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新型コロナ襲来からの3年間を振り返る ~「ウィズ感染症」の次なるステージへ~

新型コロナ襲来からの3年間を振り返る ~「ウィズ感染症」の次なるステージへ~
尾身 茂(おみ・しげる)1949年東京都生まれ。78年自治医科大学卒(1期生)。90年WHO西太平洋地域事務局勤務。西太平洋地域に於ける小児麻痺(ポリオ)の根絶対策等で陣頭指揮。99年WHO西太平洋地域事務局長。SARSの制圧及び各加盟国の地域医療対策や結核対策等で陣頭指揮。2009年WHO執行理事。12年新型インフルエンザ等対策有識者会議長。14年独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)理事長(〜22年3月)。15年NPO法人全世代設立・代表理事。20年新型コロナウイルス感染症対策分科会会長。22年4月公益財団法人結核予防会代表理事、6月同理事長に就任(現職)。名誉WHO西太平洋地域事務局長。自治医科大学名誉教授。JCHO名誉理事長。
——2020年のダイヤモンド・プリンセス号でのCOVID-19の集団感染を知った時、先ず初めに思い浮かべたのはどの様な事でしたか?

尾身 最初のアドバイザリーボードで意見を求められた時、我々は乗客を直ぐに下船させた方が良いと申し上げました。何故かと言うと、勿論船内での関係者のご努力には敬意を表しますが、そもそも船の中に何十日間も閉じ込めて隔離をするという方法は、かなり古い考え方から来ていたからです。「検疫」という言葉は「40日間」を意味するイタリア語で「クアランティン」と言って、近代医学が興る以前の14世紀に伝染病の流行を抑える為に取った方法でした。ですから、現代の日本としては、感染対策をしっかりと行った上で、覚悟を決めて受け入れるべきだと思いました。

——世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が中国寄りの判断をした事に対し、多くの加盟国が批判しました。WHOに在籍していた立場として、どの様にお考えでしょうか。

尾身 WHOがこれまで信頼されていた理由は、テクニカルな組織であって、政治的に中立という前提が有るからだと思います。組織のトップとして、各国の事情を理解して配慮する必要は有りますが、それによって中立性が損なわれる様な事があってはなりません。そういう中で、テドロスさんは中国を褒めた時期が有りました。中国は武漢で新型コロナウイルスが発見された際の情報共有が遅れました。03年のSARSから1〜2年、我々は世界に影響を及ぼし得る何かが起こる予兆があれば、なるべく早く国際社会に共有する事を強く約束しました。それにも拘らず、意図的ではないにしても、結果的には遅れたのです。それを世界の手本の様な言い方をしてしまった点は残念でしたね。

専門家からの積極的情報発信と政策への提言

——コロナ禍では当初、政府や自治体、医師会からの正式且つ正しい情報の発信が不足していた一方で、専門家が積極的な意見を述べるシーンが多く見られました。

尾身 我々はあくまで専門家として政府に対して意見を述べるだけで、マスコミの前に出る事は当時、全く考えておりませんでした。私は09年の新型インフルエンザの時も諮問委員会の委員長を務めていましたが、記者会見を行った事も無く、新聞記者にインタビューをされて数度答えた位です。当時マスコミが関心を示したのは、ワクチンは2回接種か1回接種かという事でしたね。ある政治家は2回接種しないとワクチンの免疫が付かないと言いましたが、我々は1回で良いと述べたので大騒ぎになりました。私が覚えているのはそれ位です。それが今回、何故我々が前面に出たかと言うと、1つに当時は政府はダイヤモンド・プリンセス号の対応に追われ、忙殺されていた事が有りました。もう1つの理由として、我々専門家の一部はパンデミック先行国とのヒューマンネットワークを持っていましたから、この病気が手強いと当初から判断していた事です。

——当時、専門家の間では、どの様な事が語られていたのでしょうか。

尾身 1番のポイントは、これ迄のSARSとは違うという点です。SARSは感染してから人に感染をさせる様になるのは、症状が出てからです。潜伏期の無症状の人が他の人に感染させる事はありません。発熱や咳が出た時点で間髪を容れず隔離する事によって、感染拡大を防ぐ事が出来ました。21世紀最大の公衆衛生的な世界危機だと言われましたが、今から考えると比較的扱い易い病気だった訳です。今回の新型コロナウイルスは、無症状の人、或いは潜伏期内の人も、人に感染させるという事が20年2月の時点で我々には明らかになっていました。かなり手強いウイルスであるという事です。我々は日本でぽろぽろと感染が報告される様になった頃には、既に感染がかなり広がっていると考えていました。この事をいち早く国や一般市民に伝えるべきだというのが、多くの専門家の共通の見解でした。

——ご自身が前面に出る事で、ご苦労も有ったと思います。

尾身 当然、色々な批判が有るだろう事は想定していました。それでも皆で話したのは、やはり我々が言わなければ、歴史の審判に耐えられないのではないかという事でした。我々は、20年2月24日の専門家会議で、我々の見解を纏めた文書を提出しました。前日に皆で徹夜して準備をした事を今でもよく覚えています。このウイルスが人から人へどの様に感染するのかを示し、感染拡大を抑える為にはどうするべきかを提言しました。すると、この内容がマスコミにも知られる事になり、要請を受けてNHKのニュースに生出演や記者会見をするという運びになりました。その後、何十回とアドバイザリーボードや分科会が行われ、その都度我々は提言を行って来ました。我々の提言は議事録を通して報告されますが、出る迄に時間か掛かるので、会議の内容を説明せよという事で会議後の記者会見を開くパターンが定着しました。これが今まで続いているという状況です。

——専門家が全ての政策を決めているのではないかという声も一部から聞こえて来ました。

尾身 最初の内は政府官僚が記者会見を行っていましたが、途中からは殆ど開かれなくなりました。その為、その様に見えたのかも知れません。しかし、専門家の役割は提案でしかありません。我々の意見が通ったものも有れば、通らなかったものも有ります。他にも経済界から色々な意見が挙がりますし、最終的にそれらの提案や意見を汲み取って、決断を下すのは政府の役割です。

——専門家と政府では、絶えず意見交換が行われていたのでしょうか。

尾身 正式な会議としては、アドバイザリーボードと分科会の2つです。感染の状況を評価する事を目的とし、医療関係者が政府に対して情報を共有する為に実施していたのがアドバイザリーボードです。少し時間が経過してから、医療関係者以外の経済の専門家等も参加し、対策案を政府に出す目的で分科会が設立されました。

——メディアでは日々、COVID-19の話題が取り上げられ、過激な意見や誤情報の発信も多く見られました。

尾身 これについては興味深い事実が有ります。パンデミックの初期には情報が少なく、一般市民だけでなく、我々専門家も未だ分からない部分が沢山ありました。手探りの中で、皆が不安になっていました。しかし、こういう状況でしたが、社会は同じ方向に向かって動き出しました。例えば、20年4月に第1回の緊急事態宣言を発令し、人との接触を8割削減しましょうとお願いしました。これは日本で数少ない数理学者の西浦博先生の方法論で、そうする事で感染が一定程度抑えられるという仮説によるものでした。しかし、大きな異論も無く、多くの人が協力しました。それが、感染がどんどん進み、様々な事が分かって来ると、立場や置かれている状況、その人の価値観によって、見え方が多様化して来ます。医療従事者、健康な人、お年寄り、若者、経済活動を重要視する人、まず人命が大事と考える人では、同じ絵を見ていても、見え方が違って来ます。SNS上では同じ様な考えのグループが議論をする事で、その考えが増幅されました。

柔軟な対応により、死亡率の低さで高い評価

——日本のCOVID-19対策は、他国と比較して死亡者数が少なかった点で、世界から評価されました。

尾身 世界では、当初から大きく2つのタイプが存在しました。1つは中国式で、とにかく感染者をゼロにしようというロックダウン方式です。一方、スウェーデンでは最初からウイルスを封じ込めるのは難しいとし、感染を許容しました。日本はその「真ん中」を行きました。感染をゼロにする為には完全に隔離をして、国民全員が毎日検査をしなければなりません。そこで感染拡大のスピードを抑えながら、死亡者を減らす為の策を取った訳です。

——それで緊急事態宣言を発令したのですね。

尾身 日本政府が緊急事態宣言を発令した理由は、実は感染者が増えたからだけではありません。今のオミクロン株の感染者に対し、第1波の時の感染者はスケール上では殆ど見えないレベルです。それでも緊急事態宣言を発令したのは、当時、医療の逼迫が起きていたからです。死亡者数が低かった理由の1つは、政府が感染の波や状況に応じて重点措置を出したり解除したりと、その都度柔軟に対応を変えて来られた事だと思います。又、国民もステイホームに協力し、保健医療関係者は勤勉な精神を以て取り組みました。客観的に見ると、日本の人口10万人当たりの死亡率は他国と比べてかなり低いと言えます。今回のコロナ禍で日本の社会は非常によく頑張りました。只一方で、問題点も表面化したという事を述べなければなりません。

——全体的に、日本の政府や医療現場の対応をどの様に評価されますか?

尾身 私は一般市民、保健医療関係者、自治体、政府、それぞれが厳しい状況の中でも一生懸命頑張ったと思います。しかし、次回のパンデミックに備えては様々な課題も残りました。司令塔機能の強化が議論されていますが、これまで直面した課題を十分検証した上で、機動的で実効性が上がる司令塔機能を強化して行くべきだと思います。

新型インフルエンザでの反省が生かされず

——感染症拡大に於いて、日本の最大の課題は何処にあるとお考えですか?

尾身 1番大きな課題は、平時から準備をしておく事です。我々は09年の新型インフルエンザの時、日本学術会議の金澤一郎先生が座長となって、政府関係者が一堂に会する中、次回同様の事態が起こった時にはどうすれば良いかを徹底的に議論しました。この時の報告書には、驚く事なかれ、今回の課題として挙がったPCRの検査体制から保健所の機能強化、ワクチンの開発・生産体制の強化、リスクコミュニケーション、国・地方自治体・医師会・専門家の在り方に至る迄、全ての事が書かれています。正に喉元過ぎれば熱さを忘れるという有り様です。弁護をするとすれば、政権交代がありましたし、09年の新型インフルエンザで日本はシンガポールや韓国等に比べて比較的影響が少なかった事が有ります。厚労省は一生懸命頑張ったと思いますが、結果的に、我々は準備不足のままに未曽有の事態に直面する事になりました。ですから課題は何かと問われれば、09年に言われた事がそのまま今後の課題であり、そうなってしまった事が今回の最大の反省点でもあります。

——コロナ禍で遠隔医療の導入の必要性が重要視されました。

尾身 僻地からの声も上がっていますし、私は遠隔医療には大賛成です。それも含め、ICTやAI等の科学技術の利活用は、積極的に推進して行くべきだと思います。特に今回我々が非常に苦労した事の1つは、データ不足でした。重要な疫学情報をタイムリーに得る事が出来なかったのです。これには2つの理由が有り、1つはITの導入の遅れです。AIも分析をするにはデータが必要ですが、それらを得る為のシステムが有りませんでした。手書きの情報は現場に有っても、直ぐに使えないという状況でした。もう1つの理由は、個人情報の問題です。感染者が出ると、保健師が発症に至る迄の行動や濃厚接触者を特定する為の聴取を行います。この時、感染者から情報の開示に同意をしてもらえなければ、自治体や国に情報の提供が出来ません。データが不足する中で、我々は専門家としての意見を期待されます。そこで、マスコミに出たデータを掻き集める事になりました。専門家の中には大学の教授が多いため研究所のスタッフや自分の教室のお弟子さんを駆り出して総出で行いました。勿論全て手作業です。現在、新たな疫学調査の手法として、下水サーベイランスの実施に向けて検証を行っているところです。

感染症対策に携わる専門的人材の輩出に意欲

——日本は昨年、結核「蔓延国」から「低蔓延国」となりました。今後、特に注力されたい事をお聞かせ下さい。

尾身 今回の新型コロナウイルスによって、感染症は突然発生し、パンデミックともなれば社会に大きなダメージをもたらす事が分かりました。発生した時に騒ぐのではなく、コンスタントに準備をしておく事が大切です。そこで大事になるのが「人材」です。患者さんを診る臨床医だけでなく、公衆衛生、危機管理、データマネジメントの専門家、基礎研究を応用出来る人材、開発した薬を世界のマーケットに売り込む人材、様々な分野に於ける専門の人材が必要です。しかし日本はこうした分野にあまり力を入れて来なかった。結核予防会では、これ迄97カ国2400人以上の国際研修生を受け入れて来た実績が有ります。今回の新型コロナウイルスでも、積極的疫学調査、陰圧の問題等、結核で培ったノウハウが多くの所で生かされました。感染症は結核やコロナウイルスだけではありません。国内外の全ての感染症に対応出来る人材を輩出して行く事が、我々が日本と世界に最も貢献出来る事だと思っています。

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