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ゴーン逮捕が象徴する「人切り経営」の末路

ゴーン逮捕が象徴する「人切り経営」の末路
社員・下請けの犠牲の上に築いた高額役員報酬と社内留保

 これまでメディアからさんざん「V字回復を果たした名経営者」風に讃えられてきた、日産自動車会長(当時)のカルロス・ゴーンが2018年11月19日、東京地検特捜部に逮捕された。その瞬間からメディアによって手のひらを返すように「ゴーン容疑者」と呼ばれ出し、守銭奴の犯罪人扱いされる事態となっている。

 ゴーンは小泉純一郎内閣時代の02年10月に、「企業改革に手腕を発揮した経営者」として内閣総理大臣表彰すら受けている。しかも、首相の安倍晋三(当時は内閣官房長官)と『産経新聞』06年1月1日号で対談し、「ゴーンさんが(ルノーから日産に)来て、その結果、会社は活性化し、存続し、雇用も守られた。……ゴーンさんの出現によりわれわれの認識は変わったように感じます」などと褒めまくられた。

 おそらく今回の逮捕直前まで、こうした評価は揺らいでいなかったように思えるが、真に論議されるべき最大の問題は、報じられている有価証券報告書に虚偽の記載をしたという、金融商品取引法違反の容疑だけに留まらないはずだ。

 そもそも、有価証券報告書に合計約99億9800万円の報酬を49億8700万円と虚偽記載したというが、有価証券報告書は社内の経理部門が作成に関与し、取締役会や監査法人のチェックも入るはずだ。ゴーンや共謀相手とされるグレッグ・ケリー前代表取締役だけで虚偽記載が可能になるはずはなく、もしそれを見抜けなかったとしたら社長の廣人以下、経営陣は総辞職ものだ。

 にもかかわらず、西川が「『残念』をはるかに超えた強い憤り」などと記者会見で発言し、「社内の正義派」然と振る舞いながらイエスマンとして仕えたゴーンを糾弾する様は、奇怪ではないのか。第一、西川は検察にゴーンの不正に関する内部調査の結果を事前に提供したとされるが、ならば取締役会の場でゴーンとケリーにその結果について釈明させるのが、会社組織として常識以前の措置だろう。

 加えて『朝日新聞』11月24日付朝刊によると、「毎年約10億円、5年度分で約50億円が積み立てられて」いたのは「将来に受け取ると約束した50億円」であり、支払われてはいないという。である以上、有価証券報告書に記載義務があるか疑わしくなり、犯罪ではない可能性すら残されている。そのため、今回の逮捕劇はフランス政府の意向を受けてルノーと日産の経営統合を狙うゴーンに対し、「乗っ取り」を恐れた西川ら日本人経営陣が「反撃」したという説が、まことしやかに流されている。

これまでの日産の経営が問われている

 だが、ゴーンのやったことが虚偽記載だろうがそうでなかろうが、本質的な問題ではないだろう。ゴーンに象徴されるこれまでの日産の経営の在り方が、果たして社会的に妥当なものなのかということだ。

 言うまでもなくゴーンの評価を高めたのは、倒産寸前だった日産を再建したことにある。だが、1999年10月に再建計画の「日産リバイバル・プラン」をゴーンが発表後、日本企業としては過去最大規模の2万1000人もの人員削減と工場閉鎖が強行された。2000年度の日産の連結営業利益は2903億円だったが、02年には7370億円となっており、約4500億円も上積みしている。その大半がコスト削減で実現し、突然日産の車が売れ出したわけではない。09年にもリーマン・ショックを口実に2万人規模の人員削減と下請けの切り捨てが強行されたが、こうした手法が妥当なのか。

 人間は、「モノ」ではない。それぞれ家族と共に、ささやかでも幸せを求めて生きている生身の存在だ。だが、彼らが何万人も明日への希望を断たれながら、会社は今や4兆円近い内部留保を貯め込み、ゴーンも判明しているだけでも09年度は年間報酬が9億円近く、16年度には10億9800万円に達している。

 言うまでもなくゴーンはルノーの最高経営責任者でもあるが、同社の16年度の株主総会で前年度の報酬額約725万ユーロ(9億4000万円)があまりに高額過ぎるとして、報酬の決定方法の議案が否決されたほどだ。ゴーン自身は、「優秀な人材を繋ぎ止めるためだ」とうそぶき、自分の報酬額を正当化している。

 13年度の有価証券報告書によれば、役員報酬が高い日本企業の上位20社中11社で役員報酬が社員の平均賃金額の50倍を超えていたが、ゴーンは129・7倍で、最高の倍率だった。ちなみに、売上高で日産の2倍以上もあるトヨタの社長の報酬額は、ゴーンの5分の1とか。

 それでも、国民のゴーンに対する視線が厳しさを増した兆候はなかった。しかし、これまで職場を追われた社員や、切り捨てられ、あるいは雀の涙程度の利益しか出ないまでに単価切り下げを強要された下請けが、こうしたゴーンと会社の羽振りの良さを知ったらどのように思うかぐらいの想像力を、国民は持ち合わせてはいなかったのか。国民の圧倒的大多数が路頭に迷わされた元日産の従業員と大差ない生活を送り、経営者ではないにもかかわらずだ。

数字出した経営者だけが好評価の風潮

 「役員報酬は、雇い止めをされた多くの労働者が犠牲になったお金だと思う。違法な行為があったというのは残念な思いだ」——。

 18年月26日、日産で非正規雇用で働きながら09年に雇い止めにあった55歳の男性は、都内での記者会見でこう語った。ゴーンは「日産リバイバル・プラン」以降、常用雇用部門の従業員を企業の命である技術部門すらも含めて生涯賃金が半減する派遣などへ非正規化する方針を推し進めた。会社にとっては解雇が容易で景気の調整弁にもなるが、09年にはこうした非正規が実に8000人も大量雇い止めにあったのだ。その際、一人ひとりがどれほどの精神的苦痛と将来への不安にさいなまれたかは、想像に難くない。だが、ゴーンがせめてトヨタ社長の豊田章男並みの報酬額で満足してくれたら、これほど多くの従業員が悲嘆にくれることはなかった計算になる。

 ただ、業績の数字だけを至上価値とし、本来企業を支えるはずの従業員の「人間としての息づかい」が忘れられて、数字を出した経営者だけが評価されるような傾向は、根が深い。米国では1970年代まで経営者と従業員の賃金格差は30倍ほどだったが、80年代に新自由主義が猖獗を極めるようになって以降、今や200〜300倍が当たり前になり、同時に産業基盤の空洞化が進行した。

 日本でも正規労働者の減少が進み、企業の内部留保・役員報酬の増大と反比例した実質賃金の低下が顕著になったのは「小泉改革」以降だが、当時、前述のようにゴーンが内閣総理大臣表彰を受けていたのは偶然ではない。だが、ゴーンの逮捕劇で問われているのは、日産に限らないこうした人間不在の経営ではないのか。ここで企業と社会の在り方を再点検しないと、日本の国力衰退は歯止めがかからないように思える。
(敬称略)

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