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未来の会

「眞善美」を礎に、次代を拓く
~広く世界に目を向け、個性と実行力を育む~

「眞善美」を礎に、次代を拓く ~広く世界に目を向け、個性と実行力を育む~
松田 剛明(まつだ ・たけあき) 1967年東京都生まれ。93年東京慈恵会医科大学卒業。同大附属病院で研修後、東京大学大学院博士課程を修了。ハーバード大学、コーネル大学への留学経験を持ち、救急医療の現場感覚と国際的な視野の双方を培ってきた。2002年杏林大学救急医学教室助手。05年から同講師として救急初期診療チームの立ち上げ・運営に携わり、08年杏林大学救急医学教室准教授、11年教授。22年杏林学園理事長就任。専門は重症感染症、敗血症性ショックの病態生理に於ける免疫反応、北米型ERの管理・運営。医学博士、救急科専門医・指導医。日本救急医学会、日本外科学会等に所属。

今年、創立60周年という節目を迎えた杏林大学。2025年度に始動した第6次中期5カ年計画では、「多彩な人材が集う人間性にあふれた大学を目指して」を掲げ、教育、研究、医療、社会連携、経営等の全方位で改革に取り組む。少子化やAI、国際化、地域医療——大学を取り巻く環境が大きく変化する中、学生、地域、社会から「選ばれる大学」を如何に実現していくのか。救急医療の最前線に立ち続け、海外での研鑽も重ねてきた松田剛明理事長に、杏林大学が大切にしてきた理念と、その先に描く将来像を聞いた。


——創立者である松田進勇先生、前理事長の松田博青先生から、どの様な理念を受け継がれましたか。又、建学の精神「眞善美の探究」を学園運営にどう生かしておられますか。

松田 「眞善美の探究」は、杏林学園の出発点であり、今も学園運営の礎です。「眞」は、真実を追究する姿勢、「善」は、倫理観を持ち、人の為に尽くす心、そして「美」は、自然を愛し、他人を尊重し、美しい風格の有る人間性を育む事です。「美」については、私なりの考えですが、医療や研究をより正確に、患者さんに負担の少ない形で実践しようとする事も美意識だと捉えています。理念は普段、目に見え難いものですが、学園の運営、病院の在り方、学生へのメッセージ、教職員の姿勢迄、全ての根底に息づいていなければならない。効率や技術が重視される時代だからこそ、学生達には、武蔵野の緑豊かな環境の中で自然に触れ、人と関わりながら、人間としての幅を広げ、豊かな感受性と品格を身に付けて欲しいと思います。

救急現場で培った経験を大学運営の力に

——救急医療の現場でのご経験は、大学運営にどの様に生かされていますか。

松田 私は最初、外科で研修を始めましたが、特定の疾患を診療するよりも、様々な患者さんが突然運ばれてくる中で、病態を見極め、重症度を判断しながら対応する救急医療のダイナミズムに強く惹かれました。大学運営でも、日々様々な課題が生じますので、全体を見て状況を正確に把握し、優先順位を付けて決断する事が重要です。救急医療を通じて培った姿勢は、理事長としての様々な判断にも生きていると感じています。

——杏林大学は、長年に亘り救急医療に力を注いできました。「杏林の救急」についてお聞かせください。

松田 杏林の救急医療の原点は、1979年に救急医学教室と救命救急センターを開設した事に有ります。当時は交通事故による多発外傷の重症患者が非常に多く、一方で新宿以西にはそうした患者さんを受け入れる救命救急センターが無く、東京都からの要請で杏林大学医学部付属病院がその役割を担う事になりました。私の父である松田博青前理事長は、元々消化器外科が専門でしたが、救急医療に軸足を移し、救命救急センターの立ち上げに踏み切りました。私自身も2002年から救急の現場に長く携わり、06年に1・2次救急初期診療チーム(現在の救急総合診療科)を立ち上げました。更に時代と共に救急医療の姿は変わり、交通事故による重症外傷は以前より減った一方で、高齢化の進行に伴い、基礎疾患を幾つも抱えた重症患者さんが増えてきました。その為、26年には1・2次から3次救急まで救急総合診療科がシームレスに受け入れる体制に構築し直しました。又、当科は若手医師や研修医、医学部生が、内科診断、外科診断、初期対応を幅広く学べる教育の場でもあります。患者さんの話を聞き、状態を観察して、聴診し、必要な検査を考え、この症状から何が疑われるのかを自分で組み立てていく。そうした鑑別診断の力は、医師としての土台になるものです。私は今でも高度救命救急センターのセンター長を兼任していますが、本センターは救急外来(ER)から集中治療(EICU)迄を一元的に担う体制を構築しています。又、蘇生、外傷、敗血症、災害医療等、救急医療が扱う領域は非常に広く、各診療科とも連携しながら、重症患者に対して集学的治療を行っています。更に、指肢切断、急性薬物中毒等、他では対応が難しい重篤な救急疾患を受け入れる「最後の砦」としての役割も担っています。救急医学は本邦では比較的新しい分野ですが、診療・研究体制の充実を通じて、日本の救急医療の発展に貢献したいと考えています。

——立正佼成会附属佼成病院の事業を承継し、杏林大学医学部付属杉並病院を開設されました。

松田 旧佼成病院には、以前から杏林大学から医師を派遣する等、長く関わりが有りました。三鷹の本院は高度医療と救急医療を両立してきましたが、地域医療を支える新たな拠点を設け、大学病院としての医療提供、人材育成、研究の幅を広げる必要が有ると考えていました。そうした中、立正佼成会から事業譲渡の申し入れを受け、24年4月に杏林大学医学部付属杉並病院を開設しました。承継に当たっては慎重な検討を重ねましたが、旧病院は地域にとって重要な医療機関であり、その役割を引き継いで大学病院として更に発展させていく事には大きな意義が有ると判断しました。杉並病院は現在、340床、29の標榜診療科を備え、東京都指定2次救急医療機関として24時間365日の救急診療にも対応しています。又、東京都から地域医療支援病院の承認を受け、災害拠点病院としての役割も担っています。そして、地域包括ケア病棟を設け、急性期医療から在宅等への復帰迄、地域の医療機関やかかりつけ医と緊密に連携する体制を整えています。更に、スマートフォンやスマートウォッチに蓄積された健康情報をクラウドを通じて活用し、日常の診療に役立てる次世代型「スマートウォッチ外来」の導入等、新しい取り組みも積極的に進めています。今後、2つの病院がそれぞれの役割を果たしながら、患者さんの受け入れ・紹介、人材育成、研究等で連携し、互いに補完し合い、東京西部の医療を支えていきたいと考えています。

AI時代だからこそ、人間力を問う

——医学部、保健学部、総合政策学部、外国語学部を擁する総合大学として、杏林大学の強みをどう捉えておられますか。

松田 私は学生時代から「大学とは、色々な人が集まり、異なる価値観や専門性が交わる場であって欲しい」という思いを持っていました。特に、医療系と人文社会科学系の学部が同じ大学に在る事は、大きな意味が有ると考えています。医療は、高度な医療技術だけで完結するものではありません。患者さん一人ひとりの背景には、地域、制度、家族、文化、言語、経済等、様々な社会的要素が有ります。患者さんはどの様な環境や社会の中で暮らしているのかという視点を持つ事で、医療そのものへの理解も深まります。杏林大学には、こうした異なる視点が交わる土台が有ります。医学部に加え、保健学部では臨床検査、看護、臨床工学、救急救命、リハビリテーション、診療放射線、健康福祉、臨床心理といった医療を支える幅広い分野を学ぶ事が出来ます。又、総合政策学部では政治、経済、経営、法律、国際関係等を、外国語学部では言語や観光交流文化等を学びます。こうした専門性は、それぞれの学部の中だけで完結している訳ではありません。例えば、大学院の国際協力研究科では4学部の教員がそれぞれの専門性を持ち寄り、医療・保健だけでなく、法律、政治、経済、文化、言語等を組み合わせて国際課題を考えています。そして、地域総合研究所では、4学部の学びを生かして、地域振興や健康寿命延伸、地域防災など複数の専門分野を必要とする地域課題に取り組んでいます。


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