SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

第133回〝誰のため〟の視座欠いた「変曲点」報道の穴

第133回〝誰のため〟の視座欠いた「変曲点」報道の穴

虚妄の巨城
武田薬品工業の品行

 あまり使用頻度は高いと思えないが、「インフレクション」なる用語がある。音調の変化とか屈伸とかいろいろ意味があるようだが、『日本経済新聞』(電子版)5月31日付の武田薬品工業社長のクリストフ・ウェバーのインタビュー記事にのっけから登場する。

 「21年を『インフレクション(変曲点)』の年と位置づけた。買収したシャイアーの統合活動が全て完了し、目標としていた統合による累計23億ドルのコスト削減を1年前倒しで達成したためだ。……我々は2年の統合に伴う組織の再編成を終えて、将来への準備が整ったとみている」と、最初から鼻息が荒い。

 翌6月末に予定されている株主総会を前にあまり景気が良くなさそうな話が出来ない事情もあるだろうが、「変曲点」と言いたいのなら「インフレクション・ポイント」が正確である点はさておき、そんなに意気揚々でいられるのかという疑念が拭いきれない。

事業・資産切り売りの末に巨額の負債

 第一、武田の有利子負債は、21年3月期決算で4兆6353億7100万円もある。ウェバーは「非中核事業の売却も目標の100億ドルを超えた」と強気だが、言い換えれば借金返済のために片端から事業や資産の切り売りを続けた末にもう売るものがほとんどなくなった段階で、まだ4兆6000億円を超えるとてつもない額の負債が残されているというのが正確な表現ではないのか。今後は、確実により重く経営の負担になっていくのは疑いようがない。

 だが、『日経』記事はそんな事はお構いなしに、武田の株主対策でも忖度しているかのように景気の良い解説で締めくくる。

 「武田の21年3月期の連結売上高は3兆1978億円で純利益は3760億円と、ともに過去最高水準にある。シャイアーの巨額買収を経て医療用医薬品で世界トップ10に入り、医薬品開発で最先端を行く米ボストンでも武田の研究者は存在感を示す」

 本当に「過去最高水準」と誉めそやすだけでいいのか。武田の創業家筋の株主らで組織する「武田薬品の将来を考える会」は6月20日に、これとは逆に同期決算には厳しい評価を発表している。

 「当期業績を概観すると営業利益5000億円のうち3000億円は大衆薬子会社や不動産などの資産売却によるものである。本業では売上収益が3%近く減少し、営業利益は2000億円、当期利益段階では1000億円程度に過ぎず、実質のROEは1・9%であった。また今年度の業績予想は売上収益を5・4%増としているがここにも事業売却や為替の円安影響を織り込んでいる。本業は減収減益と言っても過言ではない状況が続いている」

 実際、『時事』の5月11日付の配信記事でも、「純利益が前期比8・5倍の3760億円となった。大衆薬子会社の武田コンシューマーヘルスケア(現アリナミン製薬)を米投資ファンドに売却するなど、事業・資産譲渡による利益が膨らんだ」として、「過去最高水準」のお寒い実態を指摘している。少なくとも『日経』記事は、有利子負債の額ぐらい並記すべきだったのではないか。

 しかもウェバー就任以来、武田の業界内での地盤沈下は否定し難いのが現実だ。時価総額では中外製薬に大きく差を付けられ、7月13日現在第2位。今年1月には一時的だが、設立から20年ちょっとしかたっていない製薬会社マーケッティング支援のエムスリーの後塵を拝すまでとなり、再度抜かれる可能性もある。

国内研究基盤を壊して米国行きの愚

 また、確かにボストンは米国のバイオ・薬品産業の中心地で、武田は20年9月に研究開発用の細胞医薬品製造施設を新設している。だが、時期的に当然ながら何か特筆するような成果を挙げた形跡は乏しく、武田がそこで「存在感を示」したような話題も格別伝わってこない。

 本来、「存在感を示す」べき場所は、武田が11年に「研究の総本山」だの「東洋一」だのと豪語して新設した「湘南研究所」(神奈川県藤沢市)であったはずだった。だが、そこで「存在感を示す」事が出来たのは、創薬とは全く無縁に、13年から17年にかけて2回強行されたリストラの手口があまりに陰湿であったため世間の話題になったからにすぎない。

 研究職の社員が実に3分の2も追い出された後、18年になって今度は「研究の総本山」という宣伝文句も放り投げ、「製薬企業の他にバイオベンチャーや大学などの研究者が一つ屋根の下に集まり、創薬やヘルスイノベーションの追求に取り組んで」いる(武田)という、一見何をしているところなのか分からない「湘南ヘルスイノベーションパーク」に改組された。

 今や、「パーク」に残っていた武田の再生医療ユニットも縮小が決まったとか。そこでの15年の発足時には騒がれた京都大学iPS細胞研究所との共同プログラム「T‐CiRA」も鳴かず飛ばずで、すっかり存在感が薄れている。

 しかも、国内の研究基盤をここまで壊しておいて世界の「医薬品開発で最先端を行く」というボストンに移っても、武田にとって久しく縁がなくなっている創薬が即保証されているわけではない。もし保証されているのなら、日本の競合他社も続々ボストンに研究施設を移して負けずに「存在感を示す」のではないか。

 こうして見ると、この記事の記者は、武田の軌跡についてさほど知悉している風ではなさそうだ。あるいは、武田にとって耳の痛い話題を意図的に避けたのかもしれないが、「ウェバー氏を後任に選んだ長谷川閑史前社長から託されたグローバル化は確実に進んでいる」等という礼賛に及んでいるのは、いかがなものか。

 私企業といえども、社会の公器だ。この国の雇用と発展に責任を負っている。ところが外資でもないのにあっという間に最高経営陣の大多数が多国籍の人間で占められ、その経営陣が長年国民に親しまれてきた大衆薬を外国の投資会社に売り飛ばした。しかも、この国の医療産業の頭脳である研究機関もなくしてしまったに等しい。

 長年蓄積されてきた武田の気風やビジネス慣行はほぼ破壊され尽くした観があるが、それでも全ては「グローバル化」で正当化されるのだろうか。そもそも、社員はそれで幸せになったのか。それとも「グローバル化」とは、そうした問い掛けすら見当違いの世界なのか。

 今さら『日経』に「ジャーナリズム」を求めるのは、これも見当違いなのだろう。だが武田の検証は、「誰のためになっているのか」という視座を抜きには語れないはずだ。「グローバル化は確実に進んでいる」としても、それでめでたしとするのなら、安易な提灯記事でしかない。  (敬称略)

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top