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岸田首相「防衛増税」は脱アベノミクスの布石か

岸田首相「防衛増税」は脱アベノミクスの布石か
内閣支持率が下がろうとも「黄金の2年間」フル活用

「一内閣一仕事」という言葉を聞いた事が有るだろうか。とかく既得権益が優先されがちな政治において、1つの内閣が大きな改革を成せたとしてもせいぜい1つ。それが出来たかどうかで内閣の評価が決まる。古くは中曽根康弘内閣の国鉄分割民営化や竹下登内閣の消費税導入、平成では橋本龍太郎内閣の中央省庁再編や小泉純一郎内閣の郵政民営化等が思い浮かぶ。歴代最長政権を誇った安倍晋三内閣も、多くの政策課題に手を付けたものの、明確な成果と言えば集団的自衛権の行使を可能とした安全保障関連法の制定による日米同盟の強化という一仕事だ。

「サミット解散」も「花道退陣」も無し

 岸田文雄・首相は昨年末、年間の防衛費を2023年度から5年掛けて国内総生産(GDP)比2%程度に倍増させる方針を決定した。敵国のミサイル基地等を攻撃する「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の保有に踏み切った事を含め、戦後日本の安全保障政策を転換させる大仕事である。ただ、そこ迄は安倍元首相の敷いた路線だ。

 昨年7月の参院選に勝利して以降、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題等で岸田政権は失速し、報道各社の世論調査では内閣支持率が2割台から3割台に低迷。今年5月に岸田首相の地元・広島で開く主要7カ国首脳会議(G7サミット)迄に支持率が回復しなければ、自民党内で「岸田降ろし」が始まり、広島サミットを花道に退陣する事態に追い込まれるのではないか。そんなシナリオがまことしやかに囁かれる中、岸田首相の打った一手が「防衛増税」だった。

 安倍元首相は生前、防衛費を増額する財源として「防衛国債」の発行を主張していた。嘗て大規模な戦時国債の発行によって無謀な戦争の費用を調達し、軍事的にも財政的にも亡国に至った我が国の歴史に鑑みれば、正に禁じ手である。だが、大規模な金融緩和と財政出動によって日本経済の「成長」を演出して来たアベノミクスにとって、財政規律を重視する増税は自己否定に繋がる。主を失ったとは言え、自民党安倍派の幹部とされる萩生田光一・政調会長や西村康稔・経済産業相らが防衛増税に噛み付いたのは当然だった。

 萩生田氏は、岸田首相の意を汲んで党内をまとめるべき政調会長という要職に有る一方、安倍派の後継会長を狙う立場で積極的に増税に加担する訳にもいかず、党政調の会合で「個人的な意見だが、このまま(増税方針を)決めるなら(消費税の)軽減税率を止めるべきだ」と発言。安倍政権時の軽減税率導入を主導した公明党を反増税勢力に巻き込もうと画策したが不発に終わる。

 安倍派所属ではないが、21年9月の自民党総裁選で安倍元首相の支援を受け、安倍後継を自任する高市早苗・経済安全保障担当相も「賃上げマインドを冷やす(増税)発言を、このタイミングで発信された総理の真意が理解出来ません」とツイート。閣内にいながら公然と増税反対の声を高市氏が上げたのは、安倍直系の後継争いで萩生田氏を牽制する思惑もさる事ながら、岸田内閣の早期の失速を睨み、「ポスト岸田」候補として存在感を示そうとしたものと受け止められた。

 岸田首相は屈しなかった。23年度予算案では防衛費増の財源に国債を充てる形にした上で、24年度以降に増税していく方針を政府・与党として決定した。いつから増税を始めるかは23年末に改めて決める事にしたのがミソである。

 増税反対派は、それ迄に首相を引きずり下ろせば増税方針そのものをひっくり返せると考える。萩生田氏が昨年末のテレビ番組で「(増税を)決めるのであれば、国民に信を問う事はお約束しなければならない」と述べたのは、国民の反発が必至の増税を掲げて衆院解散・総選挙に踏み切るか、増税を諦めて退陣するかの選択を首相に迫ったに等しい。これに対し首相は一旦「(増税前の衆院解散は)有り得る」と応じて見せたが、年明けの年頭記者会見では「可能性の問題として有り得るという事を申し上げた」とトーンダウンした。

 そもそも首相が防衛増税を打ち出した時点で早期の衆院解散・総選挙は選択肢の上位から消えたと言える。昨年夏以降、首相周辺からは広島サミットに合わせて衆院解散に踏み切る「サミット解散」論が盛んに発信されて来た。サミット議長国として外交成果をアピールし、内閣支持率の回復を図った上で衆院解散に打って出るシナリオだが、岸田降ろしの動きを牽制する意味合いが強かった。本気で衆院選に勝ちたければ増税など以ての外。全国紙のベテラン記者は「総理は黄金の2年間をフルに使う事にしたのだろう」と指摘する。

 衆院選は21年10月に行われたばかりなので、衆院議員の任期は3年近く残っている。次期参院選は25年夏なので、衆院解散が無い限り大きな国政選挙を気にせず政策課題に取り組める「黄金の3年間」を岸田首相は手にしたと昨夏の参院選後はもてはやされた。24年9月に岸田首相の自民党総裁任期が切れる為、総裁選を考慮に入れれば実質的には「黄金の2年間」だ。岸田首相は今年、衆院解散を行わない事を心に決めたからこそ、内閣支持率の低下に繋がる増税方針を打ち出す事が出来たのだとベテラン記者は解説する。

岸田内閣の「一仕事」は安倍政権の尻拭い

裏を返せば、どんなに内閣支持率が下がっても本格的な岸田降ろしには発展しないという計算が働いている様だ。21年9月に菅義偉・前首相が退陣に追い込まれたのは、衆院議員の任期切れが迫り、菅政権のままで衆院選は戦えないというムードが自民党内を覆った為だ。そこに自民党総裁の任期切れが重なり、菅前首相は総裁選出馬を断念した。黄金の2年間を手にした岸田首相は、支持率の低迷を気にせず仕事に取り組もうと開き直ったのではないか。安倍派が本気で岸田降ろしを仕掛けて来たら、その時は衆院の「解散権」を振りかざせば良い。自民党候補の公認権を握っているのは岸田総裁だ。

 それにしても、安倍派を敵に回す防衛増税を、何故岸田首相は黄金の2年間を注ぎ込む政策課題に選んだのだろうか。その答えは、岸田首相が元旦に発表した年頭所感に有りそうだ。「戦後日本が直面し、積み残して来た多くの難しい問題、『先送り出来ない問題』に、正面から立ち向かい、1つ1つ答えを出して行く」。こう述べた上で岸田首相は「新しい資本主義」「防衛力の強化」「少子化対策」等に取り組む考えを示した。

 防衛増税は、経済・防衛・社会保障の改革にパッケージとして取り組む鍵になる。円の価値を下げる事で経済規模を大きく見せかけるアベノミクスが10年に及び、若い世代が将来を見通せなくなった結果が、少子化・人口減少に歯止めが掛からない現状である。今年4月には日銀総裁人事を行い、脱アベノミクスへと舵を切らなければならない。しかし、金融の引き締めに手を付ければ金利の上昇や株式市場の混乱を招き兼ねない。誰かがやらなければならないアベノミクスの尻拭いを引き受けようと言うのだ。安倍後継を争う面々が何を言おうと、それが本格的な岸田降ろしに繋がる事は無い。首相はそう腹を括ったのだろう。

 今年の自民党内政局の主導権を握る為に首相が選んだのは「攻撃こそ最大の防御」の戦術。その成否を決めるのは、アベノミクスのソフトランディング(軟着陸)が本当に可能なのか、である。先ずは4月の日銀総裁人事を注視したい。

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