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未来の会

第11回 医療界におけるジェンダー問題 医師の働き方改革とジェンダー平等の両立を考える

第11回 医療界におけるジェンダー問題 医師の働き方改革とジェンダー平等の両立を考える

労働基準法(以後、労基法)は、労働時間について原則1日8時間、1週40時間を超えてはならず、休日について原則毎週少なくとも1回は付与しなければならないと規定している。使用者は原則として、法定労働時間を超えて又は法定休日に労働させる事が出来ないが、労基法36条に基づき労使協定を締結し、それを所轄労基署に届け出た場合にはそれらが可能であった。時間外労働の上限規制が無かったのである。2018年の労基法の改正により、時間外労働の上限は月45時間・年360時間となり、臨時的な特別の事情が無ければこれを超える事が出来なくなった。

2024年問題〜医師の働き方改革の行方

昔は「医師には労基法は適応されない」という都市伝説が喧伝され、「仕方が無い」と長時間労働が常態化して来た。そんな中、17年3月、内閣府は「働き方改革実現会議」を通じ、医師は時間外労働規制の対象であるものの、応召義務等の特殊性を踏まえて、2年を目途に検討し、その5年後から規制を適応する事を閣議決定した。そして18年6月、上記労基法の改正等を含む働き方改革関連法案が国会で可決された。

 これにより医師が時間外労働規制の対象となる事が決まり、厚生労働省(以下、厚労省)は、医師の時間外労働の上限水準や連続勤務時間制限等を取り纏め、法令改正作業に入った。24年4月からはこれらの規制が罰則(行政指導と刑事罰)付きでスタートする。つまり、各医療施設等でも24年4月迄に「医師の働き方改革」に取り組まなくてはならない。これが所謂「2024年問題」である。

 しかし、月100時間以上の時間外労働をしている医師もかなり多いのが現状で、いきなり大企業並みの労働時間制限を実施しては現状の医療レベルを維持するのは困難であり、非現実的だ。そこで、医療機関で診療に従事する勤務医の時間外労働の上限水準を大きく3つ(A水準、B水準、C水準)に分けて定める事になった。A水準は診療従事勤務医に24年度以降適用される水準で、時間外労働と休日労働の合計が年960時間以内、原則月100時間未満である。B水準は、地域での医療提供体制を確保する為の経過措置として暫定的な特例水準で、時間外労働と休日労働の合計が年1860時間以内、原則月100時間未満となっている。C水準は、一定の期間集中的に技能向上の為の診療を必要とする医師向けの水準で、時間外労働と休日労働の合計が年1860時間以内、原則月100時間未満と定められている。

 A水準ですら年間960時間以内の時間外労働が認められており、月100時間未満とされてはいるものの、単純計算では月の時間外労働が平均80時間と十分過労死が危惧されるレベルである(厚労省の調査によると、長時間労働の場合、仕事が原因の疾患の発症前1カ月間に約100時間、又は発症前2カ月〜6カ月間に亘って、月平均約80時間を超える時間外労働がある場合は、業務との関連性が高いと報告されている)。結局、医師の時間外労働の上限は一般労働者の1.5〜2倍となっており、骨抜きにされた印象を受ける。「医師の働き方改革」の着地点は何処に向かうのだろうか。

 そんな中でも、連続勤務時間を28時間迄に制限する、勤務間インターバル(休息)を9時間確保する、代償休息を付与する(休息中に、やむを得ない理由により労働に従事した場合は、当該労働時間に相当する時間の代償休息を事後的に付与する)等の規制が導入される。これにより、朝から夕方まで働いた後にそのまま当直に入り、翌日も普通に外来や手術に入って深夜まで働く様な現在の過酷な勤務状況が改善すれば良い。しかし、オンコールの制度はどういう位置付けになるのか。どこ迄が自己研鑽(学会準備、論文執筆、院内勉強会の準備等)でどこからが労働時間なのか。実際に働き方改革が始まってから調整が必要そうな事も山積している。

SDGsの動きは病院にもやって来る

SDGsという言葉をよく聞くようになった。持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)とは、01年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、15年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、30年迄に持続可能でより良い世界を目指す国際目標である。病院でもSDGsに関する取り組みをHP等で公表している所が増えて来た。学会のテーマにも有り、22年11月の日本臨床外科学会のテーマは「診療におけるSDGs 〜賢者は歴史に学ぶ〜」であった。SDGsに病院の様々な取り組みを意味付ける事は、持続可能な診療体制を整備する為に意味が有るかも知れない。

 SDGsの17のゴールの内、本連載と病院経営に特に関係しそうなものは、「③すべての人に健康と福祉を」「④質の高い教育をみんなに」「⑤ジェンダー平等を実現しよう」「⑧働きがいも経済成長も」「⑪住み続けられるまちづくりを」「⑯平和と公正をすべての人に」「⑰パートナーシップで目標を達成しよう」等であろうか。病院であるからには③の「健康と福祉」に貢献する事によって、⑪「まちづくり」や⑯「平和と公正」にも寄与する訳だが、同時に、職員に④「質の高い教育」を提供し、⑧「働きがい」のある⑤「ジェンダー平等」な職場にして行かなければならない。

医師の働き方改革とジェンダー平等は果たして両立するのだろうか。従来、「女性医師支援」として「育児支援」が第1に提示される事が多かった。しかし、育児支援中心の女性医師支援は、女性医師が働き続ける事は可能にしたかもしれないが、女性が指導的立場や管理職に就く事は実現出来なかった事が分かっている(本連載⑧参照)。又、「女性医師支援」=「育児支援」は男性医師との勤務時間の差を拡大した可能性が有り、これは「ジェンダー平等」と逆行する動きだったと反省せざるを得ない。とは言え、男性医師が長時間働き過ぎだと言うだけで、女性医師の働き方はむしろ適正なのかも知れない。女性医師が苦慮しつつも様々な工夫で家庭と仕事を両立しようとしているその多様な働き方を男性医師側にも広めて行く必要が有る。

 日本の人口は直近の21年の調査結果で年間に60万人以上減少しており、その減少幅も鳥取県の人口位がそのままごっそり減っている有様で、拡大の一途である。日本は少子高齢社会となり、働き手は減って行く。今迄は人口が多かった為、その中から長時間働ける人員(殆どが男性)を確保して少数精鋭で医療水準を保つ事が出来たかも知れないが、これからはその様な働き方が出来る人が減少する。つまり、多様なバックグラウンドの人達の中から人員を確保しなければ医療を継続する事が困難になって来た今こそ、⑰に定められた「パートナーシップ」が必要である。つまり、同質的な組織で医療を運営して行く事は最早困難であり、多様な人材を含む組織を運営して行かなければならない。

 働き方改革によって職場に於けるジェンダー平等が推進される可能性は有る。しかしながら、本連載⑩で紹介した様に、ケア責任が偏ったまま職場での労働時間を短くしても、男性の家庭でのケア分担の増加に繋がるとは限らない。職場に於けるジェンダー平等を進めて行くのと同時に、家庭内のジェンダー平等も進めて行く必要が有る。これらは「働き方改革とジェンダー問題の両立」等とあたかも別々の物のように扱うのではなく、「持続可能性」を軸として、「働き方改革」と「(あらゆる場所での)ジェンダー平等」をその両輪として同時に進めて行くべきものなのである。

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