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未来の会

政治が創薬の世界に光を当てた

政治が創薬の世界に光を当てた

日本ガリエン財団の誕生の意義と使命

2025年10月、日本ガリエン財団が正式に発足した。遂に日本は世界で18番目のガリエン賞開催国となった。

ガリエン賞は、画期的な医薬品や医療技術を生み出した研究者や企業の功績を称える世界的な賞であり、「創薬分野のノーベル賞」と呼ばれている。世界が注目する賞が日本に無かった事に驚く。今、日本の研究者が世界へ飛び立つ為の扉が開かれた。

安倍晋三氏がトランプ氏に直訴

日本ガリエン財団の誕生は、安倍晋三元首相の政治力からだ。関係者によれば、安倍氏がトランプ米大統領に、「日本にもガリエン賞を」と働き掛けた事が、その出発点だという。政治家の仕事として、国の未来を見据え、日本の為に国際的な舞台を引き寄せる事も重要だ。安倍氏の一言は、歳月を経て、日本の創薬研究者に新たな希望を与える礎となった。安倍外交の1つの遺産として、正しく評価されるべきだろう。日本の創薬力は、世界で高く評価されている。24年11月、第一三共とアストラゼネカが開発した抗体薬物複合体「エンハーツ」は、米国ガリエン賞でベストバイオテクノロジー製品賞を受賞した。アメリカ自然史博物館の舞台の上に立つ研究開発本部長・我妻利紀氏の表情は実に誇らしげだった。日本発の技術が世界のがん治療を変え得る事を証明した快挙と言える。研究室で積み重ねられた地道な努力が、国境を越えて患者の命を救い、世界最高峰の評価へと繋がった。日本の研究者は、決して世界に劣ってはいない。寧ろ、限られた条件の中で、世界を驚かせる成果を生み出してきた。日本は欧米主要国と比べ、研究費は圧倒的に少ない。その上、研究成果が直ぐに出なければ予算を削られ、若手研究者は任期付きの不安定な立場に置かれる。優秀な人材が海外へ流出するのも理解出来る。その様な中でも、日本は医学、生理学、化学等の分野で数多くのノーベル賞受賞者を輩出してきた。研究者の努力の賜物である。失敗を重ね、信念を失わず、何十年も1つの課題を追い続けてきた。その執念と献身をもっと称賛すべきだ。研究には資金が要る。人材が要る。設備が要る。そして、失敗を許し、成果が出る迄待つ社会の寛容さが要る。創薬は数年で完成する事業ではない。1つの新薬が生まれる迄には、膨大な候補物質の検証と長期に亘る臨床試験が必要だ。政治や行政が短期的な成果だけを求めれば、日本から画期的な新薬は生まれなくなる。

日本ガリエン財団には、優れた研究を表彰する事以上の役割が有る。日本の研究者を世界の研究者や製薬企業、投資家、大学、財団へと繋ぎ、国際的な研究資金を日本へ呼び込む役割である。日本国内だけで研究費を奪い合っていても、世界との競争には勝てない。海外から資金と人材を集め、日本の知見と技術を世界のネットワークに結び付ける。その為に必要な国際的な信用と舞台を、ガリエン財団は有している。

日本の研究者が世界から正当に評価され、十分な資金を得て、次の治療法を生み出す。企業は研究成果を医薬品として患者へ届け、政治は挑戦を支える制度と予算を整える。産官学が一丸となって初めて、日本の創薬は世界へ羽ばたく事が出来る。日本ガリエン財団の誕生を一過性の祝賀行事で終わらせてはならない。日本の研究者に希望を与え、世界の研究資金を呼び込み、日本発の新薬で世界の患者を救う。その使命を果たした時、安倍氏が政治の力で開いた扉は、日本の創薬史に確かな足跡を残す事になる。日本には力が有る。私達は、研究者を信じ、支え、世界へ押し出す国家としての覚悟を持とう。

モンスターペイシェントに反撃を

「患者」という立場は免罪符ではない

医療機関で働く医師や看護師に対する暴言、威嚇、長時間の居座り、執拗な謝罪要求、土下座の強要、インターネット上での誹謗中傷。モンスターペイシェントによる被害が深刻化している。ここで敢えて問いたいのは、モンスターペイシェントにも人権は認められるのかだ。答えは当然、認められる。しかし、人権が有る事と、他人の人権を踏みにじる事は全く別の話だ。全ての患者に適切な医療を受ける権利が有る一方、医師や看護師にも安全に働く権利が有る。同じ病院で治療を受ける他の患者にも、静かで安全な環境の中で医療を受ける権利が有る。「患者なのだから何を言っても許される」「病気なのだから多少の暴力は我慢しろ」という理屈は通らない。

悪質な行為に法的責任を問え

モンスターペイシェントの多くは、攻撃する相手を選んでいる。医師や看護師は患者の生命を預かる立場であり、簡単には反論出来ない。病院側も評判や口コミを気にして、患者との衝突を避けようとする。彼らは、そうした「反撃出来ない事情」を知っているからこそ攻撃するのだ。治療への正当な不満を訴えるのではなく、日常生活で抱えた怒りや鬱憤を医療従事者にぶつけているのだ。極めて姑息な加害行為だと言える。

1人の患者の対応に医師や看護師が何時間も拘束されれば、その間、診察や看護を待たされる患者がいる。重症患者への対応が遅れる場合も有る。つまり、医療従事者へのカスタマーハラスメントは、単なる接客上のトラブルではない。他の患者が医療を受ける機会を妨げ、場合によっては命を危険に晒す行為だと認識すべきである。病院が守るべきものは、声の大きな人の患者だけではない。職員と、秩序を守って診療を受けている大多数の患者である。

悪質な行為に対し、病院は損害賠償を請求出来ないのか。暴行や脅迫、名誉毀損、器物損壊、業務妨害等に該当する行為であれば、刑事上の責任だけでなく、民事上の損害賠償責任を問える可能性が有る。病院側は泣き寝入りする必要は全く無い。暴言の記録、防犯カメラの映像、録音、対応時間、診療への影響等を証拠として残し、警察への通報や損害賠償請求を現実的な選択肢とすべきである。責任を追及する姿勢を明確にする事が、次の被害を防ぐ抑止力にもなる。社会の理解も得られる筈だ。彼らはつの病院だけでなく、複数の医療機関を渡り歩き、同様のトラブルを繰り返す。診療情報は要配慮個人情報であり、病院間で無条件に共有出来るものではないが、個人情報保護を理由に、全ての情報共有が禁止されている訳でもない。生命や身体を守る為に必要な場合、暴行や脅迫、業務妨害等について警察へ通報する場合、診療連携に必要な場合等には、適法な情報提供が可能だ。個人情報保護を、悪質な患者に悪用されるべきではない。悪質な行為を定義し、患者の権利に配慮しながら、医療従事者と他の患者を守る為の適法な情報共有制度を整える必要が有る。繰り返す人物の情報は、一定の条件の下で共有すべきで、人の問題患者の権利だけを盾にして、医師や看護師、そして大多数の患者の人権と安全を犠牲にする事は許されない。それは個人情報保護ではなく、制度の本末転倒だ。

病院は、暴言や暴力を受け入れる場所ではない。病院が毅然と立ち上がる事は、患者を切り捨てる事ではない。真面目に働く医療従事者と、治療を必要とする大多数の患者を守る事である。病院はもっと毅然と反論して良い。そして悪質な加害者には、法に基づいて正面から責任を取らせるべきだ。世論は病院側に有る。

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