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未来の会

「おくりびと」が提言する医療現場との連携

「おくりびと」が提言する医療現場との連携
人生の最期を彩り、「納棺の儀」の標準化を目指す

2008年に上映されて話題を集めた映画『おくりびと』により、「納棺師」という職業は広く世に知られる事になった。納棺師を養成する学校「おくりびとアカデミー」の代表で、その葬祭部門「ディパーチャーズ・ジャパン株式会社」(東京・港区)の代表取締役である木村光希氏がこのほど、「『おくりびと』を通して見る納棺師と医療現場の連携と人生の終わりを取り巻くビジネス」と題する講演を都内で行った。

 ちなみに、木村氏の父も納棺師で、『おくりびと』の主演俳優・本木雅弘氏に対して技術指導をした。

 主催は医師専用コミュニティサイト「MedPeer」の運営などを行っているメドピア株式会社(東京・中央区)。医療と医療以外の分野を掛け合わせていこうという考えに基づき、「Healthcare Daybreak」というイベントを毎月開催。12回目としてこの講演が行われた。

 木村氏の仕事については19年5月に、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で紹介されたことがある。亡くなられた方が写る映像にモザイクをかけなかったが、視聴者からのクレームは全くなかったという。そういった点からも、人の死に対する受け止め方が時代とともに変化してきていると感じる、と木村氏は言う。

 医療の仕事は人が死亡するまでだが、納棺師の仕事は人の死後だけでなく、生きている時から終活に関わる相談業務等がある。医療現場と納棺師の仕事の間にある壁を乗り越え、何か連携できることがないかを探る試みは、非常に有意義と言えるだろう。

霊安室は薄暗い地下で良いのか

 木村氏は納棺師として、中国・韓国・台湾などでも多くの指導経験を積んできた。納棺の技術指導を行ったり、富裕層が亡くなった時の納棺を行ったりしているという。そうした経験の中から、霊安室については海外に学ぶべき点があるのではないかと指摘する。

 「台湾では病院の中に葬儀社が運営する霊安室があるのですが、とても明るくてきれいなのです。日本でも、亀田総合病院(千葉県鴨川市)に『天国に一番近い霊安室』というのがありますが、あれは例外で、多くは地下の薄暗い所にあり、狭くて何もなく、コンクリートの寒々しい感じの部屋です。医療はいろいろな形で進化してきましたが、霊安室は進化していないと感じます」

 病院の霊安室に葬儀社が関わる事で、遺族のグリーフケア(死別による悲嘆からの立ち直りを支援する取り組み)を含め、何か出来るのではないかという意見には考えさせられるものがある。

 人が死亡してから葬儀関係の仕事が始まるわけだが、納棺師が関わるのは、死後かなり時間が経過してからが多いようだ。納棺師へのアンケート調査によれば、死後12〜24時間後に初めて処置をする事が多いという。

 「もっと早く私達が携わる事が出来れば、と思う事もよくあります。もっと早ければ口を閉じてあげる事が出来たのにとか、半開きの目を閉じてあげる事が出来たのに、といった事が例として挙げられます」

 ただ、全国的に見ると、多くの納棺師が葬儀社の下請けで仕事をしているので、葬儀社からの依頼がなければ動く事が出来ない。1日に2回処置に伺いたいと思っても、葬儀社から行っていいと言われなければ、それが出来ない関係構造になっているのだ。

 「亡くなられた方について、医療福祉従事者から詳しい情報を伝えられているかについて尋ねたアンケートでは、94%の納棺師が、伝えられていないと答えています。伝えられているのは、名前、年齢、性別くらいなのです」

 それ以外は何も知らないまま、遺体の処置を行い、納棺の儀を行う事になる。遺体を安定した状態に保つためにも、その人にふさわしいお化粧をするためにも、伝えてもよい情報を共有していくことが望ましいだろう。

病院の「エンゼルケア」に望む事

 人が亡くなると、看護師などによって「エンゼルケア」と呼ばれる遺体の処置が行われる。ところが、エンゼルケアについては看護教育に組み込まれておらず、先輩看護師から教わる形で技術を身に付ける事が多い。当然、様々なエンゼルケアが行われる事になり、場合によっては納棺師の仕事の妨げになる事もあるという。

 「看護師さんがお化粧をしてくれる時に、例えば眉をあまりにもしっかりと決められてしまうと、後でご遺族から眉の角度を変えて欲しいと言われた時に困る事があります。お化粧を落とそうにも、皮膚が弱っていたりしますから、出来ないのです。エンゼルケアのお化粧はナチュラルメイクにして頂いて、後から納棺師が仕上げるという形にするのがベストだと思います」

 もう1つ重要なのが肌の保湿だという。

 「亡くなった方の体はどんどん乾燥するので、保湿しないと皮膚も唇も硬くなり、お化粧のノリが悪くなってしまいます。皆さんが普段使っているようなアルコールを含まない乳液などを塗ったり、リップクリームを塗ったりして、保湿していただけるといいと思います」

 一方、亡くなる前に点滴を行っていたような場合には、体内から水分が漏れ出してくることがある。それに対処するためにも、医療との連携が必要になるという。「納棺師へのアンケートで、医療従事者から伝えて欲しい情報の4番目くらいに、点滴孔の箇所が入っていました。納棺師は点滴孔がどこにあるのか全身を調べますが、経験の浅い新人が見落としてしまい、布団の3分の1くらいが血だらけになるような事もあります。点滴孔のある箇所が分かっていれば、漏れないように対処できます。エンゼルケアの時に、点滴孔を塞ぐようにフィルムを貼ってもらえれば、それが理想的です。点滴孔から漏れる以外に、皮膚の弱っているところに水疱が出来、それが破れてしまうという事もあります。我々は水疱が出来ているような場合には、棺の中にビニールシートを敷いたりして対処しています」。

 エンゼルケアで入れた入れ歯が問題になる事もある。亡くなった後、遺族は入れ歯を入れて欲しいという事が多いが、それが問題を引き起こすという。「亡くなる直前まで使っていた入れ歯は、ぴったりと入る事が多いのですが、しばらく使っていなかった入れ歯は、うまく入らずに浮いてきたりします。それを義歯用の接着剤で固定してしまうと、後で修正できずに困る事があります。無理矢理はがすような事もあるので、接着剤は使わないで欲しいですね」。

 医療側がよかれと考えて行った事で、納棺師が苦労している事もある。医療従事者と納棺師など葬儀に関わる人達が連携を取る事で、改善できる事はまだまだありそうだ。

 「私達は病気を治療する事も痛みを和らげる事も出来ませんが、葬儀を通して、ご遺族のグリーフケアには関わる事が出来ると思っています。個人情報の問題はあると思いますが、医療従事者から亡くなった方の情報を出来るだけ頂き、その人にふさわしい葬儀を作り上げていく事で、社会に寄与できるのではないかと考えています」

 医療と葬儀に関わるビジネスの連携が、一歩前進する事を期待したい。

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