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未来の会

特別寄稿◉Expert's Opinion
危機管理投資としての病院ZEB化

特別寄稿◉Expert's Opinion危機管理投資としての病院ZEB化

日本赤十字社の先進事例が示す国家戦略的価値

日本ゼロカーボン・ウェルフェア協議会 事務局長 櫻井 勇介
特定非営利活動法人日本医療政策機構 副事務局長 菅原 丈二


いま日本の病院は、「建て替えたくても建て替えられない」壁に直面している。築40年超の老朽化病院は全国で1600施設を超え、全体の約27%に達する。現場の疲弊は限界に近いが、更新が進まない最大の理由は建設費の高騰だ。

順天堂大学が計画した埼玉の新病院では、建設費が当初の834億円から2186億円へ2.6倍に膨らみ計画断念に追い込まれた。船橋市立医療センターや広島県新病院でも入札不調が起きており、資材高・職人不足・工期延伸で負担はさらに増す。診療報酬固定で6割超が赤字の中、巨額投資の回収は見通せない。老朽化・修繕費増・収益悪化・投資不能の悪循環が地域医療を蝕んでいる。

こうした危機に対し、政府も手をこまねいているわけではない。地域医療介護総合確保基金や医療施設近代化施設整備事業に加え、2025年度補正予算では1床あたり約19.5万円の物価高・賃上げ支援や462億円規模の施設整備促進支援事業も創設された。しかし基金や交付金の多くは地域医療構想との結びつきが前提で、病床削減や再編とセットでない「老朽化による更新」は優先順位が下がる。専門人材に乏しい中小病院ほど不利で、対策も一過性にとどまる。結果、「収益低迷」「建設費高騰」「投資資金不足」という三重の制約が解けず、更新の先送りが続いているのが現状だ。

診療報酬体系は、経営維持そのものが限界に近く、急速なインフレ下で診療報酬収入を原資とした建て替えはもはや不可能な水準にある。かといって、一律引き上げも施設更新や脱炭素投資に振り向けられる保証はなく、求められるのは使途を明確に限定した投資支援の仕組みである。

医療の気候負荷とエネルギー費高騰

医療産業自体も大きな気候フットプリントを抱える。ヘルスケア・ウィザウト・ハーム(HCWH)の19年報告によれば、保健医療分野は世界の温室効果ガス排出の平均4.4%を占め、日本は約6.4%と高く、絶対量で世界第3位に達する。医学の進展が気候変動を加速させれば、現世代の健康が次世代の健康とトレードオフになりかねない。この認識から世界の医療従事者は立ち上がっている。国連気候変動会議COP26以降、Lancet等の主要医学誌が共同論説を発表し、臨床現場からのアドボカシー、自らの医療提供の脱炭素化とレジリエンス強化、地域社会への教育という3つの役割を医療者に求めている。一方、中東危機等によるエネルギー価格高騰は24時間稼働の病院の電気代を直撃し、大規模病院では年間電気代が1億円を超える施設も珍しくなく、光熱費が運営コストの約2%前後を占める。診療報酬が固定された医療機関にとって、エネルギー価格の変動は経営を直接圧迫する構造的リスクである。

日本赤十字社の挑戦と広がる好事例

こうした「投資難」と「気候・エネルギーリスク」双方の課題に応えるのがZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)だ。断熱・省エネ性能に太陽光等の再生可能エネルギーを組み合わせ、建物の一次エネルギー消費を実質ゼロに近づける手法で、光熱費高騰への耐性、災害時の自立的エネルギー供給、老朽化更新との一体投資という3点で「危機管理投資」の中核をなす。

気候変動対応を人道上の責務と捉え、医療施設の「省エネ」を気候変動対応型サステナブルホスピタルへと発展させる代表例が日本赤十字社だ。同社は23年に「気候変動対応基本方針」を、24年12月に「アクション・プラン」を策定し、26年2月に「第2版」として改訂・公開した。温室効果ガス排出削減と災害への備えを通じて命を守るという、人道支援の延長線上に施設のグリーン化を位置づけるものだ。

高知赤十字病院は19年、一次エネルギー消費50%以上削減を達成し「ZEB Ready」認証を400床クラスで国内初取得。高断熱化やマイクロコージェネレーション10台による発電・排熱利用で一次エネルギー消費を大幅削減し、災害時の自立的エネルギー供給も可能とした。松山赤十字病院は自然風・光の活用や屋上緑化で国内平均比25%超の省エネ率を実現しIHFアワード2022でGold Awardを受賞。足利赤十字病院は自然エネルギーを徹底活用し国交省モデル事業の他12年にはカーボンニュートラル大賞を受賞。福島赤十字病院は外調機ファン消費電力を約40%、那須赤十字病院は電力使用量を約12%・重油を年間約5万㍑削減した。これら5施設は新築設計から日常運用の改善まで、人道理念に基づく多様なグリーン化アプローチを示す。

同様の動きは他施設にも広がる。小田原市立総合医療センターは病院建て替えをまちづくりの文脈に位置づけ、ZEB Ready達成を目指す。河北総合病院はZEB Orientedを実現。最近の事例分析ではこれら先行施設に共通する実践知が「6つの示唆」として整理され、全国の病院が応用可能なロードマップとなっている。

政策との接点と医療界への展開

これらの実践は、高市政権が掲げる「責任ある積極財政」下の「危機管理投資」と高い親和性を持つ。政権が標榜する「健康医療安全保障」「エネルギー安全保障」「国土強靱化」において、病院のグリーン化・エネルギー自立化は具体的政策手段となる。25年に閣議決定された成長戦略でも「気候変動に強靱な保健医療システム」「保健医療部門におけるネット・ゼロコミットメント」への取り組みが明記され、医療インフラのグリーン化は国家的課題と位置づけられている。26年夏の骨太方針・日本成長戦略では複数年度予算・別枠投資枠による後押しが期待される。

さらに重要なのが、厚生労働省が進める「新たな地域医療構想」との連動だ。26年度から都道府県での策定が本格化し、27〜28年度には急性期拠点の集約・再編協議が全国で活発化する見通しで、この再編に伴う施設更新のタイミングこそ、グリーン化とエネルギー自立性を組み込む最大の好機となる。地域医療介護総合確保基金による再編支援と環境省・国交省のZEB補助の複合活用により、危機管理投資と地域医療再編を同時に実現する政策の好循環が現実味を帯びつつある。

もっとも、医療・介護業界は気候変動による健康被害の「被害者」であると同時に、膨大なエネルギー消費で温室効果ガスを排出する「加害者」でもある。この二重の課題に向き合うため、24年9月に5つの医療法人グループと脱炭素企業UPDATERは日本ゼロカーボン・ウェルフェア協議会を設立した。

病院のグリーン化に関わる補助制度は複層構造で、環境省は新築・既築の「ZEB普及促進事業」や既築改修の「脱炭素ビルリノベ事業」を、経済産業省は大規模新築(1万㎡以上)の「ZEB実証事業」を担当し、病院建て替え自体は厚労省が基金等で支え国交省はまちづくりとして位置づけるという省庁横断の課題である。

先述の小田原市立総合医療センターのように、複数省庁の補助を組み合わせれば数十億円規模の財源確保も可能だが、制度の複雑さは中小病院にとって障壁だ。求められるのは、厚労省を一義的な窓口とする省庁横断的なワンストップ支援であり、その具体策がかつての「医療施設近代化整備事業」の再整備だ。単なる老朽施設の更新支援に戻すのではなく、交付要件にZEB水準の達成など未来を見据えた性能基準を組み込む。新たな地域医療構想に伴う施設更新が全国で本格化するこのタイミングで要件付き補助金を整備することこそ、多くの医療機関の脱炭素化を一気に押し上げる鍵となる。

日本赤十字社の取り組みは、病院建て替えを「消極的更新」から「気候変動対応・エネルギー安全保障・経済的レジリエンス・災害時医療継続性を同時実現するグリーン化投資」へと再定義するパラダイムシフトの象徴だ。新たな地域医療構想による施設再編の波が本格化する今こそ、三重の制約を突破し、省庁の壁を越えた政策の好循環の中で医療界全体の横展開を加速させる時機である。

 

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