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未来の会

ワタミの介護

ワタミの介護
崇高な創業理念と裏腹な 「死亡事」多発の深層

 「ご入居者様の幸せのためだけにある」という言葉がうつろに響く。居酒屋チェーン「和民」で知られるワタミグループの「ワタミの介護」が運営する東京・板橋区の介護付き有料老人ホーム「レストヴィラ赤塚」で発覚した女性入居者の水死事件だ。家族に「入浴中、10分間、目を離した隙に倒れた。病死です」と説明していたが、実はパーキンソン病の入居者を風呂に入れたまま、1時間半にわたって放置。風呂場に戻ると浴槽で水死していた。警視庁高島平署が業務上過失致死容疑で捜査中だが、家族が問題にしなかったら「病死」で片付けられていた。都知事選に立候補したこともあるワタミの渡邉美樹会長が「今日の日本をつくってきた高齢者が幸せに暮らせるように」とうたう介護施設はたびたび問題が指摘されている。

 事故が起こったのは昨年2月。午後3時40分ごろ、入浴中の74歳の入居者が浴室でうつぶせになって倒れているのが発見された。だが、既に心肺停止状態で、搬送された病院で死亡が確認された。当初、老人ホーム側は「スタッフが10分間、目を離した間に倒れた。原因は病気と思われる」と遺族に説明していた。

ずさんな対応に加え虚偽説明

 しかし、高島平署が防犯カメラの映像を確認したところ、入居者が午後2時15分ごろ、浴室に入った後、発見されるまで1時間半の間、誰も浴室に行っていなかった。「10分間、目を離した」のではなく、1時間半もほったらかしにしていたのだ。虚偽の説明だったことが発覚したわけだが、死因も病死ではなく、水死と判明。介助がなく、入居者が浴槽内に沈み込んだものと見られている。ワタミの介護側は警察の捜査結果が分かると、「他にも入浴者がおり、手が回らなかった」と説明を変えている。

 遺族は「ずさんな施設に母を入居させてしまった」と涙したが、入居者がパーキンソン病を患い、施設内でたびたび転倒していたのを知っていたにもかかわらず、一人きりで1時間半も入浴させていたのは、それこそずさんそのものだ。しかも、警察の手で事実が明らかになるまで虚偽の説明を繰り返してきたことは、創業理念とは裏腹である。

 ワタミの介護が運営する有料老人ホーム、レストヴィラ・チェーンは、今年5月にオープンする埼玉県朝霞市の「レストヴィラ朝霞」を含めて全国で94カ所に上る。

 このワタミグループを率いる渡邉氏はかつて体育会系並みの社員管理とノルマで急成長したころの佐川急便に入社。ノルマを達成して手にした資金を元手に居酒屋を開業。居酒屋ブームに乗って成功した立志伝中の人物。その一方で賃金未払い事件や過労自殺事件、強硬な教育発言で論議を巻き起こしたこともある。反面、理想を主張する姿に共感を覚える人も多い。

 渡邉氏が立候補した前々回、2011年3月の都知事選は当時、現職だった石原慎太郎・現衆議院議員の他、東国原英夫・現衆議院議員も立候補。さらに松沢成文・前神奈川県知事も名乗りを上げたものの石原知事の立候補宣言で撤退する騒ぎも加わり、にぎやかな知事選だった。この都知事選で渡邉氏は石原氏に敗れはしたものの、101万票を獲得して支持する人も多いことを示した。

 その渡邉氏が介護事業に乗り出したのは04年4月。ワタミの介護の前身である「ワタミメディカルサービス」を設立。神奈川県で有料老人ホームを経営していた「アールの介護」を買収し、本格的に介護事業に進出した。本人は理事長に就任している大阪・岸和田市の岸和田盈進会病院で家族の手に引かれて退院する老人の姿を見て、「今日の日本をつくってきた高齢者が幸せに暮らせるようにしたい」と、介護事業に乗り出した動機を語っている。しかも日本は高齢化社会に突入し、介護が必要な老人は増える一方なのに、受け入れる施設は不足している。渡邉氏がマスコミに登場し、介護付き老人ホームは「ご入居者様の幸せのためだけにある」と理想を語る姿を見聞きして、「あの渡邉氏の老人ホームだから」と信頼し、老父母を入居させる人たちも多い。

申し送り事項を無視した介護

 ところが、「入居者の幸せのために」という崇高な創業理念に反して、トラブルが多過ぎないだろうか。もっとも、渡邉氏は単なる居酒屋を「人を幸せにする産業」と定義してしまう人だけに、ごく普通の有料老人ホームを平気で「入居者の幸せのためだけにある」と叫んでしまうのかもしれない。崇高な理念をうたうのに紛争も目立つ。

 「ワタミの介護」の有料老人ホームをマスコミが問題にしだしたのは11年初め以降だ。最初に問題になったのは横浜市の「レストヴィラあざみ野」で胃ろうをつけた入居者がを起こした死亡事故。原因はかかりつけ医から申し送りの注意を無視したことにあると語る遺族の批判を取り上げた。

 その後もワタミの介護施設でのトラブル、紛争が絶えない。例えば、昨年3月には横浜地裁で死亡した入居者の遺族との間で介護管理をめぐり争った訴訟で判決が出た。06年に川崎市の「レストヴィラ元住吉」に入居した87歳の老人が入所12日後に病院に救急搬送され、5日後に敗血症で死亡した。遺族側は入居の際、に注意するようにというかかりつけ医師からの注意文書が添えられていたにもかかわらず、対応を怠った上、医師に受診させるのが遅れたと指摘、6750万円の損害賠償を求めた裁判だった。横浜地裁は遺族の主張をほぼ認め、ワタミの介護に対して2160万円の損害賠償金の支払いを命じた。ワタミ和解したが、往生際の悪さを印象付けた。

 東京地裁で起こされた訴訟や、高裁に控訴された訴訟もある。東京地裁の訴訟は、10年に神奈川・座間市の「レストヴィラ座間谷戸山公園」に入居した88歳の老人が転倒し、入居後わずか8カ月で死亡した事件である。認知症が出現し、部分的な介護を要する「要介護1」の認定を受けた老人が自室で転倒した事故の発見が遅れたのは、その直前に隣室で転倒した事故を知っていたにもかかわらず、入念な対応を取らなかったためだったとして遺族側が損害賠償を求めた内容だった。

入居一時金は1カ月でも1年分を償却

 東京高裁での訴訟は、神奈川・葉山町の「レストヴィラ葉山」に入居した歩行困難の老婦人が車椅子から転落、右骨頸部骨折して病院に入院した事件だ。老婦人は入院後、死亡するが、家族側はレストヴィラ葉山での介護管理の不十分さに加え、入院中の食事介助のさや、入院費負担を伝えながら途中で入院費を請求した不誠実な対応、さらに契約解除後の入居一時金を大幅に償却された入居一時金返還問題も加わった裁判だった。東京地裁判決はワタミ側の主張を認めたため、家族側が控訴する事件に発展した。

 国民生活センターのADR(裁判外紛争解決手続)でもワタミの介護に対する紛争事例が紹介されている。トラブルの内容は入居一時金950万円を支払い、ワタミの老人ホームに入居した認知症の老人の事例で、入居から1年1カ月後に退去したが、入居一時金は1年目の償却額として300万円、2年目の分として260万円が償却され、退去時にはそれを差し引いた390万円しか返金されなかったことが紛争になっている。入居家族側は「2年目は1カ月しか入居していないのだから1カ月分の償却でよいはずだ」と主張。仲介委員は自治体の「有料老人ホーム設置運営指針」で月単位の償却方式を行うように求めていることから賃貸住宅と同様に年単位償却ではなく月単位の償却が妥当と指摘したが、ワタミ側は「契約は年単位ということを了承してもらっていた」と拒否。ADRでは和解には至らなかった。

 この入居一時金の償却方法は多くの老人ホームで問題になった。1カ月しか入居していなくとも、丸々1年分を償却されてしまう金儲け主義への反発が多発。紛争の多さに各自治体が賃貸住宅と同様に入居一時金の償却は月単位にすべきだという有料老人ホーム設置運用指針を出したほどだ。ワタミの介護は運用指針が出てからは月単位の償却に変えたが、「それ以前に契約した入居者に対しては運用指針前の契約であることを盾にとって入居一時金を年単位の償却にし、儲けることばかり考えている」(ある入居家族)と不満が噴出した。

 レストヴィラ赤塚での死亡事故についてワタミの介護はこうコメントしている。「今回、ご入居者様が入浴中に亡くなられたのは大変残念であり、警察の捜査に全面的に協力しています。亡くなったご入居者のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族に謹んでお悔やみ申し上げます」。

 ある老人ホーム経営者が言う。「渡邉氏がかつて働いたころの佐川急便は無理強いのノルマを強制する一方、運送法を無視して夜間の集配を行い、夜遅くまで営業する商店や中小企業から喜ばれた。渡邉会長はそのころに鍛えられた考えが染み付いている節がある。ワタミグループの居酒屋で自殺してしまう若い人が出たのも、老人ホームで死亡事故が起きたり、入居者家族と紛争になったりするのも、佐川急便時代に体感した無理を無理と思わずに働くことこそ入居者や客のためになる、と錯覚して働かせていることが現場に影を落としているのでしょう」。

 渡邉氏の理念は立派だが、現場は「理念倒れ」のようである。

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