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未来の会

第16回 【番外編】ヒポクラテスの生誕地を訪ねて

第16回 【番外編】ヒポクラテスの生誕地を訪ねて
多摩大学大学院教 真野俊

ヒポクラテス
 ヒポクラテス(紀元前460〜370年頃)の名前を知らない医者はいない。1980年に『ヒポクラテスたち』という映画が公開されたのをご存知であろうか。京都府立医科大学医学部を卒業し、医師免許も持つ大森一樹監督が自らの体験を基に、大学病院での臨床実習を通して、医術を身に付けていく若者たちの青春群像を描いたものである。

 ここで出てくるヒポクラテスとは、古代ギリシャの医学の大成者である。そのヒポクラテスが医療に携わるにあたって誓ったという文言が伝わっている。ここには医(者)の倫理の原点が記載されているという。

 この文言は1508年、ドイツのヴィッテンベルグ大学医学部で初めて医学教育に採用された。その後、1804年にフランスのモンペリエ大学の卒業式で初めて宣誓され、以降、医師にとって重要なものとして長らく伝承されてきたという。

 ヒポクラテスの誓いとは、どんな文章であろうか。以下、原文は小川鼎三訳より抜粋。

 『医神アポロン、アスクレピオス、ヒギエイア、パナケイアおよびすべての男神と女神に誓う、私の能力と判断にしたがってこの誓いと約束を守ることを。(中略)

○私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。(中略)

○純粋と神聖をもってわが生涯を貫き、わが術を行う。(中略)

○いかなる患家を訪れるときもそれはただ病者を利益するためであり、あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける(以下略)。

○この誓いを守りつづける限り、私は、いつも医術の実施を楽しみつつ生きてすべての人から尊敬されるであろう。もしこの誓いを破るならばその反対の運命をたまわりたい。』

 全てを載せることはできなかったが、文章中には、「患者の利益優先」「危害や不正目的の治療排除」「致死薬不投与」「堕胎禁止」「情欲の禁止」「守秘義務」といった現在でも通じる内容が扱われている。

 現代に至ってもこの考え方は引き継がれ、医師の倫理の根源とされる。すなわち、専門家である医師は、こういった内容に基づいた自らの職業規範をもっているといえ、プロフェッショナリズムの魂を持っているのである。

 ギリシャのコス島に「ヒポクラテスの木」と呼ばれるプラタナスの大樹がある。ヒポクラテスが医学者や弟子にその木の下で医学を教えたと言い伝えられている。日本にも植樹されており、国家公務員共済組合の虎の門病院分院をはじめ100本ほど、同じDNAを持ったプラタナスの木があるという。なお、プラタナスの花言葉は「天才」「好奇心」である。

 プラタナスはスズカケノキ科スズカケノキ属に属する植物の総称のため、日本ではこの木を「すずかけの木」ということもある。街路樹・庭園樹として広く用いられている。余談だが(今回は連載そのものが余談なので)、筆者の好きなさだまさしの「主人公」という歌にも、「プラタナス並木の古い広場……」という表現がある。筆者は2016年5月1日にこの木のあるコス島を訪問した(写真①、②)。
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コス島
 コス島(Kos)はエーゲ海東部に浮かぶギリシャ領の島でトルコ沿岸部からたった3kmの距離にある。そのため学会などはギリシャ(アテネ)から飛行機で訪れる場合が多いようだが、今回はトルコの港湾都市ボドルムからフェリーで1時間弱の船旅を選んだ(写真③)。この島には美しいビーチが多数存在するため、海を愛する人々に評判のリゾート地である。また、東部と南部の長い海岸線沿いにさまざまなホテルが並んでいた。
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アスクレピオス
 この島のもう一つのキーワードは「アスクレピオス」である。アポロンとテッサリアの王プレギュアスの娘コロニスの間に生れた。優れた医術の技で死者すら蘇らせ、後に神の座に就いたとされることから、医神として現在も医学の象徴的存在となっている。アスクレピオスの子供たちはいずれも医術に関わっており、息子にはトロイア戦争で活躍したマカーオーンとポダレイリオス、娘には衛生を司るヒュギエイアや治癒を司るパナケイアがいる。ヒポクラテスは彼の子孫であるともいう。

 コス島を訪問した日がたまたま5月1日のメーデーだったこともあって訪問できなかったが、アスクレピオンはアスクレピオスの聖域であり、医師ヒポクラテスが創設した治療院、医学校があった場所と考えられている。なお、総合医療施設のことを「医療の神」と言われたアスクレピオスの名にちなんで「アスクレピオン」といい、トルコの古代都市ペルガモン遺跡のアスクレピオンが有名であるが、本物はこちらのようである。

 杖にヘビの巻き付いたモチーフは「アスクレピオスの杖」(蛇杖)と呼ばれ、医の象徴として世界的に用いられ、世界保健機関(WHO)の旗として有名である。Wikipediaによれば、これまた筆者が好きであった『スタートレック』において宇宙艦隊医療部の記章として使われているというが、少し検索してみたがはっきりしなかった。ちなみに、ヘビ 1匹が巻き付いている「アスクレピオスの杖」が医学で、へび2本は「ヘルメスの杖」(写真④)といって商業の繁栄を象徴している。
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医療ツーリズムはなし
 このような場所なので、医療ツーリズムを行えば、霊験あらたかと思うのは私だけであろうか。実際には、そういった動きはなさそうで病院も普通、薬局だけが多く目に付いた。観光に対してもメーデーということはあろうが、午後になったら店はほとんど閉められてしまい、さびしい思いをした。

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