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オプジーボ「50億円」訴訟が突き付けた「産学連携」の難しさ

オプジーボ「50億円」訴訟が突き付けた「産学連携」の難しさ
企業と大学の研究開発における契約はどうあるべきか

ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑・京都大学特別教授が、癌免疫治療薬「オプジーボ」の特許使用料の支払いを小野薬品工業(大阪府大阪市)に求めた訴訟が11月、大阪地裁で和解した。本庶氏が当初求めたのは約262億円だが、解決金として本庶氏に支払われるのは50億円。ただ、小野薬品は、京大の若手研究者を育成する為の基金に230億円を寄付する。専門家からは「産学連携の推進に二の足を踏む解決にならなくて良かった」との指摘も上がる。

 今回の訴訟が提起されたのは2020年6月の事だが、本庶氏と小野薬品の争いは10年程前にさかのぼる。争いの種となったのは約15年前に結んだ発明対価を巡る契約だ。

 「オプジーボ開発の元になった発明は、本庶氏のチームが1992年に発表したものです。小野薬品と本庶氏が共同で特許を申請し、それが今のオプジーボの巨額の売り上げに繋がっている」と解説するのは、医薬品業界を取材する在阪記者だ。本庶氏のチームが発見したのは、体の免疫反応にブレーキを掛けるたんぱく質。オプジーボはこのたんぱく質を別の物質とくっ付ける事で、免疫にブレーキを掛ける作用を外す。

巨額の売り上げを誰も予測出来なかった

 これ迄の抗癌剤は薬剤が直接癌細胞を殺したり癌細胞の増殖を防いだりした為、その過程で正常な細胞も殺してしまう事が問題となってきた。一方オプジーボに代表される「癌免疫治療薬」は、癌を攻撃する免疫機能に癌細胞がブレーキを掛けてしまうのを外す働きを持っている画期的な薬剤だ。小野薬品は2014年に、メラノーマ(悪性黒色腫)の治療薬として製造販売の承認を受けた。↖その後、非小細胞肺癌や腎細胞癌と、適応範囲を広げて今に至る。患者数が圧倒的に少ないメラノーマで申請し、その後に適応範囲を広げた手法は、問題がある事は指摘される。

 「小野薬品の21年3月期のオプジーボ関連売上高は、約1800億円。発明というのはそういうものかも知れないが、当初は誰もこれほど迄の巨額の売り上げになるとは予測出来なかっただろう」と同記者。実際に、06年に本庶氏と小野薬品が結んだ特許に関する契約では、小野薬品が外部から得る特許使用料の1%を対価として本庶氏に支払うとなっていた。当時はまだ、この発明が治療薬となって実用化されるかどうかは分からなかった為だ。

本庶氏の発明に賭けた小野薬品

 本庶氏が更なる対価を求めて契約内容の修正を求めたのは、オプジーボの実用化が見えてきた11年頃。14年にオプジーボを発売した小野薬品は、オプジーボの類似薬である「キイトルーダ」を販売した米製薬会社メルクを特許侵害と訴える。その際、この訴訟に協力する見返りとして、修正を求める本庶氏に見直しを提案したのだ。本庶氏の協力も有り、小野薬品とメルクの訴訟は17年に和解。ところが、その後に小野薬品が本庶氏に提示した「メルクからの特許使用料の1%を支払う」という通知を巡り、今度は本庶氏が「約束が違う」と小野薬品を訴えた。

 「小野薬品は国内の製薬企業では決して大手ではない。本庶氏は、自身のチームの発明を実用化する為様々な企業に協力を依頼したが、どこも名乗りを上げず、小野薬品だけが応じたと聞く。小野薬品は海のものとも山のものとも分からない発明に賭けた訳で、良くやったなと業界では美談として伝わって来た」と製薬企業関係者。それだけに、当初は本庶氏と小野薬品の関係も良好だった。「それが訴訟に迄発展してしまう所に、発明対価を決める難しさが有る」と製薬企業関係者は渋い表情を浮かべる。

資金不足の大学と企業の連携は不可欠

 発明の対価を巡る最も有名な訴訟は、やはりノーベル賞(物理学賞)を受賞した中村修二氏と日亜化学工業の「青色発光ダイオード(LED)開発訴訟」だろう。日亜化学工業の社員だった中村氏は、特許権が会社ではなく自分の側に有る等として、約200億円を求め会社を訴えた。訴訟は、会社側が中村氏に発明対価として約8億円を支払う事で05年に和解している。米国ではあり得ない金額での解決だ。

 中村氏の場合は、企業の研究開発を巡り、社員と企業が分け前を巡り争う訴訟だったが、本庶氏の場合は、研究の場は京大医学部という大学である。それだけに「今回の訴訟は、大学と企業という産学連携での契約はどうあるべきかという課題を突き付けた」と大学関係者は指摘する。全国の大学や大学院の大半は研究資金不足に悩んでおり、国からの更なる支援も望めない昨今は、「企業との連携が欠かせない」(大学関係者)のが現状だ。 しかし、企業が求めるのは、基礎研究よりも実際に「成果」が実社会で見えやすい研究。特に、オプジーボの様な新薬開発の分野では尚更だ。日本製薬工業協会によると、新薬の候補になる化合物のうち、実際に薬になるのは約3万分の1。画期的な物質が発見されても、それが実際に薬になる確率は途方もなく低く、しかも商品化迄には十数年の長い歳月が掛かる。オプジーボの場合も、本庶氏の発見から薬事承認迄には20年以上掛かっている。開発が成功するか分からない研究に向けた産学連携の壁は高く、まして大学や研究者側に相応の利益を与える契約を結ぶのは容易ではない。

「将来に亘る対価」の評価は困難

本庶氏の場合、結果として発明は大化けし、多くの癌患者が救われただけでなく、18年にはノーベル生理学・医学賞という名誉も受けた。研究の価値が、ノーベル賞という形で認められた格好だ。だが、全国で多く行われている産学連携は、必ずしも満足な成果が出せている訳では無い。

 前出の大学関係者は、今回の和解の内容に注目する。「本庶氏はかねてより、若手研究者の研究環境が恵まれていない事に危機感を表明して来た。法廷でも、『将来、京大の若い研究者が育つには資財を獲得する必要があった』と証言している。今回の和解で本庶氏への解決金が50億円に留まり、230億円が基金への寄付という形になったのは、本庶氏の思いを企業側が汲み取った結果だろう」 基金は「小野薬品・本庶記念研究基金」の名称で京大に設立される。もちろん小野薬品側にも、基金の創設にはメリットが有る。「大学の研究を支援していく」という企業の前向きなメッセージを分かり易い形で示せる為だ。和解成立後に会見した同社の相良暁社長は、「株主の利益と本庶先生の要望の間に挟まれ、苦しい状況に置かれていたが、基礎研究の促進等への寄付は、当社の思いに沿うものだ」と話す。

 だが、研究開発の世界は日進月歩だ。画期的な癌治療薬として注目されたオプジーボだが、類似薬の「キイトルーダ」だけでなく、その後も癌細胞の別の標的に対して効果が有る「ヤーボイ」等、様々な免疫治療薬が開発されている。特許権が切れれば、売上高は大きく減少する。将来に亘る過大な対価は、企業の研究開発への足腰を弱める。大学と企業の間で同様の訴訟が頻発されれば、産学連携にブレーキが掛かる恐れも有る。

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