
柴田 博史 (しばた・ひろふみ)
三重大学医学部大学院医学系研究科 耳鼻咽喉・頭頸部外科 教授
留学先: ハーバード大学ダナファーバーがん研究所(2019年〜21年)
私は2009年に岐阜大学医学部を卒業後、医師5年目で大学院に入学し、京都大学iPS細胞研究所に国内留学してがん研究を行っていました。大学院の研究がなかなか完結せず苦労しましたが、なんとか医師10年目に学位、専門医を取得しました。私は耳鼻咽喉科医で、もともとがんに興味があったことから頭頸部がんを専攻していますが、入局当時は自分が留学することになるとは全く考えていませんでした。
しかし、大学院時代のPI(Principal Investigator、いわゆるボスのこと)である岐阜大学病理出身の山田泰広先生(現東京大学医科学研究科教授)からボストン留学時代の素晴らしさを毎日聞き、また医局の先輩方からも楽しかった留学の話を聞くたびに憧れが強くなりました。大学院修了後、今後のキャリアをどのようにするか迷っていた際に、医局の先輩でもある日本医科大学耳鼻咽喉科・頭頚部外科特任教授の小川徹也先生からご縁を頂き、留学を実現することができました。
憧れのボストン留学

2019年7月から2年間、米国東海岸のボストンにあるハーバード大学ダナファーバーがん研究所に留学しました。PIはインド系アメリカ人の頭頸部外科医であるDr.Ravindra Uppaluri先生でした。先生は12歳の時に父親の仕事の関係で渡米し、そのまま米国で過ごしミネソタ大学医学部を卒業、その後ワシントン大学にてMD、PhD プログラムに入り、がん免疫編集で有名なRobert Schreiber 研究室で腫瘍免疫の基礎研究をしながら頭頸部外科の手術トレーニングを受け、ついにダナファーバーがん研究所でPI、さらにハーバード大学教授の座を勝ち取った、真の“Physician Scientist(研究医)”を体現したような先生でした。最近ではNEJM誌に頭頸部がんのNeoadjuvant Immunotherapy の臨床試験を報告し、頭頸部がんの治療パラダイムを大きく変革させています。
このようなキャリアを日本人医師が実現する例は稀であると思われますが、それでも先生と共に2年間を過ごし、さらに様々な国からの友人との交流によって、文化の違いや研究の進め方など様々なことが学べました。
研究室により大きく事情は異なりますが、私の研究室ではUppaluri先生の意向で私生活にも重点を置いており、平日は朝から17〜19時くらいまで研究(それでも私が一番遅くまで研究していた)を行い、論文作成などはなるべく自宅で行うようにしていました。週末は家族で過ごし、夏休みを積極的に取って旅行に行くことが推奨されており、そのおかげで、私も毎週末様々なところに出かけ、コロナ禍の最中ではありましたが、留学生活を楽しむことができました。またボストンにはMEEI(Massachusetts Eye and Ear Infirmary)という感覚器のラボが集まった施設もあり、同時期に留学していた日本の耳鼻咽喉科の先生方とも交流することができました。
コロナ禍の激震地・米国での体験
2020年は世界がコロナ禍に悩まされた年でした。1月にダイヤモンド・プリンセス号のニュースを見て日本にコロナが拡大してしまう恐れがあることを知り、周囲のラボメンバーからも日本は大丈夫?と心配されていました。しかし、それからわずか1カ月もしないうちに米国でもコロナ患者が報告され、すぐに全米に広がり、米国が世界一のコロナ大国となりました。2月には仲の良かった中国人が突如帰国、さらに隣のラボでも半分程度が徐々に帰国し、私の周囲の同僚はかなり減ってしまいました。
そして忘れもしない、3月13日の金曜日には、研究所全体がロックダウンとなり、その後3カ月間全く研究所に入ることができませんでした。こっそり細胞を培養し続けてみようとしたのですが、IDで管理され不可能でした。研究は完全にストップ、ラボに行くのは週に1度マウスの世話をする時だけで、あとは完全に自宅での生活となりました。週1回近所のスーパーに買い出しに行く以外は外出できず、レストランや観光施設はすべて閉鎖、子供を近所の公園に連れて行くも遊具は使用不可で、コロナに感染するかもという不安もあり少し辛いと感じましたが、留学仲間とZoomなどを通じて励まし合いながら過ごしました。
最初は自宅でどのように働けばいいのかよく分かりませんでした。しかし、ロックダウン開始後2週間くらいすると徐々に慣れてきました。気分転換を兼ねて毎日1〜2時間くらい子供を外に遊びに連れていけたほか、家族でずっと一緒に食事もでき、家族の大切さを実感しました。
家でも論文を読んだり、グループアプリでラボメンバーと連絡を取りながら勉強してみたりしました。Uppaluri先生も、ステイホームでラボメンバーを放っておくと全く働かなくなってしまうことを危惧したのか、Zoomで論文の抄読会をするぞ!と言われ、ほぼ毎週発表することになり、Reviewを書くなど意外に忙しく充実した日々を送ることができました。3カ月間のロックダウン後、6月よりラボに行くことができたものの、人数制限があり、午前午後に分かれてのシフト勤務が年末まで続きました。
ラボにいる時間があまり取れず、この期間は限られたことしかできなかったので、研究内容がやや狭い内容になったことが悔やまれますが(頭頸部がんに対するネオアンチゲンがんワクチンの研究をしていました)、私の友人は留学自体がなくなったようですし、臨床の先生や他の職種の皆さんはもっと大変な思いをされている方も大勢いらっしゃったようで、私は留学させて頂けただけで幸運でした。留学はタイミングが全てなので、その時の世界情勢に大きく影響を受けるのは誰しもが経験するところでもあり、これも醍醐味の1つかもしれません。
海外留学でしか得られない感覚を体感してほしい
自分の目標とも言えるPhysician Scientistを体現しているUppaluri 先生と深く知り合えたことが大きく、同僚からも様々な刺激を受けました。また、今後もつながりが続くであろう、様々な国の同僚たちや多くの日本人研究者と知り合えたことも大きな財産となりました。留学生活では自分で考え抜く時間が多く、それにより得たものも多かったと思っています。
Webで驚くほど早く世界中の情報が得られる現代で、留学したほうがいいとは全く言えませんし、むしろ日本にいたほうが手術や診療技術を早く磨くことができ、給与面で考えても、留学はデメリットのほうが大きいかもしれません。しかし、これは私の個人的な意見でバイアスがかかりますが、医師・研究者というのは海外で仕事ができる可能性を秘めた数少ない職業の1つでもあります。実際に異国に住み、周囲にいる天才かと思えるほどの頭脳と感覚を持った人たちと日々を過ごしていると、海外旅行とは一味違った、世界の広さと多様性を実感できます。また外から客観的に日本を見て現在の日本がいかに恵まれているか、逆に近い将来への危機感も身を持って知ることができます。
このような感覚というものは、外に出てみないと体感できないものだと確信しています。もし留学を希望する若い先生が私の元を訪ねてきたら、ぜひ勧めようと思っています。




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