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岸田首相が掲げる「異次元の少子化対策」実現には壁 

岸田首相が掲げる「異次元の少子化対策」実現には壁 
所要財源に目処付かず、保険料負担増に経済界は警戒感

岸田文雄・首相が「異次元の少子化対策」を掲げ、茂木敏充・自民党幹事長も「児童手当の所得制限撤廃」を提起する等、政府・与党は少子化対策や子育て支援に関して大風呂敷を広げている。しかし「兆円単位」が見込まれる所要財源に目処は付いていない。政権に国民の大幅な負担増に向き合う覚悟は見えない。

 1月4日の年頭記者会見で「異次元」をぶち上げていた首相。1月23日の衆議院本会議での施政方針演説では「子ども・子育て政策」を最重要政策と位置付け、改めて「従来とは次元の異なる少子化対策を実現したい」と意気込みを語った。

 国会開会直前の1月19日、3月迄に「異次元の少子化対策」をとりまとめるべく招集された関係府省会議の初会合が有った。内閣官房、内閣府、厚生労働、文部科学、総務、財務、国土交通各省の局長クラスが顔を揃える中、座長の小倉将信・こども政策担当相は首相の意を受ける形で「未だ嘗て無い踏み込んだ大胆な叩き台を作りたい」と力を込めた。 

 2022年の出生数は初めて80万人を割り込む事が確実視されている。国の想定を8年上回る勢いで子供は減っている。 

 こうした事態を受け首相は政権発足当初から、「子ども予算倍増」をぶち上げた 。政府の全世代型社会保障構築会議は昨年末にまとめた報告書で「本格的な少子高齢化・人口減少時代の歴史的転換期」だと強調し、具体策として出産育児一時金の50万円への増額、10万円相当の「出産・子育て応援交付金」、児童手当の拡充等を挙げた。 

 同会議の報告書は0〜2歳児支援に重点が置かれ、児童手当拡充の優先順位は決して高くなかった。巨額の財源を必要とし、「実現可能性が低い」(厚労省幹部)という事が大きかった。

 ところが30%前後で低迷する内閣支持率に焦る首相は、児童手当の優先度を独断で一番に引き上げた。官邸スタッフは「児童手当は有権者に訴える力が強いから」と明かす。そして実際に関係府省会議では、①児童手当等の経済支援、②幼児・保育サービスの拡充、③育児休業強化等仕事と育児の両立支援を検討する事になり、児童手当を最初に持って来た。 

児童手当拡充へ現実味の有る財源確保策とは

 これに自民党側も呼応。首相の所信表明に対する代表質問で、茂木幹事長は児童手当の所得制限撤廃を求め、議場をどよめかせた。

 自民党は所得制限を設けない旧民主党政権時代の子ども手当を批判。「子供の育ちは一義的には親、家族が担うものだ」として、「社会全体で子供の育ちを支える」という旧民主党の理念を全否定していた。政権交代直前の12年にはヨレヨレになっていた同党を追い込む形で所得制限付きの児童手当に戻す合意を得た。

  自民党は昨年10月、児童手当の高所得世帯への特例給付を打ち切ったばかりでもある。豹変を批判された茂木氏はNHKの番組で「反省」を口にし、「時代の変化に応じて必要な政策の見直しを躊躇無く行う」と言い切った 。野党の封じ込めにも繋がる奇策に野党側も開いた口が塞がらない様子で、「今までの主張は何だったのか。やられた」(立憲民主党中堅)等と怒りが収まらない。

 1972年1月に始まった児童手当は当初、支給対象が第3子以降、しかも5歳未満に限られていた。その後は増減を繰り返しつつ徐々に拡大された。民主党政権は所得制限の撤廃を訴え、「月2万6000円」の子ども手当の支給を公約したものの、財源を確保する事が出来ず半額の1万3000円に留まった。

 その後また児童手当に戻り、今の月額は0〜2歳1万5000円▽3歳〜小学生1万円▽第3子以降1万5000円、中学生は一律1万円になっている。夫婦どちらかの年収が960万円以上の世帯は特例給付として一律5000円(昨年10月に年収約1200万円を超える世帯への給付は廃止)になっている。 

 22年度の給付総額は1兆9988億円と巨額だが、与党は給付対象を18歳まで拡大する事や、第2子は3万円、第3子は6万円まで増額する事を求めている。更に所得制限も撤廃するとなれば、実現には年に数兆円の財源が必要になる。にも拘わらず、昨年末の予算編成で政府は防衛費増額の為の増税議論を先行させ、子ども関連は4月の統一地方選、衆院補選の後に先送りした。財源に関し現職閣僚の1人は「消費増税しか手が無い」と断言する。それでも首相は「消費税に触る事は考えていない」と繰り返し、消費増税には否定的だ。与党内も異論が続出しており、消費税率アップがすんなり実現する見通しは立っていない。

 経済協力開発機構(OECD)によると、子育て支援等に充てられる日本の「家族関係社会支出」(19年)は国内総生産(GDP)比の1・7%。OECD平均の半分程で、スウェーデン(3・4%)、フランス(2・7%)等には大きく劣る。そうした中、現実味を帯びている財源確保策が、年金、医療、介護、雇用の各社会保険から拠出金を集めて基金化し、少子化対策や子育て支援の財源とするものだ。

 元々は政府の「構築会議」のメンバーでもある権丈善一・慶応大学商学部教授の「子育て支援連帯基金」構想に沿った内容で、幅広い世代で子育てを支えるという考えに基づいている。内閣官房の全世代型社会保障構築本部の総括事務局長に就いた厚労省OBの山崎史郎氏も同様の主張をしており、山崎氏が同本部に迎えられたのも社会保険の一部を子育て支援に回す政策実現の下地、と囁かれている。

少子化対策に児童手当拡充は機能しているか

岸田首相も今年に入り、財源について「様々な社会保険がある」と語った。公明党の山口那津男・代表も「(社会)保険も含めて幅広く様々な財源を確保していく議論が必要だ」と発言している。 日本の各社会保険の保険料収入は年に70兆円程度。1%を子育て支援の基金に回す事ができれば7000億円を確保出来る。 

 但し、社会保険はいずれも逼迫しており、政府内にも保険料の引き上げ無しに基金は作れない、との見方が有る。厚労省幹部は「子供のいない人も、いずれ下の世代に支えられる。幅広い世代に負担を求められる上、消費増税ほど反感を買わない」と言い、与党の機運の高まりや4月にこども家庭庁が発足する事等も千載一遇の好機と捉えている。

 とは言え、保険料なら従業員はもちろん、事業主の負担も増す。経済界は警戒感を示しており、ハードルは決して低くない。仮に実現しても「異次元」と呼ぶに相応しい政策の財源としては、社会保険だけでは足りない。首相は自らの「子ども予算倍増」発言について、周囲に「将来の話なのに、来年度からの話の様に誤解されている」と愚痴をこぼしているという。そもそも、これ迄の児童手当の拡充が少子化対策としてどれほど機能して来たかはハッキリしていない。国立社会保障・人口問題研究所の21年の調査によると、夫婦が理想の数の子供を持たない理由は「子育てや教育にお金が掛かりすぎるから」が1位で、回答者の52・6%に上る。 

 一方で1世帯当たりの子供数は1・9人台。長期的には漸減傾向にあっても大きくは変わっていない。所得が低く「結婚出来ない」と考える人への対策が不可欠、と指摘される所以でもある。なのに政府の対策は夫婦の支援に偏りがちだ。もう残された時間は無い。

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