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未来の会

医師に対する「報酬」とは何か

医師に対する「報酬」とは何か

2021年はどんな年になるのだろう。特に医療従事者にとっては厳しい日々が続くに違いない。新型コロナウイルス感染症の診療に直接携わっている医師やスタッフには、本当に頭が下がる。

 厳しい毎日をすごしているのは、医療従事者だけではない。特にこの感染症の影響で仕事を失ってしまった人や収入が激減した人の中には、コロナにかからなかったとしても生活苦から命の危険にさらされているケースも少なくない。社会から切り離されてしまい、絶望から自ら命を絶つ人も昨年から急増している。

 そんな中、年末年始には「困窮者を救おう」と様々なプロジェクトが行われた。NPOが主体となった炊き出し、厚労省などの行政と連携した住まいがない人に部屋を提供する試み、そしてケースワーカー、弁護士、医療従事者による相談会も各地で実施された。

医療相談会で考えさせられた事

 私はたった1日だけだったが、東京で行われた医療相談会に参加した。これは困窮者に手作りのお弁当を提供したい、と著名な料理研究家の枝元なほみさんが中心になって企画された「大人食堂」というプロジェクトと同時に行われたものだ。カトリック教会のホールを2つ借り、1つでは大勢のスタッフが大鍋で調理をして何百食ものお弁当を作って訪れた人に渡す「大人食堂」が、もう1つでは専門家による相談会が開かれた。

 医療相談会では2つのブースが組まれ、私は顔見知りの男性内科医と相談に応じたのだが、隣のブースでは女性医師が1人で訪れる人の話を聴いていた。小柄で物腰の柔らかいドクターで、相談内容まではもちろん聞こえないのだが、「そうですか、それはご心配ですよね」などと共感の相づちを打っている声がたまに聞こえた。相談者が途切れて手がすくと、その医師は慣れた手つきで持参した市販薬の解熱剤や胃腸薬を小分け袋に詰めていた。相談会では医療行為はできないので処方薬は出せないが、薬を買うお金も受診するお金もない人のために、頓服としてそれらを渡すのである。

 こちらのブースも相談者が途切れた時を見計らって私はその医師に近づき、自己紹介とあいさつをした。彼女は「今川です」と優しい声と笑顔で応じてくれたが、手渡された名刺を見て私は、「あ、今川篤子先生でしたか!」とようやく気づいた。

 あびこ診療所(千葉県我孫子市)所長の今川篤子氏は、神経内科医として臨床を続けながら、「隅田川医療相談会」として山谷でホームレスや生活困窮者の医療相談や生活支援を無償で行ってきた(現在は一般社団法人「あじいる」になり活動を継続、今川氏はその代表)。その他にも、上野のカトリック教会にホームレスの人たちを招き、手作りの食事を共にする「うぐいす食堂」という活動にも参加している。今川氏のこれらの働きは新聞などで何度か紹介され(「生活困窮者向けに医療相談会 東京・台東区で支援団体、朝日新聞、2020年4月20日、https://www.asahi.com/articles/ASN4N3R1FN4MUTIL00J.html)、私も目にしたことがあったのだ。

 メディアで今川氏の活動を知り、私は勝手に「大柄でタフなリーダータイプ」と想像していたのだが、先述したように目の前の今川氏は肩に巻いたニットのストールに隠れてしまいそうなほど小柄で細身、もの静かな印象の人だった。私が興奮ぎみに「先生のことはいろいろ読んで知ってます! ずっとすごい人だなと思ってました」などと語りかけると、「いえいえ、とんでもないです……」ともともとソフトな声が、さらに小さくなってしまう。それ以降、お互い相談者の対応に追われゆっくり話す時間もなかったのだが、今川氏のブースを訪れた人たちはみな安堵の笑顔で帰って行ったのが印象に残った。そして相談会が終わると、今川氏は「いまはコロナで野宿者を招く“うぐいす食堂”もお弁当を渡すだけになっているのですが、再開したら遊びに来てくださいね」と笑顔で言って、また手慣れた様子で持参の医薬品などを片づけ始めたのだった。

日常の診療では出会わないような人達

 医療関係のサイトに登録すると、自動的に非常勤の外来診療の情報などのメールが送られてくる。そこには「高額時給」「ゆとりのある診療」といったうたい文句が並び、中には「日給10万円」といった好条件の仕事もある。もちろんそれらを「良くない」と言うつもりはまったくない。医師を必要としている医療機関があり、時間があいている医師がそれに応じ、自分の知識とスキルを提供する。それに対して対価が支払われるのは当然だ。ただ、今川医師やその仲間が山谷や上野で行う医療相談活動は、すべて奉仕として無償で行われている。「医師に対する報酬とは何か」という問いが突きつけられたような気がした。

 私はたった1日参加しただけだったが、そこにやって来る人たちの苛酷な状況に言葉を失った。特に在留資格を失って入国管理局に収監され、一時的に仮放免されている外国人たちは、「保険なし、仕事禁止、生活保護対象外」という状況で、持病があっても治療を受けることができない。そういうケースは無料低額診療事業を行っている医療機関を探して、そこに紹介するしかない。厚労省はこの無料低額診療事業の対象を「低所得者」「要保護者」「ホームレス」「DV被害者」「人身取引被害者」などの生計困難者としているが、仮放免中の外国人がそれに当たるかと頭をひねりながら診療情報提供書を作成した。

 また日本人の中にも、「コロナで仕事を失ったが、生活保護にはどうしても抵抗がある。体調が悪くても医療費が払えないので、ここで血圧だけでも測ってほしい」などと訴える人がいた。いずれも日常の診療では出会わないような人たちだ。

 日本社会では格差が広がり、特に東京などの大都市では自由診療を行う医療機関も増えている。そこには「お金はいくらかかってもよいので」と最高の医療を求める人たちがやって来る。しかし、そのすぐ隣の地域には、「ずっと腹痛や血便が続いているけれど検査を受けるお金もない」とやせ衰えた姿で無料相談にたどり着く人もいるのだ。

 もちろん、すべての人を救うのが私たち医療従事者の務めではない。あくまで自分が診療を行う医療機関で、目の前に現れた患者さんに医療を提供するのが基本であろう。ただ、一歩、外に足を踏み出せば、この豊かなはずの日本で医療難民となって適切な治療も受けられずにいる人たちがおり、またその人たちに無償で自分の労力を差し出す医師がいることも、忘れずにいたい。

 医師や看護師という仕事には実に様々な働き方があり、どれを選択するかは本人の意思に任されている。コロナ禍で受難の日々をすごしながらも、常に「自分の生き方、働き方はこれでよいのだろうか」と自問しながら、研鑽の日々を続けたい。そしてときには多くの医師らに自分の時間と力をほんの少し、社会貢献活動にも使ってほしい。そんなことを考えた年頭であった。

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