
AI成長と円安が収益を下支え、生活者に必要なのは物価抑制
企業経営を巡る環境は、イラン情勢の緊迫化を背景にした原油価格の急騰に伴う物価上昇等、必ずしも良好とは言えないが、業績については嘗て無い程好調な状況だ。その一方で、普段の生活が楽になった実感は乏しい。好調な企業業績と景況感との乖離は、何故生じているのだろうか。
当初はイラン情勢とAI過剰投資懸念で不安台頭
2026年春以降の日本経済は、先行きの景気に対し不安が渦巻いていた。2月末に起きた米国とイスラエルによるイランへの攻撃で、ホルムズ海峡が事実上封鎖となり原油価格が急騰。日本は物価上昇に苦しんでいたが、原油高と円安のダブルパンチで原材料価格が押し上げられ、企業はコスト高に苦しむと思われていたからである。
当然、そこで予想されるのは販売価格への転嫁である。モノの値段が上がれば、消費低迷を招き景気は落ち込む。一方で、物価上昇はインフレ圧力となって金利上昇を招く。折しも昨年誕生した高市政権は積極財政を掲げており、金融市場では財政への不安が生じて金利の先高観が強まっていただけに、個人の住宅ローン、企業の借入金等、ジャンルを問わず、金利負担の増大が懸念された。これも景気を圧迫する理由となった。一方で、これ迄景気をリードしてきたAIに関しても、急速な成長に疑義が生じる様になっている。AI市場に対する期待は大きく、関連企業は利益を急拡大させてきたものの、計画中のものも含めて、これ迄の巨額な投資に見合うだけの利益を確保出来るか不安が生じているのだ。
AIそのものについては、事業の性格や市場のニーズを踏まえれば、原油価格や金利の上昇が業績に直接影響を受けるとは言い難い。その為、世界の株式市場に於いてイラン情勢が緊迫化し、不安心理が高まる中にあっても、AI関連株は資金を呼び込み、株価をリードしてきた。しかし、世界的に景気が落ち込んだ場合、話は別になる。企業がAI関連投資を抑制気味にすれば、巨費を投じたデータセンター等の資金回収が思う様に行かない。嘗てのITバブル崩壊の様な事態が懸念され出したのだ。
この様に、一般的な製造業やサービス業等ではインフレと景気悪化への懸念が強まる中、成長の牽引役と目されていたAIや、その成長に伴い需要が急増してきた半導体関連企業には、過剰投資への不安が生じていた。こうした中、イラン情勢が最も警戒された3〜4月は、日本企業で最も多い3月期決算企業にとって新年度の事業計画を立てる時期でもあった。イラン情勢が落ち着くにつれ株価は急速に切り返し、日米共に最高値を更新したが、緊迫化が再燃して原油価格が上昇すると共に急反落に見舞われ、業績に対する不安は再び高まった。
予想を上回り今期収益見通しは上方修正続出
ところが、27年3月期の滑り出しとなる第1四半期(4〜6月)の決算を見ると、そうした懸念が杞憂となった印象が強い。とにかく、発表された四半期決算は全体的に好調そのものなのだ。
東証に上場企業が集中するプライム市場では、決算月が3月の上場企業が約70%を占めている。そのスタートとなる第1四半期終了時点で、期初に提示した予想に対する業績進捗状況を確認すれば、今年度の見通しが明るいか暗いかを判断する事が可能だ。
日本経済新聞社が纏めた3月期決算の東証プライム上場企業(親子上場等を除く)27年3月期の純利益予想によると、前年対比で14%増と6年連続で最高になる見通しという。この増益率は期初の5%増から上振れしており、少なからずの企業が上方修正に踏み切ったのである。
株価はこうした実態を評価する形で、決算発表シーズン中の7月末から8月中旬に掛けて戻りを鮮明にした訳だが、指標として株価水準の目安となる日経平均の1株当たり利益は、決算発表直前の7月23日に3671円だったのが、8月10日には3866円まで上昇。株価の適正水準を測る尺度のPER(株価収益率)は、日経平均最高値を付けた6月には18倍台だったが、決算発表が一巡した8月中旬には17倍台に低下、株価の割高感が薄れた格好となった。
業績好調の背景を探ってみると、AI・半導体の収益実態が想定以上の伸びを示した事で、これ迄の過剰投資ではないかという疑念が後退した事が第一に挙げられよう。少なくとも、現段階で成長過程にある事が関連企業の発表した業績で裏付けられた。
又、半導体関連以外の輸出企業にとっては、想定以上の円安(1ドル=150〜160円の動き)となり、円建ての利益を大きく押し上げた事が見逃せない。更に、デフレ下では顧客に通し難かった価格転嫁(値上げ)が進み、これが原材料高等の仕入れコストを吸収し、利益率の向上に繋がった。外注費や電力燃料費の削減、在庫管理の徹底といった企業努力も見逃せない。その他、昨年に見られたトランプ関税等の悪影響が和らいだ他、円安は引き続きインバウンド需要をもたらした事が注目される。
如何に企業業績が好調かという事は、実際に発表された決算の数字だけでなく、企業の開示姿勢からも読み取れる。収益見通しを高く出して、後で予想を下回ってしまうと印象が悪くなり、期待で株価が上昇した分、失望感から反動安に見舞われてしまう。そうした失態を避ける為に、企業予想を公表する際には保守的な見通しとするのが一般的だ。
だが、今回の第1四半期では様相が異なる。3月期決算企業の5社に1社が上方修正を実施。例年だと、滑り出しは好調でも上半期の数値公表まで様子見するケースが多い。これ程多くの企業が上方修正した事は珍しく、それだけ好調である事を示す。
好決算と景気実態の乖離を埋めるものは?
この様に、企業業績に関しては明るいムードに包まれているが、生活者はそれを実感する事が出来ず「本当に景気って良いの?」と思っている人も多いのではないか。
景気の尺度となるマクロ経済指標を見ると、景気を推し測る実質GDPは年率1・4%増と3四半期連続のプラス成長を維持。しかし、市場予想を下回り、その内容も内需の弱さが目立っている。
プラス成長となった主な要因について考えると、輸出が小幅に増加した半面、輸入が減少した事による外需のプラス寄与が大きい。本来であれば、景気が良くなると生活者の財布の紐が緩み、国内でモノの消費が活発になる。その結果、輸入が増える。しかし、現状は輸入が減少した為に成長率が押し上げられた格好となっており、本質的に景気が良い状態とは言えない。
実際、景気を最も大きく左右する項目で、内需の柱となっている個人消費(民間消費)は、この間、前期比で微減(0・1%の減少)と低迷している。財布の紐が緩んでいるどころか、生活者は紐を固く締めている実態が、統計にも現れているのだ。
更に、好業績を牽引しているのは価格転嫁を比較的容易に進められる大企業だ。下請け等弱い立場にある中小企業や、末端で商品を購入する家計は、物価高の負担を直接受ける。特に家計では生活必需品の値上げが賃上げの実感を上回っている状況で、実質購買力の低下を招く。給料が上がっても、それ以上に物価が上がれば、購買意欲が増す筈も無い。
その結果、仕入れコストの上昇を反映する価格転嫁は、企業の利益や名目GDPを押し上げるものの、国内市場では販売数量の減少を伴っている為、現場では好景気を実感出来ない事に繋がるのである。
この解決策としては物価抑制の他、物価上昇を上回る給与所得の上昇となろうか。只、コストを抑えて一段の業績向上を目指すのが企業の姿勢である為、労働法制の思い切った改正や労働関係の補助金の設定など荒療治でもしない限り、構造的な問題が絡む故に簡単に給与を上げるのは難しい。
一方、現在の物価高は原油など原材料価格の高騰も大きな要因である事から、原油価格を低下させるイラン情勢の落ち着きが朗報となる。加えて円安も物価高を助長させる為、日米金利差の縮小による円高転換を促す日銀の利上げが待たれるところ。原油高と円安の修正が一番の薬となるのである。


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