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患者の呼吸器外しの医師は本当に悪いのか

患者の呼吸器外しの医師は本当に悪いのか

「売り言葉に買い言葉」ではなかったのか。

 大阪府立中河内救命救急センター(大阪府東大阪市)で2021年3月、入院中の新型コロナ感染症の患者の人工呼吸器を約2分間止めたとして、男性医師(50歳)が暴行の疑いで書類送検された。言う事を聞かない患者に対し怒りに任せての暴挙かと思いきや、医師は「売り言葉に買い言葉でやった訳ではない」と容疑を一部否認。一方の患者側は「許せる行為ではない」と憤る。

 事件はコロナ禍真っ最中だった21年3月29日、同センターの集中治療室(ICU)で起きた。

 「新型コロナでICUに入院していた当時60代の男性患者に対して、主治医らが気管切開して人工呼吸器を装着させる事を提案した。喉からの人工呼吸器装着は、長引くと細菌感染等の合併症が起きる可能性が高いと言われていた為です」(全国紙記者)。

 ところが、患者は「呼吸状態は良くなっている」として、この提案を拒否。そこで、主治医ではなくセンターの部長(当時)だった男性医師が患者の説得に当たったのだという。

 「人工呼吸器を着けていて喋れない状態ですから、患者からのやり取りは筆談で行われた。気管切開による人工呼吸器装着を勧める医師に、患者は『このところメチャ調子良い!』『何故切かい必要!!』と筆談で訴えたが、男性医師は『それなら今、呼吸器を止めてみましょうか。どれだけ苦しいか分かります』等と尚も患者に気管切開を勧めた様です」(同)。これに対して、患者は「止めてみろ」と筆談で答えた。これを受け、男性医師は患者の人工呼吸器を約2分間、停止。患者の呼吸状態は悪化し、血中の酸素濃度が低下する等して鎮痛剤による入眠や人工呼吸器の再設定が必要になったという。「患者は結局、切開手術を受けましたが、無事に回復して5月に退院。この行為に対して、病院は8月に外部委員を含めた6人から構成される臨床倫理特別委員会を設置しました」(同)。

 委員会は同年12月に報告書を取りまとめ、その中で医師の行為を「患者に故意に苦痛を与える行為であり、違法行為に該当し得る」と結論付けた。これを受け、センターは男性医師を戒告処分に。男性医師は病院を相手取り、処分撤回を求める裁判を起こしている。

医師「苦しみ分かる」患者「止めてみろ」

 報告書は、医師の行為を「短時間であり、医師が傍について観察していたとしても、患者の生命・身体という重要な法益に危険を及ぼす恐れを否定できない」と断罪。患者は説得の間も足をばたつかせるなど興奮状態にあったとして、医師の説得は「売り言葉に買い言葉のような口頭・筆談でのやり取り」だったとしている。しかし、男性医師側は報告書の記述や患者の訴えに反論。問題が明らかになった今年6月29日に会見を開き、「(呼吸器を)止めた後も、モニターを見ながら『もう着けましょう』と説得を続けた。安全面は確保した上で、あの状況ではある程度は止むを得なかった」等と説明した。

 一連の医師の行為に対して、全国紙記者は「患者の人工呼吸器を外したという事実関係だけ聞くと驚きますが、外していた時間も側に医師が居て、呼吸器の助けが無ければ未だ辛い状況にあるという事を教えたかったというのですから、医師が一方的に悪いとも言えない気がします」と同情的だ。

 報告書は「緊急的に気管切開を行わなければならない必要性に乏しい」とした上で、時間を置いて患者が落ち着いた後に再度説得をする、他の医師も交えて説得に当たる等の対応が取れたとしている。だが、都内の病院勤務医はこうした委員の意見を「理想論に過ぎない」とバッサリ。「現場は次々と来るコロナ患者への対応を迫られており、1人の患者にそこ迄時間を割く余裕なんて無い」と言い切る。患者がICUに入っていた事からも、「かなりの重症だったと考えられ、合併症で入院が長引くのを避ける為にも、気管切開による呼吸器管理は致し方なかったと思う」と話す。

院内での連携不足も一因に

別の都内の内科医は「当時部長だったこの男性医師は、主治医から頼まれて患者の説得に当たっていたのか。それとも気管切開による呼吸器装着は男性医師の判断だったのか、そこが気になるところだ」と疑問を呈する。因みに、この患者の主治医は元部長の男性医師と同じ21年12月、センターから訓戒の処分を受けている。

 「処分の理由は、呼吸器の装着を巡る当時の経緯について記した患者の看護記録から、一部を削除する様看護師に指示していた為です。看護記録には、『本人と相談し呼吸器一旦中断するも頻呼吸呈したため呼吸器開始』等の記述が有りましたが、これを削除する様指示していたのです」(全国紙記者)。センターの調査に、主治医は自分の判断で削除を指示したと説明。何故指示したかは不明だが、指示を受けた看護師がセンターに報告した事から発覚したという。主治医と部長、看護師らの関係性は不明だが、どうやら上手く連携が取れていたとは言い難い。報告書も、一連の事について「周りにいたスタッフが誰も止めなかったことは、チーム医療の観点から大変残念」と指摘している。

 それにしても、21年の出来事が何故今になって蒸し返されたのか。そこにも、センター側の〝不協和音〟が覗くと全国紙記者は指摘する。

 この記者によると、報告書は21年12月にまとまり、医師の処分も直ぐ行われていたが、センターは患者側にそれを伝えていなかった。ところが22年12月、患者の自宅に匿名の封書が突然、届いた。中には委員会の報告書等の文書が入っていたという。

 それから半年。今年6月下旬、メディアが報じた事で、一連の経緯が明るみに出た。「患者は文書を見てセンターに説明を求め、これを受けてセンターは経緯を説明し謝罪した。とはいえ、患者は納得いかなかった様で、今年6月、大阪府警に被害届を出しています」(全国紙記者)。

 被害届を受け、府警捜査1課は9月、暴行の疑いで医師を書類送検。但し、起訴を求める「厳重処分」ではなく、検察に起訴するかどうか判断を委ねる「相当処分」の意見を付けている。

 「治療方針や受けた医療内容を巡り、患者側と医療者側が裁判で争う事は珍しくないが、今回は患者と医師の双方がそれぞれ取材に応じたり会見を開いたりしているのが特徴的だ」と評するのは、都内の救急医だ。この救急医は「患者側の『止めてみろ』の文字のインパクトも有り、一般の人からは医師に同情的な声が多いが、医療者の間では呼吸器をいきなり外したのはやり過ぎだとの声も大きい」と今回の医師の行動に否定的だ。又、「緊急を要する為患者の同意が得られないまま治療をしないといけない場面も有るが、今回は筆談であっても患者とのやり取りが出来ている状態だった」事を重視する。「口から喉を通して長期間、人工呼吸器を使っていると、細菌感染のリスクが増えるのは事実。新型コロナの重症患者という事で、合併症が起きたら救命が難しいという医師の説明も正しい。ただ、患者にわざと苦痛を与えるやり方は、医師として許されるものではない」(同救急医)。

 評価は分かれるが、元部長の医師はメディアの取材に対し、患者は一時、気管切開による人工呼吸器の導入に納得していたが一日経って、呼吸状態が良くなって来たとしてこれを拒否したとも説明している。患者は「当時の記憶は曖昧だ」と話しているが、改めて説明すれば同意が取れた可能性も有り、医師のやり方は乱暴だった様にも見える。又、解雇等の重い処分ではないのに、撤回を求める裁判を起こすのも異例だ。

 医師の行動は売り言葉に買い言葉だったのか。結論は未だ出ていない。

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