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未来の会

今後はクラスター対策に 頼り過ぎないように

今後はクラスター対策に 頼り過ぎないように
1.『分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議』を読んで

 2021年4月に『分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議』(河合香織著、岩波書店)が発刊された。旬な話題であり、一般国民にも有名になった尾身茂先生(新型コロナウイルス感染症対策分科会会長)の顔のアップの表紙で、「何が正解なのか? そして専門家たちは前のめりになってルビコン川を渡った」「次なる波に備えるために 迫力のノンフィクション」という刺激的な帯紙で、興味深い内容の書籍だと評してよいであろう。

 その52〜54頁に、次のような一節があるので、適宜抜粋して引用する。

 「この頃(筆者注・20年2月末頃のことと思われる)、尾身は押谷(筆者注・東北大学大学院教授の押谷仁先生のことである)から緊迫した声の電話を受けている。…思いつめたような押谷の声が聞こえてきた。『尾身さん、クラスター対策は挫折したかもしれない』北海道では…広範囲で感染源のわからない感染者が報告されていた。だが、その共通の感染源が見えず、もはやクラスター対策だけでは流行を制御できないかもしれないというのだ」

 「押谷は大前提として、日本の保健所の能力や医療体制からすると、大きなクラスターを見逃すことはないと思っていた。北海道の辺縁部で発生した陽性者の発端は、札幌で起きたクラスター以外には考えられない。しかし、そのつながりがまったく見つからなかった。なぜ見つからないのかを考えると、重症化することのない若い人たちが無症状で感染を広げているとしか押谷には思えなかった。このリンク不明の孤発例と思われた感染源は…(略)」

 20年3月2日に専門家会議としての見解を出すことになる際、そのため、「最初の版では『無症状』という言葉が入っていた」のだけれども、その版に対して、「その無症状者からの感染について、厚労省は…削除するようにと強く主張した」らしい。その厚労省の削除要求の理由は、「だが、厚労省は『国民が不安になる。さらにそれを国民に伝えたところで何かできるわけではない』と譲らなかった」ということのようなのであった。

2.クラスター対策の法的限界

 そもそもクラスター対策は、「無症状病原体保有者」に関しては弱点がある。その後、「濃厚接触者」すべてにPCR検査を受けさせるように改善してはみたけれども、やはり弱さは残らざるをえない。何よりも、「保健所の能力」は質的にはあっても、物量という意味でのキャパシティは到底、今の保健所には無さそうである。

 また、「医療体制」は、そもそも感染症用にはできていないし、特に司令塔が「保健所」になったのでは常日頃の地域医療連携や機動性・柔軟性が発揮できず、地域でのチーム医療が機能しなくなってしまうであろう。

 さらに、それら感染対策面・医療政策面はともかくとして、そもそも感染症法上に法的限界があることこそが大問題だと思える。

 クラスター対策は、感染症法第15条に定める積極的疫学調査の一環として行われ始めた。この点、厚生労働省健康局結核感染症課の監修に係る『詳解 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 四訂版』(中央法規)の90〜91頁には、積極的疫学調査に関して、「情報収集を進めていくことにより、感染症の発生の状況及び動向、その原因を明らかにすることが各般の施策を講じる上で大変重要である。また、感染症が発生した場合、その原因がわからない段階では患者への適切な医療提供、…まん延防止措置を講じることが困難であるし、人から人への感染経過が多様である場合…には、水面下での感染拡大のおそれがある。こうした事態に的確に対応していくため」に積極的疫学調査がある旨が述べられている。

 つまり、積極的疫学調査は、本来は主として、感染防止対策等の行政措置を講じるための前提としての調査活動に過ぎない。

 ところが、クラスター対策では、その調査を転用し、または少なくとも調査を拡大適用したものと言えよう。

 こうしてみると、転用や拡大を正当化する有効適切性・相当性が法的に要請されるところである。今までの実績を考慮すると、今後はクラスター対策に主として感染制御の措置としての役割を担わせるのは、法的には限界を超えているとも評しえよう。

3.今後は一般医療機関による検査と隔離を中心に

 クラスター対策を感染症法上の積極的疫学調査そのものに位置付けるのが法的に過重負担だとするならば、今後はクラスター対策に余り頼り過ぎないことが法的に適切である。

 そうすると、国際的基準として通用している「検査と隔離」方式と併用しつつ、PCR検査・抗原検査と入院・宿泊療養・自宅療養とを飛躍的・大幅に活用していくことが適切であろう。

 今まで新型コロナ対策は、「クラスター対策」を中心として、その司令塔を「保健所」とし、検査を「行政検査」中心とし、隔離は医療提供の伴わない「宿泊療養・自宅療養」として来た。

 しかし、そのために「無症状病原体保有者」に対して弱さを持ち、他の「保健所の本来の業務」に圧迫が来て保健所がパンクし、行政検査中心なのでその必要性に縛られて「検査数」が圧倒的に不足し、宿泊療養者や自宅療養者に「医療提供」が伴わずにそのまま死亡するという悲惨な事例も生じてしまうこともあったらしい。

 そこで、今後の新型コロナ対策は、「検査と隔離」方式をその中心に採用することによって、「無症状病原体保有者」を十分にフォローすべきである。

 感染症法は、法律を改正することによって、新型コロナを一類感染症に比肩する「新型インフルエンザ等感染症」に位置付け(感染症法第6条第7項第3号)、一類感染症と共に「無症状病原体保有者」を「患者とみなして」取り扱う立法上の選択をしたのである(感染症法第8条第3項。なお、二類感染症以下は適用されない。一類と新型インフル等感染症の2つだけである)。

 そして、その司令塔を「民間の地域の中核病院」とし、検査を医療機関での「民間検査」(スクリーニング検査も診療〈保険・自由〉としての検査も)を中心として飛躍的・大幅な増大を図り、隔離も往診・訪問診療・配置・嘱託といった「医療提供を必ず伴った」宿泊療養・自宅療養で行うこととすべきであろう。

 現在は、医療従事者の殆んど全てにワクチン接種が行き届いたのであるから、以前とは状況が異なるので、今後は一般医療機関主導の感染対策に切り替えていくのがよい。

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