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未来の会

ヤクルト

ヤクルト
オンては
お寒い限りの医薬品事業

 ヤクルトの医薬品事業が冴えない。本業の乳酸菌飲料のヤクルトは世界38の国と地域で1日に3737万本も飲まれ、微増しているのだが、医薬品事業の落ち込みがどうにも止まらない。

 ヤクルトの医薬品と言えば、抗がん剤の「カンプト」(一般名:イリノテカン)と「エルプラット」(一般名:オキサリプラチン)が有名だが、特許切れとなると徐々に変化が見えてきた。2014年度の医品事業の売上は353億円、営業利益は85億円を稼ぎ、乳酸菌飲料などを含めたヤクルト本社全体の営業利益の26%を占めていた。ところが、18年度(予想)の売上は約250億円に激減し、営業利益は13年度の6分の1の約15億円に低下。当然ながらヤクルト本社全体の営業利益に占める割合は3%強にまで落ち込んだ。オンコロジー(腫瘍学)に特化したスペシャリティとしてはあまりの凋落ぶりに株主は狼狽した。

 ヤクルト本社の中心事業は、言うまでもなく8万人のヤクルトレディによる宅配に支えられた乳酸菌飲料の「ヤクルト」だ。一時は、「時代遅れ」と言われたが、逆に少子高齢化時代にヤクルトレディの配達網を活用したサービスの多様化でその機能を維持し、海外進出にも成功して切り抜けた。

 中国では「ヤクルトを飲めば、風邪をひかない、病気にならない」という風評が広がり、バカ売れしたこともある。インドネシアでは日本と同様にヤクルトレディによる地道なシステム作りに成功するなど、着実にヤクルトを浸透させている。

 国内ではフランスの大手乳酸菌食品メーカーの「ダノン」による株買い占めによる危機を迎えたが、役員受け入れと提携の代わりに買い増し拒否で徹底抗戦。今もダノンから非常勤役員2人を含めて3人の取締役を受け入れるに留めている。徹底抗戦が効を奏した。加えて、ダノンには日本のヨーグルトや乳酸菌飲料を上回る商品もなかったし、画期的な販売方法もなく、日本国内の流通網を利用するだけの進出だったため、国内でダノン製品が席巻することもなかった。フランスの大手デパート・プランタンや大手スーパー・カルフールが日本撤退に追い込まれたが、ダノンもそれに続くことになるかもしれない。

 しなしながら、20%を超える圧倒的な筆頭株主の動向は注視が必要であり、物言う株主に豹変する可能性もあり、気が抜けない。社長・根岸孝成にとって一番の頭痛のタネになっている事は間違いない。

 しかし、このように危機を乗り越えたヤクルトは、医薬品事業を除けば、むしろより危機に強くなったとも言える。17年度に落ち込んだ売上も18年度決算では16年度当時の3900億円台までに戻ると見られている。

特許切れで抗がん剤の売り上げは急落

 ヤクルト以外の事業は、乳酸菌を基にした保湿成分を〝売り〟にする基礎化粧品と医薬品があるが、医療業界に広くヤクルトの名前を浸透させたのが自社創生したカンプトと、スイスのデビオファーム社から開発・販売権を取得したプラチナ錯体系のエルプラットという抗がん剤だ。「カンプト」は1983年に中央研究所で合成されたヤクルト最初の抗がん剤で、94年に小細胞肺がん、子宮頸がん、卵巣がんの適応で製造承認を受け、同年4月から販売を開始している。

 ヤクルトは他にも代謝拮抗性抗がん剤「ゲムシタビン」やタキソイド系抗がん剤「ドセタキセル」、チロシンキナーゼインヒビター(抗悪性腫瘍剤)である「イマチニブ」、アロマターゼ阻害剤「レトロゾール」、骨吸収抑制剤「ゾレドロン」、活性型葉酸製剤「レボホリナート」などのジェネリック医薬品も持っているが、何と言ってもヤクルトと言えば、カンプト、エルプラットの新薬メーカーという評価だろう。

 「ヤクルト菌が腸に効く」と謳うように、カンプトもエルプラットも患者数の多い大腸がんを標的に適用する抗がん剤であり、ヤクルトブランドが医療業界で存在感を示したのも当然だった。

 最近では、高額医薬品として大きな話題になった大腸がん向けの抗がん剤の小野薬品工業「オプジーボ」や同じくMSDの「キイトルーダ」も登場しているが、大腸がん向け抗がん剤ではヤクルトは中外製薬、大鵬薬品、武田薬品工業と並ぶ存在だ。

 ところが、このカンプトの特許が09年に切れ、エルプラットにも後発品が出回ると、売上は右肩下がりだ。14年3月期にカンプトは国内で21億円の売上だったが、15年3月期には17億円、16年3月期は14・5億円、17年3月期は10・5億円、18年3月期には10億円(予想)へと下がり続けている。

 エルプラットも同様だ。どんな新薬でも薬価改定で売上高は下がる。エルプラットも16年度薬価改定ではマイナス16%だったし、今年の薬価改定では加算対象の返上により、マイナス10%台半ばの下げまで追い込まれた。価格の安い後発品に侵食される上に薬価が下がるのだから、売上が下がるのも当然だ。

 14年3月期に263億円だったエルプラットの売上が17年3月期には184億円、18年3月期は155億円の予想で、14年3月期の6割にまで落ち込んでいる。

 さらに近年、大腸がんや胃がんは内視鏡検査でごく初期の段階で発見されれば、内視鏡手術で取り除く。その上のステージ2、3でも腹腔鏡下手術で病変部分を除去する。特定健康診断の普及で初期段階でのがん発見が広まることで、抗がん剤の使用頻度が減少する。国民の健康と売上が反比例するジレンマがある。

 それでも、手術前にがんを縮小させる術前化学療法「ネオアジュバント」では抗がん剤を使うことも多く、術後補助化学療法「アジュバント」でも抗がん剤は必須だ。さらに、切除不能進行・再発がんでも化学療法が有力な治療法であり、切除手術と共に抗がん剤治療はがん治療の主流であることに間違いはない。

特許権侵害の裁判は最高裁でも敗訴

 ヤクルトの抗がん剤は有効な抗がん剤として高い評価を得ており、手術後の再発防止化学療法では、標準療法として中外製薬の「ゼローダ」単剤療法から協和発酵キリンの「5‐FU」とファイザーの「アイソボリン」の組み合わせなど、五つの抗がん剤併用が標準療法になっているが、そのうちの二つにはヤクルトのエルプラットが使われている。

 この術前の化学療法では中外製薬のゼローダとヤクルトのエルプラットの併用療法が多いが、それはコースが短いことと安価なことがその理由だ。また、ゼロータの代わりに併用される抗がん剤の中でも、ヤクルトのジェネリック抗がん剤が安価なことから高い人気となっており、売上に貢献している。

 再発、転移による切除できない大腸がんの基本治療には、アイソボリンとカンプト、5‐FUの頭文字を取った『FOLFIRI療法』といわれる3剤の組み合わせ療法が1次治療になった。

 さらに、この3剤に中外製薬の分子標的薬である「アバスチン」を加えた4剤の組み合わせも標準治療に加えられた他、別の抗がん剤を組み合わせた大腸がんの標準療法にもヤクルトのカンプト、エルプラット、レボホリナートが加えられた。 

 このようにヤクルトの抗がん剤は重要な抗がん剤として、わが世の春を謳歌してきたが、前述の通り、特許切れ後、カンプトは一気に売上減少に転じた。

 ヤクルトの医薬品別売上に「その他」という項目があるが、それがこの術前療法に使われるヤクルトのジェネリック抗がん剤だ。17年3月期が50億円で、18年3月期には53億円を予想している。こうしたジェネリック医薬品の売上が特許切れ後のカンプトの売上減をカバーしたものの、限界がある。

 もちろん、売上減を座視していたわけではない。エルプラットの成分「オキサリプラチン」の特許権を持つデビオファーム社とヤクルトは、東和薬品や日本化薬などジェネリック医薬品を販売したメーカーを特許権侵害として提訴した。

 ところが、東京地裁、知財高裁の判決は「オキサリプラチンを含んではいるが、後発品には注射用の溶剤として水の他に濃グリセリンを使用していて『実質同一物』には該当しない」と却下されてしまった。

 最高裁でも同様の判断が示され、敗訴。裁判は特許の5年延長の問題点を露呈した格好だが、同時にエルプラットに代わる他社のジェネリック医薬品が通用することから、ヤクルトの苦境は今後、より深刻になる。

パイプラインを見る限り新薬研究は停滞

 もちろん、新薬企業にとってパテントクリフ(特許切れの壁)は避けられない。どこの製薬企業もパテントクリフを乗り切るために、次なる新薬を開発して乗り切るのに必死だ。

 ところが、今のヤクルトにはその新しい医薬品が見当たらない。パイプライン(新薬候補)に載っているのはエルプラットの進行・再発胃がんへの適応拡大と、韓国のセルシオンから導入した肝がんを適用対象とする「サーモドックス」が第Ⅲ相試験中だが、他には膵がん、胆道がんを適用とするHDAC阻害剤「レスミノスタット」と血小板増加薬を対象にした「YHI‐1501」が第Ⅰ相試験中ということくらいしかない。ヤクルトの医薬品事業がオンコロジーのスペシャリストを標榜するとなれば、お寒い限りである。

 その上、今、がん治療は抗PD1抗体のオプジーボ、キイトルーダに加え、近々出るだろう抗PDL1抗体の免疫療法剤が続く。さらに、まだ希少疾患がんが対象だが、米国のゲノム改変のCAR‐T療法が食品医薬品局(FDA)から承認された。日本でもゲノム医療が脚光を浴びているが、パイプラインを見る限りヤクルトの新薬研究は停滞しているとしか見えない。長期収載品の抗がん剤だけでは魅力のない製薬企業としか映らない。

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