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介護現場の事故で准看護師はなぜ有罪になったのか

介護現場の事故で准看護師はなぜ有罪になったのか
柳原病院事件と同様、民医連系の施設だった

介護現場での事故に、職員はどこまで責任を取ればいいのか——。全国の高齢者施設の職員が注目する判決が3月、長野地裁松本支部で出された。特別養護老人ホームで誤ったおやつを食べさせ、窒息させ死亡させたとして業務上過失致死罪に問われた准看護師に有罪判決が出たのだ。リスクの高い介護現場での事故の刑事責任を個人に負わせる判決には、全国の福祉関係者から疑問の声が多く上がっている。

 判決などによると、事件が起きたのは長野県安曇野市の特別養護老人ホーム「あずみの里」。同ホームを設立、運営する社会福祉法人「協立福祉会」によると、2002年5月に開設され、定員は要介護1〜5の65人となっている。同じ「あずみの里」の名称で、グループホームや老人保健施設などを持っており、低所得者向けの介護なども手厚く行っている様子だ。

 「ホームページによると、あずみの里を運営する協立福祉会は松本協立病院の介護、福祉分野を発展させるために設立されたとある。協力病院として、長野県民主医療機関連合会(民医連)に所属する松本協立病院と塩尻協立病院が紹介されています」(全国紙記者)。

 この特養ホームで事件が起きたのは13年12月のことだ。判決などによると、被告の准看護師が施設の食堂で入所者の女性(当時85歳)におやつとしてドーナツを食べさせたところ、女性はドーナツを詰まらせ窒息状態となった。病院に運ばれたが、低酸素脳症などで約1カ月後に死亡。長野地検は14年12月、注意義務を怠り女性を死亡させたとして、准看護師を業務上過失致死罪で在宅起訴した。女性には食べ物を丸のみにする傾向があり、施設ではおやつには↖ゼリーを出すことになっていたが、准看護師はこの引き継ぎ資料の確認を怠ったという。

 弁護側などの主張によると、准看護師は本来、食事介助の担当ではなかったが、担当の介護職員が他の入所者の排泄介助が長引いて食堂に来るのが遅れたため、食事介助の応援に入った。死亡した女性は自力で食事ができる状態だったため、准看護師は事件が起きた時、介助が必要な隣の男性の食事の世話をしていた。

「注視義務」ではなく「注意義務」違反

 裁判で争点となったのは主に2点だ。まず、女性が意識を失った原因が窒息だったかどうか。そして、准看護師が死亡した女性を注視していなければならない義務があったかどうか。准看護師は死亡した女性が窒息しないよう注視していなければならない注意義務を怠ったとして業務上過失致死罪に問われており、弁護側はそもそも死亡した女性には注視していなければいけない義務はなかったと主張したのだ。

 女性の死因についても、弁護側は女性の口やのど、気管にものが詰まった形跡はないことから、誤嚥や窒息ではなく内因性の病気など別の原因で意識を失い、死亡に至ったと主張した。

 社会部記者によると、「検察側は公判の途中で、食事中の女性を注視していなければならなかったという注視義務に加え、ゼリーを与えなければならなかったのに引き継ぎを怠りドーナツを配ったことが注意義務違反であると訴因を追加した」という。結果的に、裁判所は准看護師が女性を注視していなければならなかった義務の方ではなく、食事介助が主要な業務でない准看護師であっても介助に当たる以上は引き継ぎなどでおやつが変更になっていたことを確認する注意義務があったとして有罪を認定した。

 女性の死因についても、ドーナツを詰まらせたことによる窒息により死に至ったと検察側の主張を認めた。判決は求刑通り罰金20万円となった。弁護側は即日控訴しており、裁判は今後、東京高裁で行われる見込みだ。

個人の刑事罰で介護現場は萎縮も

 医療担当記者によると、今回の裁判は医療、福祉関係者を中心に全国的な注目を集めていたという。介護現場で起きた事故によって介護を担当していた職員が刑事責任を問われる事態は珍しいからだ。「こうした事例が続いては、介護現場の萎縮を招く」として、全国から無罪を求める約45万筆の署名も集まった。

 首都圏の介護職の女性は「転倒や窒息など、介護の現場では事故が起きる可能性が高い。一方で、介護現場は慢性的に人手不足で、職員も疲弊している。事故が起きた時に個人の刑事責任が問われてしまっては、ますます介護を志す人が減ってしまう」と不満をあらわにする。

 介護現場では、食べ物や処遇を巡って被介護者の希望になるべく添うようにするのが最近の潮流になっている。「寝たきりに近い状態にして、誤嚥防止のため胃ろうで栄養を与えれば介護する側は楽。でも、今はそんな時代じゃない」と前出の介護職の女性。「歩かせれば転倒の危険は増すし、食べさせれば誤嚥や窒息の危険が増す。それでも、最期まで本人の希望に近い人生を送ってもらうために、多少のリスクと介護職の手間をかけているのが実情なんです」(同)。今回の判決は、そうした世の中の流れに逆行し、リスクを避けようとする昔の介護に戻ってしまう恐れがあるというのだ。

 施設内での事故により死亡や怪我を負ったとして、入所者や家族が裁判で施設の責任を問うことはある。高齢化で要介護者の増加に伴い、介護を巡る裁判は増加傾向だ。ただ、これらはいずれも民事訴訟であり、今回の「あずみの里」のように捜査機関が個人に刑事罰を問う刑事裁判となった例はそもそも珍しい。

 死亡した女性の遺族と施設側の間では准看護師が在宅起訴される前に示談が成立しており、今後、民事訴訟が起こされる可能性はほぼない。それにもかかわらず、准看護師を有罪とした判決には、被告を支援してきた長野県民医連をはじめとする多くの支援者から疑問の声が噴出した。

 全国紙の社会部記者は、今回の事故が起きたのが民医連系の施設だったことに注目する。「一審は無罪となったが、患者の女性の胸をなめたとして逮捕された乳腺外科医が務めていた東京の病院も民医連系でした。支払いができず医療が受けられない低所得者を受け入れるなど地域医療の最後の砦となっている反面、共産党との関わりが強いことから、一般的に警察との関係は良くない」と同記者。「今回の事件の取材に関わっていないため、あくまで推測」と前置きした上で、この記者は「民医連系の施設は、自施設が捜査機関の捜索を受けるなどすると『民医連だから狙われた』とアピールして猛反発する。自意識過剰ではないかとも思うが、取材していると警察の〝共産党アレルギー〟は相当なものだと感じることも多く、可能性がないとは言えない」と語る。

 どんな事情があるにせよ、過去の判例に則って判決が決まる日本の裁判制度では、今回の判決が〝前例〟となり、各地で介護に当たる個人の刑事罰が問われる事態が頻発する可能性もある。高裁がどう判断するか、注目したい。

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