苦戦すれば、トランプ政権が支持回復の為、日本を含む同盟国への要求を強める可能性が有るので注意が必要だ。
米中間選挙は共和党と民主党の勝敗を決めるだけの政治イベントではない。共和党が勝てば減税と財政拡張、民主党が下院を奪えば議会の停滞と通商政策の先鋭化が予想される。何れの結果となっても、関税、金利、原油、為替を通じて日本経済への圧力が強まる可能性は残る。
日本政府と企業に求められるのは、選挙結果を見守る事ではなく、米国の政策がどちらへ動いても対応出来る体制を整える事だ。調達先と輸出先の分散、国内投資の維持、エネルギー供給の安定化を進め、「米国第一」の政策変更に振り回されない経済構造を築けるかが問われている。


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