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未来の会

第44回 予想通り看板倒れに終わった「日本版NIH」構想

第44回 予想通り看板倒れに終わった「日本版NIH」構想
虚妄の巨城 武田薬品工業の品行
予想通り看板倒れに終わった「日本版NIH」構想

 武田薬品工業社長・長谷川閑史が「政治ごっこ」の一環として産業競争力会議(議長:安倍晋三首相)議員に名を連ねていることはつとに知られている通りである。同会議が提唱した「日本版米国立衛生研究所(NIH)」構想が大きく動いた。

大山鳴動して「機構が一つ」
 2月5日、内閣部会などから成る自民党合同部会。日本版NIHを2015年4月に新設するための健康・医療戦略推進法案など2法案が了承された。これを受け、政府は12日、「健康・医療戦略推進法案」と「独立行政法人日本医療研究開発機構法案」を閣議決定。前者の基本理念には①世界最高水準の医療提供②健康長寿社会に役立つ産業創出③海外展開などを「我が国経済の成長に資するもの」として進めることが明記されている。この日の閣議では研究開発や新産業創出などを計画的に推進する「医療研究開発推進計画」も策定。

 法案は24日召集の通常国会に提出される。なかなかの上首尾──そんな感想すら漏れてきそうな気配ではある。だが、事がそう簡単に運ばないのは本誌が再三指摘してきた通りである。

 日本版NIH構想は安倍や官房長官・菅義偉の肝いり政策として煮詰められてきた。長谷川自身の「貢献」も見逃せない。前出の産業競争力会議議員をはじめ、経済同友会代表理事、そしてもちろん武田社長といったさまざまな顔を使い分けながら、陰に陽に旗を振り続けてきた。

 だが、法案化の過程で明らかになったのは規模や予算の縮小という現実である。独立行政法人「日本医療研究開発機構」の新設をもって日本版NIHと強弁する腹のようだ。長谷川は昨年11月、経営情報誌が主宰するセッションに登壇した。

 「ブロックバスターのパテント切れによる収益減を、企業買収や新興市場進出で埋めてきた」

 こんな放言を市場はいつまで見過ごすのだろうか。「繰り上げ当選」とはいえ、曲がりなりにも国内首位の座にある製薬企業トップとしては、あまりにも無責任な発言と断定せざるを得ない。直後に長谷川は「昨年は営業利益で底を打つような、しかも当初発表していた金額が未達に終わるような状況となってしまった」と言葉を継いでいる。語るに落ちるとはこのことではないのか。

 日本版NIH構想の話だった。長谷川の戯れ言はひとまず置く。長谷川は構想についてまず、こんな見え見えの自画自賛をしてみせた。

 「文科省、経産省、そして厚労省の予算を集約し、基礎研究から応用研究へのブリッジングを国家戦略として優先順位を付けて進めるという画期的試みだ」

 だが、会場を埋めた聴衆の見識は長谷川ほどおめでたくも甘くもない。質疑応答では次のような至極真っ当な質問を浴びせられている。

 「日本版NIHの予算は米国と比較すると、桁違いに少額。実効性はどこまで期待できるのか」

 長谷川は途端に今広げたばかりの大風呂敷を畳み始める。前言を翻すことなど朝飯前だ。

 「今は全て寄せ集めても3500億円前後にしかならず、今国会で決まろうとしているのも1350億前後。アメリカでは2兆5000億から3兆、イギリスでもおよそ3000億強が投じられていて、1350億はいかにも小さいと感じると思う。ただ、省庁間の縦割りという、言われて久しい課題をぶち破るような制度が全くできていなかった流れの中、今回のコンセプトができた。その意味ではシンボリックな出来事であり極めて重要だ。安倍総理も菅官房長官も日本版NIHには強い思い入れがあり、確固たるリーダーシップで実現に尽力していただいた。必ずや、小さく産んで大きく育てる形で実体あるものになると期待している」(グロービス「G1経営者会議」より)

 さらにこう付け加えることも忘れなかった。

 「我々もそれについては提言をしたし、全面的に協力をしていくつもりだ」

「戦略」なき国家・日本
 法案は健康・医療戦略担当相を任命することを定めている。だが、健康・医療戦略推進本部の本部長を務めるのは首相。担当相は官房長官と共に副部長のいすに収まるにすぎない。同本部では健康・医療戦略に基づいて目標や達成期間を定める医療研究開発推進計画を作成。計画の実現で中核として動くのが先述の機構らしい。機構は首相と文部科学相、厚生労働相、経済産業相の共管。

 いかがだろうか。船頭多くして舟山に登る──そんなが頭をよぎる。財源払底の中、少しでも華やぎを加えようとの努力はうかがえる。だが、果たしてこの舞台装置は長谷川がをしたような〈画期的試み〉〈シンボリックな出来事〉〈重要〉〈実体あるもの〉といえるのか。

 そうではないだろう。〈省庁間の縦割り〉を〈ぶち破る〉ことなど全くできないまま、そのをすることに手いっぱい。その程度の代物だ。〈提言〉や〈協力〉に至っては言うだけただ。まさに噴飯ものである。あれほどぶら下げている肩書きは何のためにあるのだろう。一提言屋に用はない。このまま消えてもらうのが最善策だ。

 2月13日付読売新聞に注目すべき寄稿があった。筆者は中村祐輔・シカゴ大学医学部血液・腫瘍内科教授。民主党政権下で11年12月まで内閣官房参与・内閣官房医療イノベーション推進室室長を務めた経歴には今さら触れるまでもないだろう。

 中村氏は冒頭で〈報道を読む限り、どこの国のNIHを範にしようとしているのか全く理解できません〉と日本版NIH構想を一刀両断する。

 日本には〈私が知る範囲では、医学・医療分野における国家としての真の「戦略」はありません〉。多省庁に分断された研究予算の統合・効率化は〈税金の無駄遣いを減らすためには必要なことでしょうが、単なる細かい「戦術」の一つにすぎません〉。中村氏は論考の最後で〈政治や役所の意向に左右されず、国民の健康に寄与できる自律的な組織〉の必要性を訴えた。新設される組織にこうした性格は見て取れない。こうした組織がなければ医療機器や医薬品の輸入が増え、〈医療保険制度は崩壊する〉との予測で稿を結ぶ。

 本誌はこれまで日本版NIH構想を安直に持ち上げ、これと矛盾する経営戦略を実践して恥じない長谷川の姿勢に疑問を呈してきた。しかも、長谷川式経営は功を奏してすらいない。

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