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未来の会

第123回 社員はリストラの一方で、社長は3年で年俸2倍

第123回 社員はリストラの一方で、社長は3年で年俸2倍

虚妄の巨城
武田薬品工業の品行

 「社内には競争環境があるべきだと考える人もいますが、それは間違いです。必要なのは、共に歩むという一体感です」——。

 武田薬品の代表取締役社長でCEOのクリストフ・ウェバーが語ったという発言が、『Forbes JAPAN』誌(電子版)の今年1月1日号に登場している。記事のタイトルは、「武田薬品、巨額買収決断の裏で積み重ねられた『社員との対話』」。いかにウェバーが、社員と対話を重ねて「未来の姿を共有し、変革の原動力に変える」ため努力したか賛辞を込めて語り、その結果「社内の雰囲気も変わった。タウンホールミーティングでは、社員が気軽に手を挙げ、社長に直接質問を投げかける」と、誉めそやす。

 なぜ『Forbes JAPAN』にそうしたウェバーの記事が登場したのかと言えば、同誌の「イノベーション効率ランキング」で武田が1位になり、「日本で最もイノベーティブな企業」に選出されたため、ウェバーという「経営者の手腕と哲学」に注目したからとか。

 この「ランキング」の基準は寡聞にして定かではないが、少なくとも薬品業界では、武田は肝心の創薬の面でとうの昔に「イノベーティブ」ではなくなっている。ウェバーの下でも同様。だからこそ前社長の長谷川閑史の時代から、めぼしいパイプライン(新薬候補)を有する海外企業に片っ端から手を付けるような手法しかなくなり、とどのつまりがシャイアー買収だった。

リストラせざるを得ない経営状況

 しかも、今や武田の社員はいくら「共に歩むという一体感」に燃えようとも、必ずしも誰もが会社の「未来の姿を共有」出来るわけではなさそうだ。武田は8月17日、「フューチャー・キャリア・プログラム」といういかにも「グローバル企業」らしいものの、何の意味なのか即座に理解し難い横文字を使ってリストラを発表したからだ。

 対象者は、勤続年数が3年以上の国内ビジネス部門に所属し、異例にも下限が30歳以上の若手社員に及んでいる。研究開発や製造部門は含まれないようだが、退職日が原則として今年11月30日というから、かなりの強行策である。募集人員は未公表ながら、相当な規模になると見られる。

 前出の記事を読むと、何か武田の職場環境が「競争」とは縁遠いオアシスのような和気あいあいとしたイメージにとらわれてしまいそうになるが、リストラの話は以前からあったと言うから、真に受けない方がいいかもしれない。たとえ事実だとしても、これではさすがに今後、「社内の雰囲気も変わる」のではないか。

 武田のリストラの厳しさは、かつての湘南研究所(現・湘南ヘルスイノベーションパーク)の研究職が経験して世に知れたが、これからは他社と比較して優れているとされたMR(医薬情報担当者)にも襲いかかる。「共に歩む」どころではない。

 そのため、「気軽に」「社長に直接質問を投げかける」ような社員でも、さすがにこのリストラについては憤然とした気持ちになるのではないか。武田が6月24日に公表した2020年3月期の有価証券報告書によると、ウェバーの役員報酬は20億7300万円に達している。19年よりも、3億1500万円のアップ。17年3月期の報酬額が10億4800万円だから、実に3年で2倍近くまで達している。いったい何の功あってこれほどの大盤振る舞いなのか。

 19年の世界の薬品会社の売り上げでは、シャイアーを買収したおかげで武田は9位に食い込んでいるが、20億円という報酬額は、売り上げで1・5倍以上のファイザーの社長と同水準であるというから、いかにも破格だ。そのシャイアーの件にしても、買収計画が明るみに出る前の18年1月26日の株価は6644円だったが、今年の9月7日の段階では3800円まで落ちている。

 この半年だけでも、4000円を超えた日はさほど多くない。かつては他社を寄せ付けなかった時価総額でも、今や中外製薬と第一三共の後塵を拝してしまった。武田が「日本で最もイノベーティブな企業」なら、株価が2年と数カ月で40%以上も落ち込むような体たらくぶりを見せ付ける事もなかっただろう。

 結局のところ、市場も未だ6兆円以上を投じた前代未聞の巨額買収の成否について懐疑的なのだ。にもかかわらずウェバーは買収前の2倍近い報酬を懐に入れておいて、社員にはリストラを強いながら「一体感」とうそぶく。その鉄仮面ぶりは、どう贔屓目に見ても当人の「経営者の手腕と哲学」を疑わざるを得まい。

 ただ、報酬の件はさておき、武田がリストラなしで済まされるような状況でないのは間違いない。巨額買収に伴う有利子負債は、これまで8300億円もの資産や非中核事業の売却にもかかわらず、まだ5兆円以上も残っているからだ。

武田ブランドの国民薬をあっさり売却

 8月24日には、武田のイメージそのものである「アリナミン」等の大衆薬事業を手掛ける子会社の武田コンシューマーヘルスケア(TCHC)の米投資会社への売却が発表された。買収額は2400億円を見込む。TCHCは営業利益で129億円水準を稼ぎ出しているが、非中核事業として売却対象となった。世間はリストラに次ぐこの武田の措置を、「負債の穴埋め」と受け止めたのではなかったか。

 だが、驚きは長年武田ブランドの「国民薬」として親しまれてきたアリナミンをはじめ「ベンザ」「タケダ漢方胃腸薬」「ボラギノール」等を扱うTCHCを、あっさり外資に売り飛ばした事だけに留まらないはずだ。

 ウェバーによれば、売却理由はTCHCの将来を見据え、「TCHCの成長を加速させるために慎重に検討を重ねた結果」であると述べる。しかしいくら子会社とはいえ、ここ数年減収減益が続き、新商品も増えなかったTCHCをウェバーが気にかけた形跡は乏しい。有利子負債の軽減のためであるという当然の見方をひたすら否定する不自然な頑なさこそ、驚きではないのか。

 考えられる理由は、ただ一つ。赤字でもないのに、武田が長年築き上げてきたブランドの大衆薬を外資に譲らねばならないほど、巨額の有利子負債にあえいでいる実態を知られたくないのだろう。30代の若手まで対象にした異例のリストラを「フューチャー・キャリア・プログラム」等と言いくるめているのも、その一環に違いない。

 本来なら、武田が上場企業で最高額の役員報酬を出せる状態ではない事ぐらい、当人はよく分かっているのだ。だとしたら、何という厚かましい「経営者の手腕と哲学」だろうか。 (敬称略)

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