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未来の会

バイエル薬品

バイエル薬品
患者カルテ無断閲覧騒動、パワハラに続き
副作用情報の報告義務違反

 またまたバイエル薬品の不祥事である。今春、抗凝固薬「イグザレルト」の患者アンケートに関連し宮崎県内のクリニックのカルテを無断閲覧した騒動を起こし、その不正を告発した社員へのパワーハラスメントが発覚したばかりなのに、今度は副作用情報86例を届け出ていなかった医薬品医療機器等法の報告義務違反をしていたことが判明した。それも5年前からだったという。厚生労働省は改善措置を講じるよう行政指導したが、同社にはコーポレート・ガバナンス(企業統治)もコンプライアンス(企業の法令遵守)もないようだ。

 副作用情報の報告漏れだった医薬品は同社の主力商品であるイグザレルトを中心にした4品目である。7月末に同社が発表した副作用例は、イグザレルトが例、抗血小板薬「バイアスピリン」で4例、抗がん剤「スチバーガ」で5例、腎細胞がん・肝細胞がんの分子標的薬「ネクサバール」で1例の例(併用分は1例と計算)だったが、その後、バイアスピリンによる硬膜下血腫の重篤な副作用の報告が1例追加され、合計例に及ぶ。

 副作用が77例と最も多いイグザレルトでは死亡2例を含め66例が重篤な副作用だったという。死亡2例は脳出血が死亡原因で、バイエルは「薬との因果関係を否定出来ない」と説明。また、追加を含めてバイアスピリンの5例のうち、2例はイグザレルトとの併用。スチバーガの5例は全て重篤な副作用で、うち1例は死亡だが、死亡原因は「原疾患の直腸がんの進行によるもの」と説明する。

 バイエルは2例の死亡があったイグザレルトの副作用について「安全性プロファイルに影響を及ぼすものではないと評価している」と話すが、重篤な副作用を含めてどのような副作用なのか症状を一切公表していない。報告を受けた厚労省によれば、「原疾患の進行と見られるものもあるが、主に出血関係だ」というから、かなり懸念される副作用といえる。

患者カルテ無断閲覧騒動から発覚

  この副作用未報告は︑皮肉にも同社のイグザレルトのアンケート調査で宮崎の営業所の医薬情報担当者(MR)と所長、前所長の3人がクリニックの患者カルテ閲覧騒動から発覚したものだった。

  同社は2012年4月から年5月末までに製造販売承認を取得した全医薬品を対象に有害事象の調査を実施。全社員約3000人から報告漏れがなかったウェブサイトで情報を集めた。その結果、追加の1例を除く85例が未報告だったことが判明した。

 「社内では一応、副作用情報を見聞きした時は安全管理部門に報告、安全管理部門は医薬品医療品機器総合機構(PMDA)に報告するかどうか判断することになっています。報告漏れが起こったのは馬鹿馬鹿しいほど単純な原因です。医師を招いた座談会や学会で副作用症例の話を聞いていたが、出席していた複数の社員は『誰かが報告しているだろう』『みんなが知っている話だろう』と勝手に解釈して、社内の安全管理部門に報告しなかった。

中には、安全管理部門でPMDAに報告するほどでもないと思っていたのがあるかもしれない」(ある社員)という。9月末に追加されたバイアスピリンによる重篤な副作用の情報漏れは「治験実施後に投与されたバイアスピリンによる硬膜下血腫で、治験終了から既承認薬に変わった時に担当者間の副作用報告登録の引き継ぎがスムースに行われず、副作用情報を見落としていた」(前出の社員)事例だったと説明する。

 実は、厚労省は15年に副作用の未報告問題に関して全製薬会社に報告漏れがないか確認するように求めている。ところが、バイエルでは「皆が知っていること」と考えていたのだ。あるいは「医薬品には副作用が付き物。死亡例が出ることだってある」とでも思っていたらしい。厚労省やPMDAも軽く見られたものだ。今、日産自動車や神戸製鋼、SUBARU(スバル)で次々と検査の杜撰さが発覚、日本メーカーの品質不安、信用失墜が問題視されているが、長年に亘るバイエルの副作用情報報告漏れも同様だ。

 こうした報告漏れには、バイエルが副作用情報の報告をする対象範囲を狭義に解釈していたことが背景にあるという指摘もある。「医師と接触することが仕事のMRだけが医師から報告された副作用の情報を安全管理部門に上げればよい」「座談会や学会で聞いた副作用情報は一般的な話で、誰かが既に報告しているだろう」という発想だったというのだ。

患者へのアンケート調査で見聞きした副作用情報はあくまでアンケートでの話であり、報告するような対象ではないと捉えていたようだ。そもそも、製薬企業の社員はどの部門であろうと、見聞きした副作用情報は社内の安全管理部門に伝えるのが義務だが、バイエルではマーケティング部門の社員は副作用報告義務の対象者とはされていなかったのである。

社員も読まないコンプライアンス条項

折も折、バイエルは今年8月末にスペインのバルセロナで開かれた欧州心臓病学会学術集会で慢性冠動脈疾患・末梢動脈疾患を対象としたイグザレルトとアスピリンの併用療法の第Ⅲ相臨床試験(COMPASS)結果を発表。アスピリン単独投与との比較で脳卒中、心血管死、心筋梗塞の複合評価項目のリスクを24%低減したと発表した。輝かしい臨床試験結果も、患者カルテ無断閲覧に続く副作用情報報告義務違反が水を差した。

 アスピリンを発見した企業として知られるバイエルは、ホームページで「コーポレート・コンプライアンス・ポリシー」として公正な競争、誠実な商取引、経済成長と社会に対する責任の両立、個人情報保護など、企業、社員としての務めを縷々書いている。かつて生命保険会社で小さな文字で『〇〇の場合は保険金が支払われない』という条項を長々と書き、加入者にはチンプンカンプン。セールスマンも「良く分からない」という時代があった。バイエルでもコンプライアンス条項を長々と書き連ねた結果、社員は誰も読まないし、自覚もしていなかったという悪い見本のようだ。

社長は事態を知るも無為無策だった

 実は、ハイケ・プリンツ社長自身、MRからカルテ閲覧の社内告発があった15年当時、イグザレルトを扱う循環器領域事業部長だった。記者会見で「MRからコンプライアンス委員会に通報があったことで、カルテ閲覧を2年前に知った」が、厚労省への報告も患者への情報提供もしなかった。

 プリンツ社長は「コンプライアンス調査が不十分だったため」と弁解するが、調査報告書では「カルテ閲覧が問題であったにもかかわらず、個人情報保護法の観点から検討してこなかった」と書かれている。閲覧したカルテには患者の氏名、保険証番号が記載されている「患者台帳」まで取得していて、バイエルが掲げるコンプライアンスに完全に抵触しているばかりか、個人情報保護法違反の疑いもあるのに何もしなかった。

 社員の中には「副作用情報報告漏れも気付いていたはずだ」という声もある。プリンツ社長は「責任は全て私にある」というが、担当部長から社長に就任したのにコンプライアンスすら守らなかった。あのコンプライアンス条項は唯の標語にすぎなかったようだ。

 さらに、調査報告書では「疫学調査の該当性や副作用報告の必要性の検討もなかった」、社内に「患者調査についての社内ルールもなく、社員がデータを自宅に持ち帰っている」など、杜撰そのものだったと指摘している。

 プリンツ社長以下、幹部社員はカルテ閲覧事件から副作用情報の報告漏れも気付いたはずだが、患者調査は単純、かつ小規模のもので徹底調査とはいい難いものだったのである。イグザレルトがバイエルの最主力商品であり、先行品を追い越すため売り上げ減を恐れて問題を直視しなかったのか、それともドイツの親会社が米化学会社「モンサント」買収の渦中だったことから、出世を巡る一身上の都合でそっちに気を取られていたのだろうか。イグザレルトが主要医薬品であれば、問題をより重視すべきだったはずである。

 バイエルでは患者カルテ無断閲覧や、そのカルテを使って医師名で論文を発表した不祥事が未だくすぶっている。詳細は本誌6月号に掲載しているが、ざっと記せば、イグザレルトは先行品であるエーザイの「ワーファリン」やベーリンガーインゲルハイムの「プラザキサ」に対抗する製品で、ワ―ファリンが静脈注射であり、プラザキサが1日2回の服用であるのに対し、イグザレルトは1日1回の服用という有利さで市場を獲得しようという計画だった。そのために循環器患者が多い宮崎県内のクリニックの医師と親しいMRを派遣。患者アンケートを実施、医師名の論文(後に取り下げ)を発表して販促に使ったのだが、その際、MRと前・現所長の計3人がクリニックのカルテを閲覧。アンケートに書き込んだのだった。

 バイエルの外部調査報告書では、その事実を書いているが、告発したMRから批判が出ている。このMRによれば、「カルテ閲覧について医師から提供されたという所長の話を載せているし、2人の所長は見ていないという言い分を載せ、MRと医師だけの責任にしている。

カルテ閲覧は所長から机を蹴飛ばされて強要されたのに、報告書ではそのパワハラに目をつむり、所長の言い分を記し、信じ込ませようとしている」と不信感を語っている。むしろ、調査に時間をかけ、事件とMRの復帰を風化させようとしているという。  加えて、バイエルは患者カルテ無断閲覧後、取り下げた論文を一部の部門で販売促進に使っていたことも判明。厚労省から是正を指摘されている。

 行政指導を受けたバイエルは再発防止策として全社員を対象にした5日間の包括的教育研修プログラムを実施、各部署に「安全管理実施責任者」を任命した。2年前に問題を知りながら放置していたプリンツ社長自身も、このプログラムを受ける必要がある。外資系製薬会社の行儀の悪さは目に余る。

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