今こそ時代に沿った労働環境の整備を
2024年4月、医師の働き方改革元年が幕を開けた。殆どの医療機関で対策は取っているだろうが、暫くは模索が続くだろう。
日本消化器外科学会では23年秋、医師の働き方改革を目前にして、消化器外科医の実情を把握する為に会員にアンケートを実施した。その結果には学会内に衝撃が走ったという。問題となったのは、次世代に向けた設問である。「子供に消化器外科を勧めるかという」問いに対し「そう思う」「強くそう思う」と肯定する回答が、合わせて僅か14.5%で、2割にも満たなかったのだ。今後の消化器外科の将来を担うであろう「後輩に消化器外科を勧めるか」でも、肯定する回答は38.2%だった。又、回答者自身が再度診療科を選択出来るとしたら「消化器外科を選択するか」では、肯定は52.3%だった。後輩・子供に「勧める」が44%、「どちらでもない」が46%で、要するに消化器学科は、自身は良いとしても、次世代には勧められない診療科だという認識なのだ。
調査は、同学会の医師会員1万9383人(23年9月現在)の内、65歳以下及びメールアドレスの登録が有る1万5723人(男性1万4267人、女性1456人を対象に、オンラインで回答する方式で実施された。回答者数は、2932人(回答率18.6%)だった。全都道府県に渡った回答者は、20歳代2.0%、30歳代29.1%、40歳代33.9%、50歳代25.7%、60歳代9.0%で、女性は8.5%だった。
医師数は増加も外科医は増えていないという現実
実は、医療崩壊の懸念や医師不足が叫ばれる様になってから、日本の医師数は確実に増加している。厚生労働省の最新の統計によれば、日本の医師数は33万9623人(20年12月末現在)で、過去最高となっている。医学部の定員増加や新設等もあり、医師数は増加傾向だ。00年が25万5792人、10年が29万5049人と、10年間で約4万4000人、20年間では約8万4000人増えている。OECD諸国との比較が取り沙汰されるが、人口当たりの医師数は19年(日本の数値は18年)に於いて、OECD平均の3.6人に対し、日本は2.4人であり、欧米並という目標は達せられていない。
医療崩壊が声高に叫ばれていた当時、最も懸念されていたのが小児科と産婦人科のなり手不足だった。しかしながらこの両科は、行政と医学界を挙げた取り組みに実効が有ったと言える。診療科別医師数の年次推移を見ると、志望者数が増加に転じているのである。
一方、外科はどうか。外科医の数が底を打ったのは06年だが、その後の伸び率は、医師全体、小児科、産婦人科には及ばない。外科全体では20年2万7946人(医師の8.2%)で、この20年ほぼ横這いである。医師の総数は増加の一途だが、外科医の割合は相対的に減少している事になる。外科医の総本山である日本外科学会の医師会員数を見ると、約4万人で、この20年は漸増傾向だ。しかし、新規入会者数を見ると2000人以上が入会していた1990年頃に比べると、約6割の1000人台で推移している。
先のアンケートを実施した日本消化器外科学会の場合、総会員数は1万9383人(23年9月現在)。11年2万891人、15年2万306人で、18年に2万人を割り込み、減少傾向が続いている。同学会では、消化器外科医を志す若手医師の減少を問題視し、労働環境に関するアンケート調査を、07年、11年と実施して来た。しかしながら、消化器外科離れに歯止めが掛かっていない事が憂慮されている。
嘗て、外科は医師の花形だった。手術室で華麗なメス捌きを見せ、患者の命を救う。医師であった手塚治虫氏の漫画『ブラック・ジャック』に憧れて、外科医を目指す者も少なからずいた。そうした医師達が現役でいる間は良いだろう。しかし、若手の減少で、外科医の年齢分布は、尻すぼみのピラミッドとなっている。現在50代の現役の医師達が、遠からずメスを納める様な日が来れば、手術提供能力が急低下し、手術が必要な時に受けられない時代が到来する事が予想されているのだ。
日本の人口は、既に減少に転じている。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(17年推計)」によれば、40年の日本の総人口は、15年から約1600万人も減少する。とは言え、老年人口は500万人以上増えると予測されているのだ。外科のマンパワーが低下する中で、増大した手術に対応しなければならない近未来が待ち構える。
働き方改革に外科医はどう向き合うか
昭和の時代、「24時間365日外科医」である事は、美徳とされていた。勿論、外科は昔も今も多忙な職場だが、患者の平均在院日数が30日を超え、受け持ちが10人以下という時代も有った。努力義務としてインフォームド・コンセント(IC)が明示されたのは、1997年の医療法改正からであり、手術承諾書すら無い時代も有った。現在は平均在院日数は大幅に短縮されているが、それと反比例して症例数は増加している。
地域医療の機能が低下する一方、外科手術は高度化し、大病院に症例が集約化されて外科医1人当たりの受け持ち患者は増えた。ICの為の長時間の説明、診断書や同意書、指示書、診療情報提供書、カルテ開示を念頭にした記載等、大半のペーパーワークは医師にしか認められておらず、日常業務は増加の一途にある。
04年に、日本外科学会入会者数は500人程度に落ち込み、その後09年迄1000人に満たない状況が続いた。同年、若手外科系医師の増加を目的としたNPO法人日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会が発足した。理事長は、当時、カルビー会長兼最高経営責任者で、中央社会保険医療協議会専門委員も務めた松本晃氏だった。同会は、病院勤めの外科医の処遇改善を厚生労働省等に働き掛けた結果、10年度、12年度の診療報酬改定に於いては病院への手厚い配分で増額となったが、現場の外科医に還元する迄には至っていない。
04年度に導入された医師の臨床研修制度では、当初外科が必修だったが、10年度から外れた事が、外科離れを促進したとの反省もあり、20年度には再度、必修科目に戻された。これで外科医志望者数復活の兆しを期待したい。
働き方改革により、外科医療や救急医療を提供する医師のマンパワーは低下せざるを得なくなる。こうした環境に於いても、外科や救急はチームで対応しなくてはならず、それが可能な病院に手術や救急が集約されて行く可能性は高い。片や、十分な医師が確保出来ない病院では、手術日を減らす、中止する、夜間救急を受けないといった、苦渋の決断を迫られる事にもなり兼ねず、あの手、この手で対策が練られている。地方では、手術機会が限られる中で、高度な手術技術の維持・向上が求められている。そこで、手術支援ロボットやデジタルトランスフォーメーション(DX)等、新規の技術を導入する事は、若手外科医の教育とスキルアップを支援する事になり、将来の外科医不足解消に寄与出来ると期待されている。
ワークライフバランスを重視する価値観を持つ若い医師も増えており、入院患者の診療(受け持ち)体制については、厚労省からも複数主治医制(チーム制)が提案されている。しかし、先の消化器外科学会のアンケート結果では、導入は半数に留まっている。医療機関の規模等の理由によって、導入が困難な施設も有ると思われるが、導入後の体調管理やプライベートな時間の確保等の恩恵が有る一方で患者サイドからの不満は少数だ。推進すれば、効率的な労働に資するのではないか。
外科医に対する金銭的インセンティブ導入に関する施策の検討も、もはや不可欠ではないだろうか。消化器外科学会のアンケートでも、賃金に関する満足度に関して、「やや不満足である」が48.3%と半数近く、「全く不満足である」が28.4%、「満足している」が23.3%だった。問題点として、「手術に対する特殊技能手当を支給すべき」が75.9%、次いで「他科との比較で割安感が強い」が64.1%、「超過勤務の賃金が十分に支払われていない」57.4%(複数回答可)と続く。
ドクターフィーは、中央社会保険医療協議会でも度々議論に上るが、未だに実現されていない。働き方改革下での外科医不足の行方と共に注視して行きたい。
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