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未来の会

院内助産・助産師外来の普及へ意識の改革を

院内助産・助産師外来の普及へ意識の改革を

悪循環に陥った産科現場で求められる助産師の役割

産科医不足が指摘される様になって久しい。そもそも勤務の過酷さや大学医学の定員抑制など政策的な影響も有って医師不足が懸念されて来たが、特に産科は医師不足が顕著で、地方の大病院でも、産科の廃止や受け入れ休止を決断せざるを得ないケースが相次いでいる。この為、妊婦が地元で出産する病院を見つけられないという事態も起きている。こうした現状の改善に向け、国は「院内助産・助産師外来」の推進に取り組んでいるが、病院の理解や助産師の数の不足も有り、十分に普及しているとは言い難い。妊婦が安心して出産出来る医療体制を整える為、助産師の役割についての啓発と助産師の育成が求められている。

院内助産開設は産科病院のわずか15%

助産師は、「保健師助産師看護師法」で正常な妊産婦への分娩介助が法的に認められている。こうした助産師の専門性を発揮する為、病院の中で助産師が分娩介助を行う「院内助産」や、助産師が健診や保健指導を担う「助産師外来」の開設が進められている。厚生労働省が2008年に公表した「安心と希望の医療確保ビジョン」でも、「助産師が医師との連携の下で正常産を自ら扱えるよう院内助産所・助産師外来の普及を図る」とされ、「助産師の数を増やすと共に、資質向上策の充実も図る」との目標が掲げられた。

この背景には深刻な産科医不足が有り、産科医を目指す医学生の減少は、少子化による需要減少への不安に加え、24時間態勢で分娩に対応しなければならない労働環境や、出産時のトラブルの訴訟リスクの高さが理由だとも指摘されている。これらの原因から産科医不足が進み、病院も産科の維持が困難になっているという事情が有る。

厚労省の医療施設調査(20年)によると、院内助産を開設している医療機関は179施設で、この内病院は144施設で、分娩を扱う963病院の内15.0%、診療所は35施設で分娩を扱う1107診療所の内3.2%と、低い水準に留まっている。又、助産師外来の開設数は1025で、病院が574施設、診療所が451施設。病院は60.0%と半数を超えたが、診療所では40.7%となっている。

技術や経験のある助産師の不足が普及の障害

国と歩調を合わせて院内助産と助産師外来の推進に取り組んでいる日本看護協会によると、院内助産等が進まない理由には、高い技術や経験を持つ助産師の不足や、医療関係者の認識不足が有るという。又、産科の廃止や休止等によって看護師業務を行っている助産師も多く、分娩介助の経験を十分に積めないという状況も有る。

認識不足の問題では、正常分娩の場合、殆どの対応を助産師に任せているものの、分娩時にだけ医師が立ち会う為、院内助産に当たらないと考えている医師や助産師が多い。しかし、同協会が国の委託を受けて作成したガイドラインでは院内助産に当たり、こうした態勢の病院を加えると、実質的に院内助産を行っている施設はかなり増える可能性が有るという。院内助産の普及や妊婦へのPRの為にも、こうした施設も積極的に院内助産・助産師外来を明示する事が求められる。

又、18年に同協会が実施した調査によると、院内助産を行っていない理由(複数回答)として最も多かったのは「助産師数の確保困難」で57.9%、次いで「助産師の育成困難」が42.8%だった。こうした助産師不足の声に応える為、国も助産師の育成や資質向上に取り組んでいる。その1つが助産師の出向制度で、勤務している病院に在籍しながら他の施設で助産師として働き、技術や知識を学んだり、出向先の支援をしたりする。主に大病院でハイリスク分娩に携わる事の多い助産師に正常分娩を経験させたり、若い助産師に研修させたりといった研修目的で活用される事が多いという。しかし、この事業を行っているのは全国の都道府県の半分程度に留まっており、協会では積極的な活用を都道府県に呼び掛けている。

同協会は妊婦が安心して出産出来る施設の確保と共に助産婦の活躍の場の拡大という観点から、講演会やシンポジウムも開催している。23年1月29日に開かれた「院内助産・助産師外来推進フォーラム」では、国や協会の取り組みの他、先進事例として長野県の成果が報告された。

一部のベテラン助産師や医師の間には抵抗感も

長野県では、信州大学医学部付属病院が08年に助産師外来を開設。同病院では産科外来を含め、妊婦の初診問診は全て助産師が行っている。助産師外来の開始に合わせて院内助産も始め、現在はローリスクからハイリスク迄、全て助産師が主体的に管理する態勢となっている。勿論、地域周産期母子医療センターの役割を担っている為、ハイリスクの妊婦は少なくなく、年間700件〜900件の分娩の内、助産師のみで分娩出来るケースは限られるが、当初10%程度だった院内助産率も態勢の整備と共に向上し、22年には25%に達した。これによって産科医の負担も軽減され、ハイリスク出産への対応に注力出来る様になり、助産師のモチベーションも高まるという効果も出ている。

講演した信州大学医学部の塩沢丹里教授によると、同病院では14年に退職や産休等が重なり、産科医師が16人減少。更に県内の病院の産科の集約化によって分娩数が急激に増加し、分娩には原則、医師が立ち合う事になっていた為、産科医師がかなり疲弊していた。こうした事から、助産師の力も借りようと助産外来・院内助産を始めたという。

現在、同病院の運用では、産科医と産科外来リーダーの助産師が34〜35週頃に院内助産の対象の可否を決定。胎盤娩出まで医師が立ち会わなかった分娩を院内助産完遂として扱い、この場合、出産証明書は助産師名で作成し、インセンティブとしての報酬も有る。又、院内助産の場合は産科医師への報告は必要無く、新生児科医師への連絡は産科医師が行う事になっている。

更に同大学では県内で院内助産を普及させる為、「院内助産リーダー養成コース」を16年から19年迄開講し、県内病院の助産師に院内助産や助産外来の運営に必要な技術や知識、心構えを教授。これには県も人材育成事業として補助金を出す等協力し、3年間で5回開かれた講座には計20人の助産師が参加した。

こうした取り組みの結果、長野県では16年に院内助産を導入していた病院は同病院を含め2施設しか無かったが、22年には6施設に増加。導入を検討している病院も6施設となった。

一方、コースを運営する中で院内助産を開始出来ない病院の事情や医師・助産師の本音も見えて来たという。特に難しい問題は、分娩数が減少する中、混合病棟が増えている事で、産科と他の診療科で使用している病棟では助産師も看護師と同じ仕事が求められ、妊婦への対応や出産に専念出来ない。院内助産を始めようと思っても、看護師からの理解を得られないという病院も有る。

又、ベテランの助産師には、今迄の仕事のやり方を変えたくないという意識を持つ人が多く、院内助産に不安を覚える助産師も少なくない。若手の助産師が中心となり、院内助産を始めたものの、ついていけないベテランが退職した例も有る。又、「助産師に任せるのは不安」という医師の理解不足も一部で根強いという。

塩沢教授は助産師の育成だけでなく、病院の態勢、医師・助産師の理解不足や認識といった課題の解決が院内助産の普及に不可欠だと指摘。県内で分娩を扱う医療機関同士が定期的に院内助産や助産師外来の現状や課題について情報交換する機会が必要だとした。

出産を巡る環境は少子化が進むに伴い産科医が減り、妊婦が安心して出産出来ないという悪循環に陥っている様に見える。助産師の活用によって安心して出産出来る環境の整備も少子化対策の1つになるかも知れない。

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