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未来の会

結局は経産省主導!? 見せ掛けの社会保障改革「新会議」

結局は経産省主導!? 見せ掛けの社会保障改革「新会議」

国民へアメ打ち出しながら負担増理解してもらう作戦

「現役世代の人口が減少する中で社会保障の持続可能性を確保するには、健康寿命の延伸にこれまで以上にしっかり取り組む必要がある」

 日本商工会議所の三村明夫会頭は8月23日、東京・内幸町のイイノホールで行われた「日本健康会議」の会合で共同代表としてこう述べ、出席した民間企業や自治体関係者らに予防・健康分野への積極的な参入を呼び掛けた。

 日本健康会議は、健康寿命の延伸と医療費の抑制を目指し、2015年に経済3団体や連合、健康保険組合連合会(健保連)、全国知事会、日本医師会(日医)など19団体が参加して発足。20年に向け8つの具体的な数値目標を掲げた活動指針「健康なまち・職場づくり宣言2020」を定め、全保険者の持つデータに基づいて進捗を毎年確認している。今年は8つの数値目標のうち、6つが達成済みと報告された。

経産省主導の予防・健康重視戦略

 この日本健康会議の陰の主役が経済産業省だ。民間主導の健康づくりを目指し、社員の健康管理を重視する「健康経営」に取り組む民間企業を表彰するなど、強力に予防・健康業界の振興を後押ししている。同日の会合にも世耕弘成・経産相(当時)が出席し、「民間企業や個人の積極的な健康投資の促進、あるいはテクノロジーを活用した新たな解決策をスピーディーに創出して普及させていくことが欠かせない」と指摘した上で、健康経営に積極的な民間企業には「マーケットで適切に評価される環境づくり」を目指すと強調した。

 こうした経産省主導の予防・健康重視戦略は安倍晋三政権が掲げる「全世代型社会保障」の柱の1つとなっている。安倍首相は民主党政権以前の消費税増税を含む社会保障・税一体改革に否定的で、政権内で社会保障の給付と負担の議論が中心となる厚生労働省と財務省の影は薄い。特に悲願の消費税増税のためならば政局も作り出す財務省を安倍首相は嫌悪している。その隙に存在感を増す経産省は「金儲けの好機」とばかりに、予防・健康関連事業を推進し、さらに勢いを増しているのが現状だ。

 ただ、第2次政権発足後、間もなく7年を迎える安倍首相にとって、先送りしてきた社会保障の給付と負担の〝宿題〟に向き合う時期が近付いてきている。団塊世代が22年から後期高齢者の75歳以上になり始め、社会保障費が急増するためだ。後期高齢者数は15年の1641万人が25年には2180万人にまで膨れ上がる。後期高齢者医療制度で自己負担を抑える仕組みがある医療費でみると、1人当たりの国庫負担額は65〜74歳の前期高齢者に比べ後期高齢者は約5倍に跳ね上がるため、後期高齢者の急増は社会保障費の急増に直結するのだ。

 安倍政権は、この社会保障費の急激な伸びを一定程度に抑えるための改革案を、22年度に間に合うように取りまとめなければならない。今年6月に閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)では、年金と介護は来年の通常国会での関連法案の改正に向けて今年末までに結論を出し、医療は20年度の骨太方針に改革案を明記すると工程を定めた。医療の法整備は21年の通常国会を想定している。

 具体的にみると、年金では厚生年金の加入義務がない中小企業のパートらに対象を広げて老後の生活保障を高めることや、受給開始年齢の70歳超への選択肢拡大が論点になる見通し。医療は後期高齢者が窓口で支払う自己負担割合(原則1割)を段階的に2割へ上げることや、軽症者用の処方薬の自己負担増などが予想される。介護については介護サービス計画(ケアプラン)作成の有料化や介護の必要性が比較的低い軽度者へのサービスの見直しが焦点となりそうだ。

 これらの様々な課題を省庁横断的に議論するのが新たな社会保障改革の会議だ。会議の設置は自民、公明両党の厚労関係議員を中心に要請があった。自民党は社会保障制度調査会が、財政再建の視点に偏らない社会保障の議論の場が必要だとして、新会議の設置を要望。公明党も20年度予算案の概算要求に向けた社会保障分野の政策提言の中で、今後の社会保障の給付と負担の在り方を巡り国民的な議論が必要だと指摘し、政府に新会議を設置するよう求めた。

 背景には、今後の改革のメニューが負担増ばかりなことがある。政府全体で社会保障改革を議論する場が経済財政諮問会議となると財政再建色が強まることが予想され、「痛みの伴う改革ばかりでは、とても世論が持たない」(自民党厚労族中堅)というのだ。新会議では社会保障の〝アメ〟の部分も打ち出しながら、国民へ負担増も理解してもらう作戦を描いている。

消費増税封印でアメ財源がない

 ただ、安倍首相は7月の参院選直前の党首討論会で、消費税のさらなる増税について「安倍政権でこれ以上(税率を)引き上げることは全く考えていない」と否定的な見解を表明。さらに「今後10年間ぐらいの間は上げる必要はないと思っている」とまで踏み込んだ。当面は消費税増税という大型財源が封印される中、社会保障の〝アメ〟の財源を見つけるのは容易ではない。

 現状で想定されるのが、軽症での受診といった「小さいリスク」への自己負担を増やすことや、高所得者は年齢ではなく負担能力に応じて支払いを求めることなどだ。これでも巨額の財源を生み出せるわけではなく、逆に国民の反発ばかりが強まる可能性もある。まさに「労多くして功少なし」という状況だ。

 このため政府・与党内には新会議設置に慎重な意見もあったが、「2年以内にある次の衆院選に向け、どういう形であれ、政権が社会保障改革に取り組んでいるという姿勢を国民に示す必要がある」(官邸筋)との声に押し切られた。財政再建が至上命題の財務省は「新会議が動いてさえしまえば、負担増の道を引き返すことはできない」(幹部)とほくそ笑む。

 新会議での給付と負担の議論は並行して開かれる厚労省の社会保障審議会など省庁レベルとあまり大差ない内容となる見通しで、結局幅を利かせるのは異論の少ない予防・健康分野。こうした事態を見越して、自民党では今秋にも、世耕氏らがメンバーの「明るい社会保障改革研究会」(上野賢一郎会長)を中心に健康産業の振興を目的にした議員連盟が発足する予定だ。議連では、社会保障費の伸びを抑えつつ、健康寿命を延ばして社会保障制度の支え手を増やす方策などを検討するという。

 そもそも安倍首相が悲願としている憲法改正を実現するためには国民投票が最大の難関であり、国民投票が終わるまでは国民に不人気な厳しい負担増を伴う社会保障改革は難しいともみられている。社会保障改革は茨の道ともいえるが、厚労省の現場からは「地域医療構想や医師偏在対策といった決められた改革を地道に進めるしかない」(幹部)といった嘆き節も聞こえている。 

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