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未来の会

第21回「精神医療ダークサイド」最新事情

第21回「精神医療ダークサイド」最新事情

演じることで人生が変わる
11月3日、横浜で咲く文化の華

 この原稿を書いている2022年9月末、筆者が副校長を務めるOUTBACKアクターズスクールのスタッフやスクール生たちは、産みの苦しみの只中にある。11月3日に横浜で行う第2回演劇公演の台本作りと稽古に追われているのだ。同スクールは、本連載で既に取り上げた通り、統合失調症、うつ病、不安症、発達障害などの精神疾患がある人を対象としている。年初から10カ月間、計70時間以上の練習を重ねて行う公演は、自己満足に終始せず、観客に入場料以上の満足を提供できる水準を目指している。

 昨年11月の第1回公演は、強制入院の経験もある20代の男性トモキチが主役を務め、超満員札止めの大盛況となった。今年は20代から70代までの約20人が本番に臨む。「鋭敏な感性」という諸刃の剣を心に宿し、時に生きづらさに直面しながらも乗り越えてきたスクール生たちの存在感は抜群だ。劇は彼らの人生経験をベースに、文学作品等の要素を盛り込んで構成する。彼らの才能でもある特性が、作品の完成度を高める。一方、ある種の特性は公演の不安材料にもなる。

 今回1時間近いオリジナル作品の主役を演じる女性えっちゃんは、個性とユーモアにあふれる表現力の持ち主だが、こだわりが人一倍強い。展開やセリフに納得できないと、途端にパフォーマンスが低下する。公演を無難に乗り切るのであれば、呑み込みが早く、スタッフの意図通りに動ける人を主役に据えるのが正解だろう。しかし昨年から講師を務める俳優の前原麻希さんは、逃げを打たない。映画『菊とギロチン』で演じた女力士のように、真正面からぶつかっていく。本番まで残り1カ月の今も、えっちゃんにがっぷり四つで食らいついている。「彼女の思いをもっと引き出したい。私たちが考えた言葉ではなく、彼女の言葉で台本を埋めたい。それができるかどうかで、成否が分かれると思っています」

 昨年、寡黙なトモキチの表現力を見事に引き出した前原さんのことだから、今回もやってくれるだろう。スクールの講師陣は医療や福祉の専門家ではないのに、実に優れた仕事をしている。前原さんは障害者支援という上から目線ではなく、共に演劇を作る仲間としてスクール生と向き合う。フラットな関係がスクールの原動力となり、劇に魂が吹き込まれていく。

 今回の公演では、横浜や松本での筆者の講演会で、選抜スクール生が試験的に披露して大爆笑を得た寸劇『おかしな診察室』を前座として上演する。精神科の超短時間診察を皮肉った『ドリフ外来』や、精神科医の妙な言動を笑い飛ばす痛快3本立てだ。この寸劇の最初に精神科医として登場するのは、今年2月号の本連載で紹介した大川真一さん(仮名)。彼は児童精神科で薬漬けにされたことをきっかけに、30年超の引きこもりに陥った。今年初めに信頼できる精神科医と出会い、社会に飛び出した彼は、以前の主治医の姿をコミカルに演じる。

 「演劇は私の希望の糸」と語るのはケイコさん。今夏、40年連れ添った夫をがんで亡くし、うつ病の悪化が心配されたが、「演劇で頭と体を動かし、素敵な友人も得たことで乗り越えられた」という。

人は希望を持ち、前進を始めると強くなる。逞しさを増すスクール生たちの姿が、それを証明している。11月3日、横浜で新たな文化の華が咲く。

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