SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

剥がれた武田ウェバー改革7年の「化けの皮」

剥がれた武田ウェバー改革7年の「化けの皮」
売り上げ5兆円「大風呂敷」の陰で治験失敗が相次ぐ

国内製薬首位の武田薬品工業に初の外国人社長が就任、クリストフ・ウェバー体制が誕生してはや7年。その改革が奏功し武田の研究開発力がどれほど向上したのか検証出来る頃合いが訪れている。

 昨年12月、武田は2030年度に売り上げ5兆円を目指す構想を打ち出した。20年度会社予想3・2兆円から10年間で売り上げを6割近く増やす野心的な目標だ。成長の牽引役に会社が期待するのが、24年度までに承認・上市を狙う、「ウェーブ1」と称する12の新薬候補品群(その後1つが脱落)だ。武田はその合計売り上げでピーク時最大1兆円超を見込む。売上げ5000億円が射程に入る現在の稼ぎ頭の潰瘍性大腸炎治療薬「エンティビオ」は20年代半ばに特許切れで減収に転じる懸案があるが、それを補って余りあるというのが、このウエーブ1というわけだ。

 ウェバー社長は「5兆円は高い目標だが、現実的だ」と武田の新薬開発力の高さに自信満々だが、低迷する株価が回復しない事からも株式市場が懐疑的なのがよく分かる。

 ウェーブ1の目玉は売り上げ6000億円超が狙えると武田が皮算用を弾く、自社創薬の治験2相段階のナルコレプシー(睡眠障害)治療薬だ。ただ、これが承認され大型薬に化ける保証はない。他の開発品はどれも小粒、ナルコレプシー薬依存が強いとなれば、逆にこれがこけた時の反動リスクも高い。

 25年度以降の承認を目指す「ウェーブ2」と称する新薬候補群は30近くと数こそ豊富だが、まだ前期治験段階の開発品が多いだけに最終承認に漕ぎ着ける成功確率はウェーブ1より更に落ちる。

 ウェーブ1と2の合計で40近い新薬候補群の数を見れば、その弾切れにあえいでいた、ひと昔前の武田に比べて「様変わりした」と武田関係者が胸を張りたくなる気持ちは分かるが、決して手放しで安心出来るものではない。

 異例の「大風呂敷」ともいえる5兆円構想を発表する裏に、自信ではなく逆に上向かない株価へのウェバー社長の焦りがあると言えばうがち過ぎだろうか。ただ、そう指摘するのも、ここ最近、研究開発戦略の綻びや治験の失敗が目立ち始めたからだ。

大型型提携で誤算が

 武田は4月に「高度免疫グロブリン製剤」の失敗を発表した。CSLベーリング等、数多くの海外メーカーとグローバルアライアンスと称する提携を結び、鳴り物入りで開発を進めた新型コロナウイルス治療薬だ。最終治験で十分な有効性を示せず、開発中止を余儀なくされた。

 一方で、今年4月の説明会資料に、米モデルナや米ノババックスの2つの新型コロナワクチンの国内開発を、ウェーブ1に準ずるプログラムとして加えたが、これは武田が米国2社の国内開発等の下請けに成り下がった事を白状したも同然だ。米ファイザーや英アストラゼネカ等の欧米製薬大手がコロナワクチンの自前開発に挑む姿勢とは正反対、先端ワクチンの開発力や開発戦略で武田が劣後している証左といっても過言ではない。

 ウェーブ2では昨年12月から既に3つのプログラムが脱落した。うち2つは希少中枢神経系の難病の1つ、ハンチントン病の治療薬だ。提携するシンガポールのバイオベンチャー、ウェーブ・ライフ・サイエンシズが治験の失敗と開発中止を3月下旬に明らかにした。

 ウェーブ社とは18年にハンチントン病等複数疾患を対象に核酸医薬の研究開発で提携。武田が一時金や株式購入、研究開発支援等で240億円を供与。更に進捗に応じたマイルストーン等に最大1000億円超の支払い可能性のある大型提携だが、最先行開発でつまずき、大型提携の先行きに暗雲がかかった格好だ。

 同じ3月には米中堅製薬ニューロクライン・バイオサイエンシズが、武田から導入開発する統合失調症の陰性症状の治療薬の治験2相が主要評価項目で未達だったと発表した。

 昨年6月、治験段階にある3つを含め7つの武田創製の中枢神経系疾患向け開発品をニューロクラインに導出した。武田が約130億円の一時金と開発や販売の進捗次第で最大2000億円強のマイルストーンを受領出来る権利を持つ大型提携だ。ニューロクラインは治験内容を変えて開発を続行する意向だが、最先行開発品で出鼻をくじかれこの分野の開発の難しさを再認識させられた。

 ちなみにこの3つの共同開発品は先述の失敗した候補品も含めまだウェーブ2のリストに残っている。

 研究開発戦略の綻びも見え始めている。7つの自社開発品を製薬大手が格下のニューロクラインに導出するのもそうだが、17年に米バイオテックのオービッド・セラピューティクスに自社創製の希少てんかん発作治療薬を導出したのも異例だ。

 自社開発品の成功に確信が持てないのか、開発費の節約を狙ったのか、異例の提携に走る理由はそんなところだろうが、5兆円構想をぶち上げる勇ましさとは違って、研究開発の舞台裏を覗くと案外、武田の余裕のなさが見て取れる良い一例だ。

 武田は3月にオービッドからこの開発品の権利を買い戻した。いくらその治験データが有望とはいえ、契約一時金に加え開発等の進捗次第で自社創製品なのに逆に最大900億円のマイルストーン、更には発売後売り上げの最大2割ものロイヤリティーを外に支払う羽目になったのは大きな戦略ミスだ。

研究開発費でも劣後

 4月の説明会で武田は研究開発費が20年度会社予想4500億円規模から21年度に最大5500億円に増える見通しを示した。「順調に開発が進捗している証」とウェバー社長は胸を張るが、逆に武田の研究開発の余裕のなさと言えなくもない。

 武田の売り上げに占める研究開発費の比率は、21年度に最大で17%程度と推測出来る。世界的な製薬大手では研究開発費比率が2割台も多く、研究開発費の絶対額でも20年の世界10位の米イーライ・リリーの約6500億円より武田の研究開発費は少ない。額が全てでないにしても、研究開発力のパワーを測る重要な大きな物差しで測れば、売り上げ世界10強入りした武田も研究開発では世界トップ級から依然劣後しているのだ。

 5兆円構想実現に不可欠ともいえる研究開発力の強化のためには、武田としてももっと金を使いたいのは山々のはずだが、それが出来ないのは武田の苦しい台所事情に他ならない。シャイアー買収で膨らんだ大借金を返し財務改善を図るには、巨額資産売却でもまだ足りず、研究開発に回す金に上限を設けざるを得ないのだ。

 シャイアー買収が武田の研究開発力の強化にプラスになったとみるならば、それは単純過ぎる。シャイアー買収の観測報道が流れた18年3月28日の値から武田の株価は3割超も下落し、4月末時点でも3600円程度で張り付いたままだ。3年以上も株価は下落基調、一向に上がる気配を見せない。市場は意外に売り上げ5兆円の「大風呂敷」の裏にある武田の研究開発の実情を正確に捉え、それにふさわしい将来価値を予告しているのかもしれない。

 欧米なら株価低迷が長引けば株主によるM&A(企業の合併・買収)や経営トップ交代の要求に繋がる例が少なくない。シャイアーが武田の軍門に下った背後にも、この原理が働いたのは事実だ。

 欧米流のプロ経営者のウェバー社長ならば、こういった事情は先刻承知だから、強気の姿勢の裏側で、その胸中は穏やかではないはずだ。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top