SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

国内製薬大手で「大風呂敷」計画乱発の裏事情

国内製薬大手で「大風呂敷」計画乱発の裏事情

問題含みの武田、アステラスの「断末魔」か

「ブルータスよ、お前もか」——。製薬業界2位のアステラス製薬が、2025年度売り上げ1兆8500億円、減損等一時的損益を除くコア営業利益5500億円を目指す中期経営計画(中計)を発表した。目標は20年度比でそれぞれ約5割増、2・2倍となる。昨年末に出た武田薬品工業の30年度売り上げ

5兆円構想に続く野心的な計画だ。

 アステラスのここ5年の業績ジリ貧状況からは、無謀に見える。先の武田の5兆円構想に、「大風呂敷」ぶりでは負けていが、実現のための具体策↘と目標達成が要求される中計だけに、アステラスの方が未達時に受ける傷ははるかに大きくなる。

新製品に過大な期待

 前立腺がん治療薬「イクスタンジ」と会社が期待する重点戦略製品の合計売り上げを25年度に1兆2000億円に拡大するのが計画達成のカギとなる。大黒柱のイクスタンジは20年度4584億円からピーク時売り上げ6000〜7000億円に拡大し、イクスタンジを除く重点戦略製品群は現在の売り上げ377億円からピーク時9000億〜1兆5000億円に飛躍するというのが30年度までの会社の見立てだ。

 閉経後の血管運動神経症薬「フェゾリネタント」は3000〜5000億円、米シージェンとの提携で手に入れた尿路上皮がん・膀胱がん治療の抗体薬物複合体(ADC)薬「パドセブ」が3000〜4000億円の大型商品に化けると会社は言う。重点戦略製品では他にピーク時1000〜2000億円の売り上げを見込む骨髄性白血病薬「ゾスパタ」、胃腺がん等治療薬「ゾルベツキシマブ」もある。↖

 ブロックバスター(売り上げ1000億円を超す大型薬)の過活動膀胱薬「ベタニス」や免疫抑制剤「プログラフ」が完全に頭打ちで、イクスタンジが伸びても業績が停滞するのがアステラスの現状。ここに4つのブロックバスターが加わり、一気に苦境から脱却するというのが、中計の描くバラ色のシナリオなわけだ。

 だが、その実現は容易ではないだろう。実績のあるイクスタンジは適応拡大で市場開拓余地があり確実性があるが、重点戦略製品は全て未知数だ。

 特に期待大のフェゾリネタントは22年度の承認申請予定、今年2月に出た臨床試験(治験)のデータが良かった事で自信を深めたのだろうが、いかに日米欧と中国の対象患者3000万人の潜在市場を抱えているとはいえ、市場を顕在化出来る保証はないのが現状、本当のところだ。

 既に米国で一部適応での上市が済んでいる、パドセブのリスクは相対的には小さい。市場予測は30年に3億㌦近くと会社予想に遠からじだが、慎重な見方もある。がん免疫チェックポイント阻害剤「キイトルーダ」との併用で、大きな市場である転移性尿路上皮がんの1次治療での迅速承認を取得して売り上げを伸ばすのがアステラスの目論見だが、米ファイザーと独メルクのがん免疫チェックポイント阻害剤「バベンチオ」が、この市場では承認済みで強固な牙城を築く。来るべき治験で、バベンチオの有効性・安全性を凌駕するデータを示せるかどうかが分水嶺となるはずだ。その点でパドセブとて不確定部分が残っている。

 重要戦略製品で最後尾に位置する「AT132」となると、未知数度はマックスになる。X連鎖性ミオチュブラーミオパチーという幼時に発症する事の多い致死性の希少難病の遺伝子治療薬だ。米バイオベンチャーを3200億円で買収して手に入れたものだが、3人の被験者が死亡し、昨年6月に治験が中断となり、開発遅延等に伴う588億円の減損を前期計上した。米当局の治験再開許可は昨年末に出て、用量を落とした治験で改めて良好なデータを得て承認・上市を目指す事になるが、最先端の遺伝子治療薬分野でアステラスの存在を示せるかどうかは、依然大きな賭けだ。

業績と株価低迷の裏返し

 この中計には、更に続きがある。その先の30年度までの長期構想が一体で付いているのだ。

 大黒柱のイクスタンジは27年前後に特許切れになると見られ、その売り上げが急落するのはアステラスの目下最大の懸念材料だ。25年度までに治験で有効性・安全性を見極められる31の開発品が現在ある。この新規開発薬群が30年度には5000億円以上の収益をもたらし、先述した重要戦略製品の成長と相まって、特許切れ後のイクスタンジの売り上げ急減の穴を完全に埋めるというのが、会社の弾く算盤だ。

 ただこの予測数値は、開発品ごとの市場規模と成功確率を掛け合わせたレベルの荒い試算値。武田の構想にも言えるが、精緻な評価対象には値しない代物と言っていいだろう。むしろ注目すべきは、武田、アステラスが相次ぎ大風呂敷を広げる理由の方だ。一言でいえば、苦境の裏返しだ。両社の株価は過去5年を振り返ると、停滞ないしは後退している。市場は両社の成長性や成長戦略に疑念を抱いている。

 アステラスの発表で驚いたのは、現状比2倍強の株式時価総額7兆円を成果目標に掲げた事。極めて異例な事だけに会社首脳が株式市場の評価に気をもんでいる様が透かし彫りになった感が強い。株式時価総額の目標こそ掲げないが、武田の5兆円構想発表の背後にも同じ思惑が透けて見える。

 これは両社に限った事ではない。昨年6月、塩野義製薬は30年度に19年度比売り上げで8割増の6000億円、コア営業利益で同56%増の2000億円に引き上げを目指す長期構想を発表した。

 18年度までは収益が成長した塩野義もその後異変が生じ、業績は後退局面に入っている。「手代木マジック」と呼ばれた手代木功社長の手腕への懐疑論も強まり、株価も下がり基調が続く。

 海外に出すHIV治療薬のロイヤルティ収入が天井を迎え、一方で頼みにしていた感染症分野が成長しない。鳴り物入りで投入したインフルエンザ薬「ゾフルーザ」が立ち上げから不発となる等、誤算続き。成長の青写真が描けない点は武田やアステラスと同じだ。

 製薬企業の成長戦略の王道は画期的新薬の創製だ。そのために、3社は研究開発費を増やす構え。

 中期の計画数値を開示しない武田は、前期の約4500億円から今期5200億円規模に増やす。「来期以降もペースは鈍るが増加する」(クリストフ・ウェバー社長)。アステラスは25年度に研究開発費が前期比5割増の3500億円に拡大。塩野義は5年間合計で前5年間比2割以上増加させる予定だ。

 ただ、欧米メガファーマは研究開発費が売上対比で20%以上が多く、絶対額でも世界10位の武田が約4500億円なのに対し、9位のサノフィは約6700億円と、日本の3社は大きく劣るのが冷酷な現実だ。

 武田が言う効率的な研究開発の工夫で、欧米に追い付ければ良いが、「そうおいしい話は転がっていない」という声が市場関係者からは漏れる。

 過去5年間ほぼ一貫して大きく業績を飛躍させ、時価総額では昨年来、武田や第一三共を抑え、業界首位を爆走する中外製薬は、既に30年までの新成長戦略で収益数値目標を掲げるのをやめている。成長に自信がないのではなく、創薬力に磨きをかけて「毎年の自社開発グローバル製品の上市」等で、1年ごとに収益結果を出していく。これが環境激変期におけるベストな経営計画の在り方だと見ている模様だ。

 エーザイも新中計で収益数値目標を挙げない事で中外に追随している。

 武田やアステラスの計画が「大風呂敷」に終わらない事を願うばかりだが、中期計画や長期構想の在り方でも既に日本の製薬大手が時代遅れになってはいないか、今こそ冷静に検証してみる価値がありそうだ。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top