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薬機法改正案5月成立、緊急時迅速に新薬実用化へ

薬機法改正案5月成立、緊急時迅速に新薬実用化へ

コロナパンデミック時の反省踏まえ「緊急承認制度」柱に

新型コロナウイルス感染症のパンデミック時に、ワクチンや治療薬を迅速に承認出来なかった反省を踏まえ、新たに「緊急承認制度」の創設を柱とする医薬品医療機器等法(薬機法)の改正案が5月13日に成立した。将来的に新たな感染症が大流行した際、新薬を迅速に実用化するのが改正の狙いだが、アメリカの緊急使用許可(EUA)とは全く異なる制度になった。医薬品の信頼性を担保しつつ、承認をどこまで迅速に行えるかは不透明なままだ。

 緊急承認制度では、安全性については従来通りの水準で確認するが、有効性については治験の途中段階でのデータから「推定」出来れば承認を可能とする。「推定」の考え方は、再生医療製品の承認制度にも取り入れられており、これ迄は原則として大規模治験で有効性を確認してから承認して来たが、この制度では治験完了前に早期実用化が可能になると見込まれる。

 更に、緊急時にのみ適用され、国民の生命や健康に重大な影響を与える恐れがある病気の蔓延を防ぐ為に必要な医薬品や医療機器が対象で、他に代替手段がない事が条件だ。今回の様なパンデミックの他、原発事故やテロ等も想定する。2年以内に有効性を確認出来なければ承認を取り消す。

 制度を見直すのは、パンデミック時に医薬品の承認審査が欧米と比べて時間を要した、との批判に応える為だ。アメリカではファイザー社製のワクチンは申請から約3週間後の2020年12月に許可が下りたが、国内では海外治験に日本人のデータが無かった事等から、厚労省が国内治験を追加で求めた結果、2カ月後の21年2月に承認がずれ込んだ。この為、新型コロナの接種開始が欧米に比べて遅く、当時の菅義偉政権は世論から批判された。

薬機法改正の機運が持ち上がった理由とは

 こうした教訓を踏まえ、新たな承認制度の創設を求める声が与党内を中心に広まり、新たなワクチンや経口薬が開発される度に強まって行った。与党内からは「国内の治験をしている間に感染が拡大してしまった。人災なのではないか」と指摘する声すら上がった程だ。

 薬機法は本来、5年に1度改正されており、前回の改正は2019年の事だ。本来なら今年は改正するタイミングでは無かったが、改正の機運が持ち上がったのはこうした与党内の空気に加え、国内世論の批判にさらされた当時の菅首相が医薬品の早期承認制度の創設に拘ったからだ。

 菅前首相は昨年9月9日に開いた退陣前の記者会見でコロナ対応を振り返り、「これ迄の一連の対応を通じ、感染症対策に関する様々な問題が浮き彫りになった。病床や医療関係者の確保に時間が掛かる。治療薬やワクチンの治験や承認が遅く、海外よりも遅れてしまう。緊急時でも、厚労省を始め、省庁間の縦割りや、国と自治体の壁が在って柔軟な対応が難しい。こうした課題を整理する」と述べている。

 更にNHKのインタビューには「ファイザー、モデルナは国際治験をやっています。確か数万人の治験をやっている。しかし、日本の規制当局は、それだけでは認可、承認をしない。日本人に対しての治験が必要だと。国会でも、国内治験をやれという付帯決議を付けられました。そうすると、半年は遅れる。今回は3カ月位まで縮めましたが、そこは非常に残念でした。世界の国々の様に、日本も緊急事態には緊急承認という制度を作った方が良いと思います」と悔しさを口にしている。

 厚生労働省幹部が噛み砕いて解説する。「菅前首相はアメリカのEUAの様な承認制度がなぜ日本で出来ないのか、と薬系技官を中心に詰めた。同じ問題意識は安倍晋三・元首相も持っていた」。特に感染が激しく、東京五輪が開催されていた昨年夏の第5波の最中には、厚労省の鎌田光明・医薬・生活衛生局長や、薬系技官の山本史・大臣官房審議官(医薬担当)、吉田易範・医薬品審査管理課長らはひっきりなしに首相官邸に出入りしていた。当時の政権幹部の1人も「医薬品をいち早く承認する仕組みが必要だという議論をしていた」と証言する。別の幹部はEUAを念頭に「欧米の様に直ぐに承認出来るような制度を作れと薬系技官に命じたが、過去の薬害等を理由になかなか動かなかった」とも明かす。

日本でEUA導入は難しく……背景に薬害の歴史

こうした首相官邸の意向を背景とした報道も乱造された。読売新聞は21年7月7日付の夕刊で「ワクチン 緊急許可制創設を検討 接種遅れ教訓に、欧米並み迅速審査」との見出しで独自記事と称して配信した。この記事では「政府は、新たな感染症のパンデミックへの備えとして、未承認のワクチンなどの医薬品の使用を緊急時に認める制度の創設に向けて検討に入った」としている。この記事を読んだ厚労省幹部は「全くの大誤報であり得ない記事」と噴飯ものだった。というのも、日本においてEUAの様な制度の導入は難しいからだ。EUAは使用許可であって承認制度ではない。「効果が有るかも知れない」「起こり得るベネフィットがリスクを上回る」という運用基準で、判断時点で利用可能なデータを基に許可するというものだ。副作用等が生じた時に免責の対象ともなる為、「薬害の歴史を繰り返した日本では承認のない医薬品を使用するという文化が無く、EUAの導入はそもそも難しかった。EUAを参考にしているのは間違い無いが、今回の承認制度とは似ても似つかない制度」(専門誌記者)になっている。

 最終的に、冒頭で説明した様に再生医療製品の承認にも取り入れられている制度を参考にして改正案を省内で取りまとめ、薬事・食品衛生審議会での議論もそこそこに早期にまとめた。傍聴したあるメディアの記者は「審議会では込み入った議論は余り無く、予定調和で進んでいた」と話す。EUAの様な早期承認制度の創設に拘った菅政権が退陣した後とあって、政府・与党内の根回しもそれ程に難航しなかったと見られる。裏を返せば、衆院選が控えていた事も有り、岸田文雄首相は菅首相程の拘りは無かったと読み取れる。

 通常国会では首相が出席する重要広範議案になったが、与野党間で大きな波乱も無く成立した。国会審議の答弁等では、通常、第1相では安全性、第2相は安全性と有効性、第3相は有効性を中心に検証するが、今回導入される「緊急承認制度」では治療薬について第2相迄のデータでも実用化を認める可能性が有る。ただ、「推定」の具体的な線引きははっきりせず、第2相で「一定の有効性」が示された場合、ワクチンについては大規模な第3相は必要だが、中間解析結果での承認の可能性に言及している。

「緊急承認制度」塩野義開発治療薬に適用か

 今後の焦点は、塩野義製薬が開発中の軽症者向けの治療薬に適用されるかどうかだ。政府内では一時、現行の「条件付き早期承認制度」の適用も視野に入れていたが、そもそも希少疾患等を対象とした制度で、コロナの治療薬が条件をクリアするかどうか「難しい問題があった」(大手紙記者)。更に、厚労省関係者が「効きが悪いのではないかという話しも有る。つまり、有効性がきちんと確認出来ていない」と指摘する様に、課題も有った。

 塩野義製薬の手代木功社長は「法改正で使える可能性が出て来ているのは大きな前進だ」と期待を寄せる。塩野義製薬の最終治験の結果は夏頃に出揃う方向で、承認の為の審査が実施される可能性も有る。改正法で新設された「緊急承認制度」の出番は意外と早くに訪れるかも知れない。

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