SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

「医療・介護の切り込み」にシフトした安倍政権

「医療・介護の切り込み」にシフトした安倍政権

年度同時は大
 2017年度の政府予算案をめぐる厚生労働省の概算要求は、過去最大の31・1兆円、社会保障費の伸びは前年度比6400億円増に上る。しかし、財務省は6400億円増を5000億円程度に抑え込むべく厚労省と調整に入った。「1億総活躍プラン」で社会保障の充実を掲げる安倍晋三政権だが、参院選が終わった今、福祉の切り込みにシフトした。これを受けて厚労省は、医療、介護を中心にさまざまな抑制策を検討している。

 医療 2・6%増の115兆円

 介護 3・8%増の2・9兆円

 年金 1・4%増の114兆円

 8月26日、厚労省が自民党厚労部会に示した一般会計の概算要求資料には、他省庁を圧する金額が並んでいた。総額31・1兆円は、政府全体の要求額101兆円の3分の1近くを占める。中でも、自民党幹部は介護費に注目する。「金額自体は小さいけれど、伸びがすさまじい」と、深いため息をついた。

 世界最速級で高齢化が進むニッポン。ただ、年金は給付額の伸びを物価や賃金の伸びより抑える仕組みがあるため、比較的増加幅は小さい。財政当局が目の敵にするのは医療と介護だ。とりわけ利用者が高齢者に集中する介護は増加幅が大きい。一般会計に保険料分なども合わせた介護費全体は、制度発足時の00年度は3・6兆円だった。それがみるみる膨らみ、16年度は10兆円超になった。

要介護3以上にサービス重点化の動き
 与党が制した参院選から10日後の7月20日。厚労省は社会保障審議会の介護保険部会を招集し、介護保険の負担増の議論に着手した。各委員に配布された、「軽度者への支援のあり方」「福祉用具・住宅改修」という資料には、明記こそされていなかったものの、介護の必要度が低い人向けの掃除、調理支援といったサービスをカットすることが示唆されていた。会議では経団連常務理事の井上隆委員が「制度の持続可能性を高めるため、要介護3以上の人にサービスを重点化していくことを考えざるを得ない」と踏み込んだ。

 介護保険の場合、利用者は介護の必要度に応じて「要支援1〜2」と「要介護1〜5」の計7段階に分かれて認定される。最も軽度とされる要支援1〜2の人(約175万人)への生活援助サービスは、既に市町村事業に移すことが決まっており、昨年から順次移行している最中。次の国の抑制対象は、要支援に次いで介護の必要度が低いとされる要介護1(約122万人)と要介護2(約108万人)の人へのサービスだ。

 厚労省は8月31日、同部会に介護保険料を支払う年齢(現在40歳以上)を引き下げる議論を促し、これには反対が大勢を占めたものの、同省は他にも、▽自己負担の月額上限引き上げ▽大企業社員の保険料アップ▽介護ベッドなど福祉用具の利用制限▽自己負担割合(原則1割)2割の人の拡大——などを検討している。

 ただ、介護保険に関しては、所得基準の見直しにより、8月から一部施設入所者の食費や居住費の負担を増やしたばかり。利用者の負担増が相次げば、家族介護に逆戻りし、安倍政権が1億総活躍でうたう「介護離職ゼロ」に逆行しかねない。厚労省老健局も「今回はサービスカットは避け、自己負担の上限額アップと大企業社員の保険料負担増程度にとどめたい」(幹部)というのが本音とみられる。さらに、想定する抑制策は多くが法改正を必要とするだけに、来年の通常国会で成立しても、来年度予算に反映させるのは困難なのが実情だ。

 政府は2015年の骨太の方針で、16〜18年度の社会保障費の伸びを1・5兆円増に抑えることを打ち出している。1年につき5000億円増にとどめる計画だ。16年度は薬価削減などでひねり出した。17年度の自然増は6400億円程度。5000億円増に抑えるには、1400億円程度削る必要があるが、診療報酬や薬価など数千億円単位で予算をカットできる改定作業がなく、目標達成は容易ではない。それでも財務省は、17年度も予定通り削減する姿勢を崩していない。

 そこで関係者の視線は医療に集まっている。その中でも焦点は、患者の自己負担の月額上限を定め、上限超過分を保険でカバーしている高額療養費制度の見直しだ。上限額の引き上げに法改正は不要で、来年度予算にも間に合う。介護保険の負担上限額の見直しも同様だが、医療の場合、13年度の総額が約2・2兆円と巨額で、より抑制効果が見込まれる。

高齢者の医療費自己負担額アップへ
 具体的には、高齢者の月額上限(全体の医療費が100万円の場合、8000円〜8万7000円)の引き上げが検討されている。所得によっては、現役世代と同様の負担を求められるようになる見通しだ。7月14日の社会保障審議会医療保険部会では、経済界から早急な見直しを求める声が上がり、「70〜74歳の上限額アップをすべきだ」との意見が出された。

 また、17年度は薬価改定の年ではないにもかかわらず、売上予測が1260億円に上るがん免疫治療薬「オプジーボ」の薬価を特例で引き下げ、国の負担を減らすことも予定している。高額療養費制度の見直しとオプジーボの薬価引き下げにより、最大1000億円強の歳出抑制を見込んでいる。2013年度の医療費は約40兆円に上る。高齢化に加え、医療技術の進歩によって10年前と比べても1・3倍に伸びた。厚労省は来年度予算をにらんだものだけでなく、中期的な抑制策についても検討に着手している。

 同省が想定しているのは、①かかりつけ医以外にかかった人に対する新たな自己負担の導入②入院時の光熱水費の患者負担拡大③資産の多い患者の負担増④市販もされている処方薬の自己負担増——など。この他、財務省は75歳以上の後期高齢者医療制度の窓口負担(原則1割)について、2割にアップすることも求めている。

 政府だけでなく、自民党の小泉進次郎農林部会長ら若手議員による「2020年以降の経済財政構想小委員会」も、医療費抑制に向けて動き出した。8月31日の会合で、事務局長から小委員長代行に昇格した小泉氏は、周辺に「医療費負担を年齢によらず、所得に応じて増やすこと、処方された湿布の自己負担増などを年末に向けて議論していく」と語っている。

 8月に入り、国の借金(6月末の国債などの残高)は過去最高の1053兆円に達した。14年度の社会保障給付費も112兆円と過去最高を更新しており、財務省は焦りを深めている。17年度の社会保障費を1400億円削り込む材料は、依然そろっていない。目標を達成できなかった場合は、2年に1度の診療報酬改定と、3年に1度の介護報酬改定が重なる18年度の医療・介護同時改定時に、大幅に切り込むとみられる。

 ただし、自民党内には高齢者の負担増に慎重な意見も多い。日本医師会も「受診抑制につながる」と反対する構えを示している。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top