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未来の会

「日本の研究」が危ない

「日本の研究」が危ない
やはり起きた「有期雇用10年の壁」で研究者大量に雇い止め

日本の研究を支えて来た全国の大学や研究機関の研究者たち数千人が今春、「雇い止め」に遭った可能性が浮上している。2013年4月の労働契約法改正から10年が経過するのを前に、大学や研究機関が有期雇用となって10年を迎える研究者との雇用契約を3月末で打ち切った為だ。安定した環境で打ち込んでこそ、成果を出せる研究。雇い止めに遭った研究者からは「使い捨てだ」との声も上がる。日本発の影響力の有る論文が減少し、研究不正も繰り返される昨今、不安定な雇用環境が続けば、日本の研究力は下がる一方だ。

 「10年前から懸念されていた事態がついに起きてしまった。これ迄政府は何の手立ても打って来なかった。このままでは研究の道を志す若手は減る一方だ」と憤るのは、40代の研究者だ。地方の大学で8年ほど非常勤講師を務めるが、正規職員として雇用される予定は今のところ無い。「後2年で『10年の壁』を迎える。正規雇用される見込みは薄く、雇い止めされる恐れは常に感じている」と言う。

 この研究者らが話す「10年の壁」は、13年4月に改正された労働契約法に端を発する。「この改正により、3カ月や1年など契約期間に定めが有る、所謂『有期雇用』で雇用された労働者は、5年を超えると契約期間の定めが無い無期雇用への転換を職場に求める事が出来る様になった。長期間のプロジェクト等が多い研究者は、特例としてこの期間が10年と長く設定されたが、それも23年4月で10年が経過する事となったのです」と解説するのは、労働問題に詳しい全国紙記者だ。

 有期雇用5年(研究者では10年)を超える労働者が無期雇用への転換を希望すれば、職場はそれを拒否出来ない。「法改正に当たり、国は、不安定な有期雇用で働く労働者を長く働ける無期雇用に転換する事によって、労働者の仕事の安定が図れ、企業の使い捨ての防止が進むと説明していた。しかし実際には、5年間(10年間)好きな様に使える、企業に都合の良い労働者が増えただけだった」(同)。上限(5年、または10年)を前に雇用を打ち切られ、無期雇用への転換を言い出す権利が得られない「雇い止め」が増え、法改正の目的である無期雇用への転換は思う様に進んでいないという。

国内屈指の研究所でさえ……

 日本を代表する研究機関である「理化学研究所」(埼玉県和光市)の労働組合によると、同研究所では3月末に「10年」を迎える有期雇用の研究者が203人おり、その内の97人が「雇い止め」に遭った。残る106人は「理事長特例」等で雇用が継続されたが、研究室を移らざるを得なかったり、事実上の降格をされたりした人も居た。

 「理研の研究系の職員は有期雇用が約8割を占めており、『10年の壁』を不安視した理研の労働組合は以前から理研側に対応を求めて来た。こうした求めに対して理研は新たな公募制の人事制度を示したが、無期雇用を求める研究者の希望が叶う制度ではなかった。国内屈指の研究機関で働く優秀な研究者故に、不安定な先行きや理研側の対応に腹を立て、10年を待たずに組織を去る選択をした研究者も多かったと聞きます」(前出の記者)

 組合から追及され、世間からの風当たりも強まっていたにも拘らず、何故理研は雇い止めをせざるを得なかったのか。背景に在るのは、人件費の問題だ。国立大や理研の様な国の研究機関への交付金は年々、減少傾向にある。無期雇用が増えれば、人件費を確保出来なかった時、契約を切り難くなる。組織にとっては、無期雇用の労働者の方が都合が良いのだ。

 こうした状況は、他の組織でも変わらない。文部科学省の昨年9月時点の調査では、今年3月末に10年を迎える全国の大学や国立研究開発法人の研究者は全国に約1万2000人居たが、無期雇用に転換が見込める人は44・7%、無期転換への契約を結ぶ予定の有る人は3・9%で、合わせても半数に満たなかった。

 「確かに、あらゆる研究の全ての価値が高く、成果が出ているかといえばそうではない。国の税金に頼っている以上、成果が求められるのは当然だ。ただ一方で、多くの研究は数年では結果が出ないものも多く、粘り強く続ける事でやっと芽が出るんです」と話すのは、国の研究機関の元職員だ。「雇い止めに遭う不安と隣り合わせの研究者は、研究の傍ら、次の職場を見つける為の準備をしなければならない。結果として、研究に身が入らない事になり、成果を出すのが難しい悪循環に陥ってしまう」と元職員は研究者の現状に危機感を露わにする。

悪質な「論文不正」も頻発

「結果を出す」事に拘る様になると横行するのが、「論文不正」だ。山口大学大学院では、医学系研究科の男性教授が執筆した論文6本に、画像データを加工する等の改竄の疑いが指摘されている。5月24日にこれを報じた毎日新聞によると、6本の論文は欧州分子生物学機構や米国微生物学会等が出版する国際学術誌に掲載された生物のタンパク質に関する論文で、実験結果を示す画像に切り貼りや一部を消去した様な不自然な跡が見つかったという。

 4月には岡山大が会見を開き、同大学学術研究院医歯薬学域の神谷厚範教授を懲戒解雇にしたと発表。同教授が19年に『ネイチャーニューロサイエンス』電子版に発表したがんの新しい治療に関する論文に、100箇所以上の実験データや画像の捏造が認定された為だ。同大は3月にも、別の大学で教授を務めていた吉岡伸一名誉教授が、岡山大学在籍中に2つの論文で他の研究者の論文を盗用していた事を発表している。

 「論文不正は論外だが、そもそも日本の研究力が下がっているのは事実だ」と指摘するのは、科学ライターだ。文科省の資料によると、論文引用数が多い〝注目度の高い科学論文数〟の国別順位(分数カウント法による)を見ると、98〜00年(平均)は日本は4位だったが、08〜10年(同)では6位に後退。18〜20年(同)では12位と、トップ10から陥落してしまった。ちなみに、98〜00年と18〜20年のトップ10の顔ぶれを比べると、中国(18〜20年で1位)とインド(同7位)が入った他は、後の8カ国は変わらない。代わりにトップ10から消えたのは日本とオランダで、12位の日本は韓国(11位)にも抜かれてしまった。

 前出の科学ライターは、このランキングを「当然の事」と受け止める。世界では論文の数がどんどん増えているのに、日本から出る論文の数は年々減っているからだ。「この3年間、新型コロナウイルスが世界を震撼させましたが、中国や欧米からは様々な新型コロナに関する論文が出たのに、日本から出た論文はとても少なかった」

 当然、研究機関としての日本の大学の価値も下がり続けている。世界の大学を評価するランキングで、日本の大学の存在感は低下傾向だ。様々な指標の様々なランキングが存在し、中には一定の評価を受けているものも有るが、東京大学や京都大学といった日本のトップの大学を探すのが精一杯だ。日本のメディアは毎年秋になると、ノーベル賞の受賞者予想に余念が無いが、「そうした〝風物詩〟も数年後には無くなるのではないでしょうか。日本人がノーベル賞を受賞する事自体が、極めて珍しくなる時代が直ぐそこ迄来ています」とこの科学ライターは予想する。

 政府は〝リケジョ〟(理系女子)を増やす等の一定の取り組みはしているが、研究力の底上げにはとても足りない。大学の統廃合を進めて集中的に資金を投下する等の抜本的な対策が必要だろう。

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