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未来の会

世界初のデジタル薬事業の「異変」で揺れる大塚製薬

世界初のデジタル薬事業の「異変」で揺れる大塚製薬
巨額買収の成否握る認知症関連薬の開発は視界不良

2017年11月、米国食品医薬品局(FDA)からデジタル薬で世界初の承認を獲得したのが大塚製薬だ。センサーなどデジタル技術を薬に内蔵させたデジタル薬は、製薬の世界を変える先端薬だが、この栄冠事業の足元が揺れ始めている。

 大塚の重要な開発提携先の米プロテウス・デジタル・ヘルスが資金調達に失敗し財政難に陥った。年明けには従業員にリストラを通告した。

 大塚がプロテウスとの間で18年10月に結んだ共同開発契約を解消し、プロテウスの技術使用権を買い取り今後は独自に開発をする事になったと米国の報道は伝える。事実なら契約期間は5年だったから、4年近く残しての期限前解消は異例だ。

 「提携内容の変更であって解消ではない。関係は続いている」と大塚は苦しい説明をするが、米国報道を半ば認めたも同然だ。

 大塚が将来戦略の柱の1つとして喧伝してきた事業の肝となる提携の大変更ともなれば、対外発表すべき情報のはずだが、事実自体を大塚は未だ公表していない。

実際の販売は厳しい

 デジタル薬の開発ではスイスのノバルティス等巨大製薬企業、グーグルなどデジタル業界の巨人等が名乗りを上げている。その中で先述のように製品実用化の一番乗りを果たしたのが、大塚の「エビリファイマイサイト」だった。

 マイサイトでは、大塚の抗精神病薬「エビリファイ」という錠剤の中に砂粒ほどのセンサーが入っている。これを患者が飲むと胃の中で薬が溶けだし、出てきたセンサーが胃液に反応して患者の体に付けた小さな検出機器に信号が伝わる。データは携帯アプリを通じて、患者の許諾があれば、医師や介護関係者等にも情報が共有される仕組みだ。

 医師の処方通りに患者が薬を飲まない事は医療界の積年の課題だ。治療効果が上がらず病気の再発・悪化に繋がる上、カネの無駄使い、医療費が膨らむという医療経済上の問題も大きいからだ。

 患者の服薬改善という課題解決の期待を帯びて開発が進められてきたのが、このデジタル薬だった。服薬の有無や服薬時間が分かるだけでなく、実際の服薬データが蓄積され、その膨大なリアルワールドデータが活用できれば、患者目線の服薬改善や薬剤開発に繋がる可能性がある。

 プロテウスはデジタル薬に特化したシリコンバレーのスタートアップ企業。ノバルティス等とも早くから提携してきた。これまでスタートアップでは破格の5億㌦もの資金調達を実現し、一時は15億㌦の企業価値が付いた事もある、その道では有名企業だ。

 大塚との関係は11年まで遡り、12年には最初の提携を結び共同開発を開始した。15年に出した最初の承認申請は却下されたが、17年5月にデータを補強し再申請、同年11月に世界初承認に漕ぎ着けた。6年の歳月がかかる難産だった。

 18年10月には5年契約、精神領域で幅広く、開発・商業化で手を組む提携拡大に発展。大塚が出す一時金8800万㌦(約100億円)以外には契約条件は未公表だが、英経済誌『フィナンシャル・タイムズ』は関係者の発言として「5億㌦から7億㌦」の金額に値すると報じた。

 それほどの蜜月関係のわずか1年での急暗転。大塚には想定外のプロテウスの財政難が生じたのは事実だが、大塚が提携の実質解消の荒療治になぜ出たのか、疑問は残る。

 大塚ホールディングス(大塚HD)という上場企業の中核企業として、安易な資金援助は難しいだろうが、将来の重要戦略の実現を担うパートナーの救済は「大義名分」になり得る。それでも、その選択肢をとらなかった背後には大きな理由があるはずだ。

 推測するしかないが、デジタル薬事業を取り巻く想像以上に難しい現実がその根っこにありそうだ。

 患者や医師、医薬品の償還(代金支払い)に関わる保険会社・PBM(薬剤給付会社)等、米国医療現場での受け入れは難航している。

 服薬を嫌がる精神神経疾患患者などにとって機器まで付ける治療は煩わしい。データ処理や指導等に仕事が増えても、もらえるカネが増えない医師にもメリットは見えない。保険会社等にとってもデジタル薬は旧来の薬剤よりも価格が高くなるが、その効果は未知数で償還には直ちに積極的にはなれない。

 承認時にデジタル薬の有効性・安全性は審査されるが、実際の臨床現場で効果があるかどうかは、本当はやってみないと分からない。

 まずは二の足を踏む医療現場で使ってもらう事が最優先。これなしにはその効果を示すエビデンスも集められず、普及に弾みがつかない。

 デジタル薬の販売状況を聞かれ、「まだ販売額はごく小さい」と、大塚のトップは繰り返してきた。大塚は18年8月に米国の中堅リージョナル保険・PBM会社のマゼランヘルスと販売提携したが、本格的な販売開始は19年からだ。

 大塚は「デジタル薬は継続する」と強調し、風穴を開けることに懸命だが、デジタル薬市場の将来は視界不良だ。それが今回の異変に関係している可能性は小さくないだろう。

勝算なき治験続行

 大塚にはのどに刺さったもう1つのとげがある。精神神経疾患の候補治療薬「AVP‐786」の開発の行方だ。

 このうちアルツハイマー型認知症(AD)患者に起こる攻撃性等の行動障害を対象にした臨床試験3相(P3)で19年3月、同年9月に相次いだ2つの試験結果は良くなかった。

 大塚は昨年11月12日に残った3本目のP3試験を継続、20年度中に「成功確率を上げるために」追加試験も開始する方針を打ち出した。

 1000億円程度の発生可能性を一部が指摘する減損については「処理の必要性はない」(大塚HDの牧野祐子・取締役)と大塚は言うが、市場の不安はなおくすぶり続ける。

 2本やってうまくいかないのに3本目がなぜ成功するのか。この疑問に対し大塚も答えに窮す。

 米国では20年半ばにもライバル薬の最終治験結果が出る予定。大塚の3本目の結果が分かるのが21年半ばだから、同疾患治療薬で世界初承認の栄冠を失う可能性も出ている。

 実はこの開発薬は、大塚が15年に約4200億円を投じ買収した米アバニアのもの。この買収で得た既に上市済みの情動調節障害治療薬「ニューデクスタ」では不適切販売の嫌疑で米国司法省と和解。前期に130億円の費用を計上、販売額も1000億円の期待額には程遠い。アバニア自体が20年度に140人のレイオフを実施する計画だ。

 ニューデクスタと並び買収価値の大半を占める大型候補薬「AVP‐786」がAD行動障害の開発でこければ、過大投資と悪評判の巨額買収は完全失敗の烙印が押される。

 大塚製薬と大塚HDで通算社長歴19年に及ぶ樋口達夫体制にとって表面上の好決算に浮かれてはいられない、正念場はまだ続く。

 

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