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未来の会

第31回「精神医療ダークサイド」最新事情 10年以上の入院患者4万4000人

第31回「精神医療ダークサイド」最新事情 10年以上の入院患者4万4000人
最新の認知行動療法で諦めを希望に

日本国内の精神病床数は減少を続け、病床利用率の低下も続いていることは今年6月号の本連載でふれた。とはいえ、2022年6月30日時点でも25万8920人の患者が入院しており、入院期間は1年未満が9万8610人、1年以上5年未満が8万1251人、5年以上10年未満が3万4646人、10年以上20年未満が2万5479人、20年以上が1万8933人となっている。

この中には、精神医療国家賠償請求訴訟原告の伊藤時男さん(入院期間計40年超)のように、地域で普通に暮らせる状態の人が多く含まれている。伊藤さんも11年の福島第一原発事故がなければ退院の機会がなく、今も自由のない収容生活が続いていたはずだ。その場合、通算入院期間は半世紀を超えていたことになる。こうした人の道に反する状況を放置し続けた日本という国家は今、超長期入院の高齢患者が病院で死に絶えるのを待っている。昭和の時代に民間を駆り立てて進めた隔離収容政策という愚策の責任を、国は取りたくないのだ。まさに「死人に口なし」。なかったことにするつもりなのだ。

入院期間が20年以上の患者は、17年6月30日時点で2万5776人だったので、5年間で6843人も減っている。病院関係者らの熱心な支援が実り、退院に至ったケースよりも、死亡退院の方がはるかに多いのではないだろうか。若い頃は病院から繰り返し脱走した伊藤さんも、入院が長引くにつれて「施設症に陥って、もうこのままでいいと退院を諦めるようになった」と語っている。だが、幸運にも退院できて地域で生活してみると「窮屈な病院生活なんて2度とごめんだ」と思うようになったという。

不本意な入院生活を強いられる患者たちを救おうと、今夏、滝山病院の患者支援などを続ける市民組織がクラウドファンディングで活動資金を募り、目標額を早々と達成するなど支援の輪が広がっている。しかし、これだけでは足りない。精神科病院のスタッフたちも、長期入院患者に対する「認知」を改める必要がある。そのために活用できるのが、重い統合失調症患者らを対象とした新たな認知行動療法(CT‒R)だ。

21年に100歳で亡くなった認知行動療法の創始者アーロン・ベックさんが最後に手掛けた手法で、今年5月末には、愛弟子の大野裕さんらが監訳した日本語版テキスト『リカバリーを目指す認知療法─重篤なメンタルヘルス状態からの再起—』(岩崎学術出版社)が発売された。

大野さんは、従来の認知行動療法との違いをこう語る。「うつ病や不安症などを対象とした従来の方法では、まずネガティブな感情に目を向けて、認知や行動を変えようとします。しかし、幻聴や妄想が表れている重い統合失調症の人の認知や行動を変えるのは困難です。そこでベックさんは、適応モード(生き生きとなれる行動)とアスピレーション(夢や希望など自分にとって大事なこと)に注目しました。患者さんの中にあるポジティブな面を見つけて拡大することで、リカバリー(適応モードの回復)につなげようと考えたのです」

米国でも、統合失調症患者らの長期入院や雑な地域移行が問題となっている。ベックさんらのチームは、症状が重い長期入院患者にCT‒Rを行って劇的に良くすることで、回復を諦めていた病院スタッフの認知を変えることにも成功したという。日本の精神科病院でもCT‒Rを活用し、市民との連携を図りながら退院促進を進めて欲しい。高齢患者たちのタイムリミットは迫っている。


ジャーナリスト:佐藤 光展

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